九話:ナーシ村 ①
「――やらかしたあああああああああ!!」
俺は絶叫をあげ全力で飛びのいた。
その瞬間、膨れ上がった木のかぶは破裂する。
「どわっ!?」
木の破片はあちこちに飛び散るが、別の物――粘着性の液体が体にかかる。
「くっせぇ!!」
悪臭粘液トラップ。
命に別状はないらしいが、しばらく牛舎のような肥溜めのような臭いがとれない。 低ランクのダンジョンに出現する宝箱にあるトラップだ。
「最悪……」
宝箱トラップ多すぎだろ……。
正確には宝箱ではなく、アイテムの入っている木のかぶであるが。 まぁダンジョンの中でそういった物があれば宝箱でいいか。 ちなみにこの世界の住人にもこの木のかぶは宝箱とは認識されていない。 トラップが仕掛けられていることも多いが、貴重な素材や、アイテムが隠されていることもあるのだけどね。
「ふぅ……」
俺がこの世界≪ハルディラン≫へとやってきて、早一週間が経とうとしている。
現在は迷宮都市フォッジから離れ、ナーシ村と呼ばれる場所に滞在している。 その近くの魔の森。 いわゆるフィールドダンジョンで、冒険者として活動しているのだ。 そしてその間、一度もログアウトは出来ていない。 プレイヤーと思わしき者、他の迷い人にも合っていない。 もちろんGMからの連絡も無し。
この世界がゲームの中ではないと、9割方は確信している。
残りの一割。 盛大なドッキリや質の悪いデスゲームの可能性も捨ててはいないし、死んだら戻れるかもと考えたこともあるが。 よくよく考えればここはまさに――俺の理想郷。
体感型VRMMOなんて目じゃない、ガチファンタジー世界。
剣だ魔法だ、冒険者だ。
魔物がいて人の死がすごく軽い世界ではある。
それでも死ぬまでは、全力で生きてみようと思ったわけですよ。
「っ、近づいてきてるな……!」
臭いに釣られ、魔物が近づいてきている。
ただ臭いだけでなく、魔物寄せの効果もあるのだろう。
俺は【ミニマップ】を確認しながら逃げる。 足場も視界も悪い森の中で正確に出口を目指せる。 ゴミと呼ばれたユニークは俺の生命線。 リアルタイムで地図は動き周囲の地形を確認できる。 そして魔物が俺を囲もうとしていることも分かった。
「この移動速度。 フォレストウルフか!」
俺は出口から方向転換する。
そうしなければ、魔の森を抜ける前に囲まれてしまうだろう。
「くるなら、こいよッ!」
ソロの低レベ冒険者がフォレストウルフの群れを相手にするのは自殺行為だ。
奴らは群れでの狩りに慣れていて、獲物を追い詰め弱らせ確実に狩る。 グルルゥ、と低く唸るフォレストウルフたちの顔はどこか得意気で腹が立つ。 きっとすでに奴らの頭には、目の前の俺は追い詰めた美味しい獲物にしか見えていないのだろう。
「グルル」
「っ」
俺は岩を背に弓を構え3体のフォレストウルフを牽制する。
頭を低く前傾姿勢、涎を垂らし赤い瞳が俺を睨みつけてくる。 弓を構える手は震え、呼吸が粗くなってくる。 くるならこい。 そう強く思い、奥歯を噛み絞める。
「ガルァッ!」
先頭のフォレストウルフが飛び出すと同時、左右の木々からも2体の魔物が飛び出してきた。 当然、俺を囲もうとしていた群れの仲間だ。
「シッ!!」
俺は正面の三体は無視して、左右に集中する。
ドクンと心臓は跳ね、手は弦を離した。 吸い込まれるように、放たれた矢は左右の一体の赤い瞳を貫く。 体を飛び跳ねさせ悲鳴を上げるフォレストウルフ。 それを確認せず俺はもう一体の脅威に短剣を抜いた。
「ガアッ!!」
「ぅるあ!!」
魔物の牙と短剣が交差する。
俺は短剣なんて扱ったことはないし、武術の心得もなかった。 けれど抜いた一撃は鋭く、フォレストウルフを切り裂いた。
【弓】と【短剣】スキルの恩恵。 そして【罠】の効果だろうか。 見事に正面から迫っていた三体は、まとめて空中に捕縛されている。 魔の森に入るにあたり、事前にいくつか罠を作ってある。 逃げようと必死にフォレストウルフはもがいている。 苦労して作った甲斐があったというものだ。
「やばやば!」
とはいっても材料はその辺にあったツタなどを結って作ったので心許ない。 いつやつらの牙に耐久がやられるかわからないので、岩の裏に隠しておいた木槍を取り出し止めを刺す。
断末魔の悲鳴を上げるフォレストウルフ達は、紫の煙を上げて消えていく。 残るのは魔石とドロップアイテムである牙と毛皮だ。 稀に肉や心臓も落とす。
この世界の魔物、ダンジョン産の物は死ねばこういった現象を起こす。 まるでゲームのようだが、今更だろう。
「はぁ……さっさと帰ろ」
5体分のドロップアイテムを拾い上げると、日が暮れる前に、俺はナーシ村へと戻るのだった。