八話:紅蓮双碧
聖光教会から出てきた女性に、彼女のことを知り待っていた者たちは声を掛けることはできなかった。
なぜなら彼女はいつにもまして不機嫌そうだったから。
誰も噴火直前の火山には近寄らない。 ましてや、小石を投げ込んだりはしない。
「まてよ、アーリャ!」
いるとすれば同じく聖光教会から出てきた男――ルークぐらいだ。
「……ルーク」
アーリャは足を止めて振り返った。 不機嫌そうだった表情から、さらに不機嫌な表情を見せて男の名を呟いた。
事情を知らない者たちからしたら、男女の情事によるものかと野次馬根性を覗かせてしまう。 しかし、彼らの関係を知る者がいうには、あれは恋人関係ではなく兄妹のようなものだと、もしくは父と娘だというであろう。
「なによ、アレ……」
「まぁ噂なんてのは、たいていが眉唾もんだろ?」
アーリャの言うアレとは、先ほど見たステータスのことだろう。
『渡り人』による偉業。 レアスキルにレア職業、そしてユニーク。 それらを用いていくつものダンジョンを攻略し世界を救った英雄の存在。
それは伝説であり一種の吟遊詩人の物語と似たモノだ。 多少の脚色がなされ世間に広まっていくのだろう。 まして聞き伝えていたのが酒好きの冒険者たちの中でなのだから。 実際の渡り人のステータスを見たアーリャの落胆は大きい。
「それにしてもよ……。 人族でも最低クラスのステータス、弓系統いえローグ系統かしら? どちらにせよ、レベル1なんて育てるだけ無駄よ」
「そうか? たしかにローグは経験がものをいう。 だからこそ、一からギルドで育てるのもありだと思うが?」
「嫌よ」
完全な拒絶。
彼女は意外と、きつそうな物言いや態度とは違って、下の者の面倒見はいいほうだ。 現にギルドの底上げだと、新規のマジシャンを勧誘しダンジョンのイロハを叩き込み魔法の訓練をしているぐらい。 それなのに、とルークは小首を傾げる。
「気づいていたでしょ? あのいやらしい視線に、下心丸出しの表情。 ほんと、気持ち悪いわ」
「はは……」
男なら気持ちは分かる。 しかしルークは何も言わない、藪蛇だからだ。
「ふん……。 あんな中年のレベル1のローグなんてどこも拾ってくれないわね」
渡り人がすべて冒険者になるわけではない。
かつて、ユニークを活かし大陸中に未知なる食文化を広めた者や、自身の理想郷を作ろうと独裁国家を築いた者もいた。
しかし、大抵の場合は冒険者へと進む。 まぁ最初の数時間を生き延びれない者のほうが、実際多いのだが。
「……厳しいかもなぁ」
ルークは歳が自身と同じ三十ほどの男の未来に憐みの表情を作る。
その者の動きを見れば武芸の嗜みがあるか分かる。 ローグ系統となれば薬物や毒物の専門的な知識、トラップや魔物の特性の把握。 はたまた、探索に必要な各種道具、食料や医薬品の補充をいかに旨くすませるか、そして何より、――味方の信頼を得られるかどうかが一番重要である。
それをあの渡り人ができるだろうか? 自身のギルドのローグの髪が最近薄くなってきていると、陳情されたことを思い出し、ルークは肩を竦めた。
「……行きましょう。 立ち止まるわけにはいかないわ」
カツ、カツ、とヒールを鳴らしアーリャは街路を抜けていく。
その碧い瞳に映るのはダンジョン――『アグラーのオベリスク』。
未だ人類が攻略できていないAランクの高難易度ダンジョンである。
しかし彼女はその先、『――――』を見据えている。
「絶対に」
「あぁ、そうだな」
彼女の纏い直した雰囲気にルークは頷き共に歩く。
そんな二人の姿に、Aランクギルド【紅蓮双碧】のマスターとサブマスターの威厳纏う姿に――――街の人々は熱い視線を送る。
「ほんと、時間の無駄だったわね」
そんな彼女の呟きは、迷宮都市フォッジの喧騒へと紛れていった。