課金九万円目。黒の稲妻
始まりの村が占領される1時間前。帝国と王国の国境付近で王国兵が簡易の城を築いていた。
中では兵士たちがトランプで賭けに興じている。
「へい、ジョニー。俺の勝ちだ」
「またっすか。先輩」
ジョニーといわれた小柄な青年がチップを渡す。
ジョニーは青白い貧弱な体をしていた。とても兵士が務まりそうにない。けれども、志願兵から正規兵になった男だ。戦闘以外のことに長けていた。
「まったくジョニーはトランプが弱いな」
「へへへ、仕方ないっすよ」
先輩、同期の正規軍たちが下卑た笑いをする。トランプの賭けで給料を巻きあげられるのは下っ端の務め。ジョニーは1時間のうちに計5回は負けを喫している。
「そろそろかもしれないですね」
「あん、どういうことだ?」
「先輩たちは黒の稲妻を知っていますか?」
「おう、ジョニー。王国の正規軍なら誰でも知っていることさ」
王国は雲上人を信仰する。帝国は邪神ドラゴンを信仰する。
黒の稲妻。またの名をディーヴァ。
ジョニーのチップをごっそり奪った先輩が話を始める。
「帝国に危機が訪れるとき。邪神ドラゴンの加護を受けた戦女神が誕生する。彼女の名はディーヴァ。黒の大剣、黒の雷、ありとあらゆる敵をなぎ倒す最強の戦士だ」
「はいっす。最強の戦女神ディーヴァ。彼女が動き出したとしたらどうするっす?」
「あん? バカ言っちゃいけねえ、ジョニー。ディーヴァは皇族と同じ重鎮のはずだ。それがこんな辺境くんだりまでやってくるかよ。ワハハハ」
ワハハハ。賭けを嗜みながら酒を飲む兵士たち。部屋中に愉快な笑い声が響く。
ただ一人、新入りのジョニーだけは真顔だった。
「そろそろっすね」
バンッ、と扉が開く。「大変だ、お前たち、敵襲だ!?」
リーダーの先輩が対応する。
「俺たちは非番のはずだ。他所にあたってくれ」
「それが、敵が、すごい速度で進軍してくる」
「おいおい正規軍は500人はいるんだぞ。籠城で負けないわけが……」
緊急を要請した男が焦る。「それが……破られそうなんだ……」
「嘘……だろ……」
他の部隊から要請を受けた先輩はすぐさま行動に移す。アルコールが入っているとはいえ一人前の兵士。機敏な動きで部下に合図を出す。
「お前たち賭けは後だ。帝国兵をギッタギタに叩き潰すぞ」
誰もが急いで鎧を着て武器を携えようと準備する。しかし、ジョニーは動かない。
不審に思った先輩が声をかける。
「おい、ジョニー。敵がやってきてビビったか? 大丈夫。籠城さえすれば守り抜ける」
「いえ、逆っす。ワクワクしてるんすよ」
「ワクワク?」
「はい、今からディーヴァ様の初戦が見れるんすからね」
「ん……なっ!?」
直後、部屋で賭けに乗じていた面々が痙攣を起こす。ジョニーと話していた先輩も同じように痙攣を起こして口から泡を吹く。
「先輩たちがトランプに傷をつけてイカサマに乗じていたのは知っていたっす。でも最後でしたので華を持たせてあげました」
「ジョニー……貴様……」
「これはヒヒドク。毒草の一種っす。酒に混入しました。専門の薬師じゃないと直せないっす」
ヒヒドクは帝国の辺境に生えている毒草。王国では手に入らない。ジョニーが帝国の回し者だと感づいた先輩がジョニーを殺そうとする。しかし、手足に力が入らない。ものの15分で死に至る致死量だった。
「半年間お世話になりました。ジョニーは仮名っす。私は忍者。ディーヴァ様にお仕えする名無しです」
名無し。自らをそう呼んだ青年は部屋から出ていく。
城の外を見回すと、すでに黒の稲妻が吹き荒れていた。
軍服に身を包んだ妙齢の女性。厳しい表情で黒の大剣を振り回す。
王国に勇者があらわれる1年ほど前、帝国にも勇者に匹敵する戦女神があらわれていた。
彼女の名前はディーヴァ。邪神ドラゴンの遺伝子を受け継いだ戦女神。
「お久しぶりっす。ディーヴァ様。名無しの忍者。半年ぶりに使えさせていただくっす」
名無しが着いたころには王国の正規軍は半壊していた。また、名無しが内部工作をしたため籠城は効力を失っていた。
「半年間ご苦労様。もう大丈夫です」
「ディーヴァ様のお力添え。微小ながらで申し訳ないっす」
そう。名無しがした内部工作は酒に毒を入れたことと城の門を開けたこと。ただそれだけ。
あとすべてはディーヴァの戦女神っぷりにあらわれていた。
吹き荒れる黒の稲妻。王国の正規軍はディーヴァに触れることなく死んでいく。
「後は任せてください。必ずや勇者と会わねばなりません」
「はいっす」
この日。一瞬で正規軍500人は死に、始まりの村の手前にあった拠点は落城した。
ディーヴァ レベル40
HP:B
攻撃:A
速さ:B
守備:A
魔防:A