課金七万円目。火攻め
「さて、そろそろ帝国軍を倒そうか」
チュートリアルの再開。近くで待機している帝国軍を倒すために会議する。
「どうするの?」
手をあげて質問するのはチュア。最近、魔法が使えるようになったビギナー魔法使い。
「帝国軍が陣を構えているのは近くの森だ。そこを焼きつくす」
「はあ? 正気なわけ?」
「正気も正気。相手は重装鎧。こちらの古びた剣や古びた槍は通らない。だから火攻めを行う」
太郎が計画した火攻めは相手や食糧を焼くようなものではなくもっと大掛かりなもの。森全体を焼こうと提案した。
「やつらは川の向こう側にいる。火の手が始まりの村にまで回ることはない。安心してくれ」
「本当に一帯を焼こうというのですね」
「ああ、山火事の恐ろしさを目に見せてやる」
数日後。
空気が乾燥している日を選び、作戦を実行する。
太郎たちは川に簡易の橋をかけて向こう側に移動する。空を飛んで偵察に出た人物から帝国軍の位置を聞く。帝国軍100人が居を構えている場所を包囲するようにガソリンをまく。
帝国軍は山と山の間の森林にいた。だから山登りしながらのガソリンまきを決行。訓練した村人が半分に分かれて1日がかりで円状にガソリンを散布する。
「この作戦の肝心なところは退路を絞ることだ。相手は山に挟まれており、始まりの村もしくは帝国側にしか逃げることができない。パニックになった相手は必ず帝国側に逃げる。そこを叩く」
帝国軍は川の橋を落としたことを知っている。重装鎧が川を渡れるはずもなく、火攻めすれば大慌てで帝国に逃げ帰るのは目に見えていた。
時刻は深夜3時。丑三つ時。相手の混乱を倍増させるため、あえて寝静まる時刻に作戦を決行する。
太郎たちはガソリンに火をくべた。
バチバチ。
最初は松明のように美しい景色だった。放った火がガソリンの上を走る。
バチバチバチバチ。
徐々に燃え上がる炎。森林は真っ赤になっていく。
「このまま帝国側で待機。逃げてきた重装鎧を叩くぞ」
「おおお!!!(静かな声で)」
1時間後。火の手は広がり、森林は燃え山火事が発生する。深夜なのにまるで真昼のような明るさ。
作戦は成功した。太郎が待ち構えている位置と始まりの村の中間地点。帝国軍が居を構えている場所から悲鳴が聞こえる。
「火事だぁぁぁあああ!!!」
「水をかけろぉぉぉおおお!!!」
「無理だ。間に合わない」
「逃げろぉぉぉおおお!!!」
さて、チュートリアルの再開だ。太郎は訓練された村人たちに注意を喚起する。
「相手の武器は弓矢だ。馬から降りて盾を持ち陣形を作る。そうすれば被害が最小限に抑えられる。敵兵を倒さなくていい。脱走兵は放っておけ」
退路を塞ぐように村人150人を半円状に配置。全員に木の盾を持たせて待機させる。
三方を山と川に囲まれた帝国軍は山火事で真っ青。鎧を脱ぎ捨てて我先にと逃げ出してきた。
「すごい。相手は丸腰です、はい」
補佐官として連れてきたチュアが驚きを見せる。あれだけてこずった重装鎧も鎧がなければただの人。帝国軍の守備、魔防は大幅に下がっていた。
「北風と太陽の話を知ってるか?」
「知りません」
「強引な手を使っても相手は動かない。相手の気持ちを考えれば無理することなく相手は自分自身で動いてくれるんだ」
深夜。火攻め。山火事。人は危機に直面すると命惜しさに逃げ出す。帝国軍に速度の遅い鎧を着こむ者は一人もいなかった。
「敵襲だ!?」
帝国軍が太郎たちに気づく。しかし、もう遅い。敵はパニックになりながら急いで弓矢を放つ。けれど訓練された村人に当たることはなかった。すべて木の盾で防いだ。
「チェックメイトだ。チュア、魔法を頼む」
「ですね、はい」
ボボボ。チュアの赤の魔法が帝国軍を焼き払う。一人、二人、と死んだところでパニックは加速する。
「魔法使いだ!?」
「逃げろぉぉぉおおお!!!」
帝国軍が蜘蛛の子を散らすように去っていく。
訓練された村人は武器を持っていない。ガソリンまきに余計な荷物は持てなかったからだ。しかし太郎は不要だと考えていた。その予想は見事に的中。帝国軍はチュアの魔法を見て疑心暗鬼に陥っている。
もしかしたら盾の陰に武器を隠し持っているんじゃないか!? と相手方は被害妄想を膨らませる。
訓練された村人150人の包囲を突破しようとする帝国軍は誰一人としていなかった。
「もう大丈夫だろう。あんたもお疲れ様。最後に青の魔法で山火事の鎮火を頼む」
帝国軍を半分ほど殺し、半分ほど逃げ出したところで戦争を終える。
チュートリアルは太郎たちの勝利に終わった。
「俺たちの勝ちだぁぁぁあああ!!!」
「おおおぉぉぉ!!!」
勝どきをあげる。村人の勝利に終わった。
ポツポツ。ポツポツ。ザーザー。ザーザー。
雨が降る。最初は静かに、そして早く。
見る見る間に大雨に。滝のような降雨は山火事を鎮火する。真昼の明るさは消え、夜が戻ってくる。
チュートリアルクリア。勇者に新しい仲間が加わります。
「ありがとう、あんた。これはゲーム。そう、ゲームなんだ。何人殺してもただのゲームだ」
「何ブツブツ独り言を言ってるんですか、気持ち悪い、はい」
「すまんチュア。気にしないでくれ。それより帝国軍の奴隷に目当ての人がいるはずだ」
「エルフ、ですか?」
「ああ」
帝国軍が居を構えていた場所。幸い、山火事の被害はなかった。そこの牢屋に青い髪をした10歳くらいの女の子がいた。
太郎は彼女に声をかける。
「チュートリアルのご褒美ちゃん。君は今日から俺の仲間だ。名前を教えてごらん?」
「シンフォニックポエム。私の名前はシンフォニックポエム」
「よし、君のニックネームはシンフォだ。俺は太郎。よろしく」
青い瞳。青い髪。キラキラのサファイヤのような幼女エルフをゲット。
「凌辱エルフの奴隷ゲェェェッッット!!!」
「最低のクズ野郎ですね、はい、ボボボ」
背後からチュアの赤の魔法を食らう。危うく死にかけた太郎は、青の魔法で一命を取り留める。
「す、すみません。シンフォを大切に育てましゅ……」
およそ火攻めには五種類ある。
一 人を直接焼き殺すもの
ニ 食糧・物資などを焼くもの
三 武器や車両などを焼くもの
四 倉庫を焼くもの
五 橋などの施設を燃やして通行の便をうばうもの
火攻めを行うには事前にその下地が整っていなければならない。火を起こすには時があり、日がある。時とは、乾燥している時である。
日とは、月が天体の箕・壁・翼・軫にある日である。これらは風の吹く日だからだ。(孫氏の兵法より)