四十四万円目。VS八(稽古)③
~太郎視点~
「まいったな」
九戦九敗。全部負け続け。ラストの十戦目が始まる。
フェイクからの右蹴り、抜刀、居合切り、真剣白刃取り、タックル、何でもやった。
すべてを凌駕する彼女。八の前では丸裸同然になる。
お互いが木剣を構え、始めの合図を待つ。八はかすり傷一つなく太郎は軽傷だらけでボロボロだった。
「もうやめにしない?」
「キリがいいからラスト頼む」
「本当。戦力の差は如実に出ているのだからやめればいいのに。男の子ってどうして、こう単調なの?」
「諦めが悪い性格なんでね」
太郎は昔を思い出した。ソシャゲで天井がない時代。ガチャの出現率は0.7%。100連で出すには絶望的な数字だった。けれども太郎の中にあるコンプ欲は前に突き進む。200連しようが、300連しようが、出るまで諦めずに課金し続けた。結果、360連で出た。0.7%ならば140分の1ほどの確率に収束する。140連して目当てのキャラが出る確率は64%ほど。360連で出たのだから、運が悪い方。しかし、太郎は盛大に喜んだ。それがバイトの給料の半分をつぎ込んだとしても目的を達成した喜びは何物にもかえがたかった。
後日、天井が付属され、300連で必ずピックアップのキャラと交換できるようになった。商売だからそれでいいのかもしれない。今度は無料石で300連分を貯める努力を始めた。
使うのは一瞬、貯めるのは半年。ソシャゲを無料でやる人の苦悩があらわれた言葉だ。
とどのつまり何が言いたいのかというと、太郎はソシャゲ依存症患者によくみられる負けず嫌いだという話だ。
負け続けていいはずがない。
「ラスト。一本取るぜ」
「始め!」
八の合図を皮切りに両者が飛び出す。彼女の頭の中では三つと④その他、の四択が構築される。九戦ではすべてにおいて先手を打たれて敗北した。どんな打撃も剣術も八の体の強さの前では無力だった。
――考えろ。感じるんだ。あいつの体が動く方法。
色即是空。八と太郎。彼女と彼。動きがスローモーションになり、どんどん近づいていく。
あとコンマ数秒で剣が交わる。瞬間、太郎の脳裏を雷の稲妻が走る。逆転の発想。八を動かすのではなくて彼女のいる場所を動かせばいい。そう思った。人は空中で踏ん張ることができず慣性の法則が働かない。ならば、八を吹っ飛ばせば?
思い立ったら即行動に移していた。太郎は最初の一戦目と同じように木剣をフェイクとして前方に飛ばした。八は視線をちょっと動かしただけで太郎のことをずっと見ている。そりゃそうだ。木剣は八の左の方へ飛んでいく。が、これでいい。ちょっと視線が逸れた瞬間、無防備になった太郎は剣闘士のごとく体中にエネルギーを貯めた。
「カッ!」
「何ですって?」
八の驚く顔。
何をしたって? 太郎は地面を思いっきり踏んだのだ。
貯めたエネルギーを右足の裏に集中して、すかさず停止、床を踏んだ。
バギガガガゴゴゴと粉砕する地面。木造のトレーニング室の床が抜ける。円状に広がる崩壊に八が巻きこまれ、彼女はちょっと悲鳴と納得をあげる。
「な、なるほど」
稽古は手加減ありきの試合。だから太郎は軽傷で済んでいる。
しかし、逆に考えれば、対人以外は手加減無用。つまり、室内の床を思いっきり踏んで抜けようが一切の容赦なしなのだ。
木端微塵になった下の空間。あの不動の彼女の体が宙に浮く。すかさず太郎は体当たりを試みる。
「タァ!」
「うう?」
ラグビーのタックルをくらわして一緒に倒れ込む。十戦して初めて八の背中が床に着いた。
太郎、初の勝利。
「や、やったー」
「足場を崩すのは思いつかなった。対応が遅れたわ。見事ね。」
「あ、あざっす!」
稽古終了。
十戦して九敗したが、貴重な一勝をもぎ取り、太郎は満面の笑みで微笑んだ。
格上相手からの、大事な、大事な、一勝。
ビクトリーのVやねんっ! 八さん。




