四十三万円目。VS八(稽古)②
八の視点。
時間は戻り、お互いに中段に木剣を構える稽古前。
八はこのように思っていた。
戦いで大事なのは速さでも力でもないわ。軍略よ。太郎の試合は全部見た。剣で戦う時、格闘家のように拳や蹴りを繰り出すときがある。剣の腕前はそこまでではない証拠。センスはかなりあるが、太郎自身そこまで剣術を使いこなしていない。やって私が取るべき戦術は三つ。①剣の強さで勝負する ②体幹の強さで勝負する ③格闘で勝負する ④その他 常にその他を考えつつ最善の策を講じるのが私。この試合は稽古なのだからあえて太郎の攻撃を受けてもいい。木剣ならば粉々に、格闘ならば微動だにせずに、受け切ってみせる。
試合前から八は三つの策とその他を考慮し、なお、太郎の攻撃を受ける準備をしていた。戦いで大事なのが軍略であり、準備。敵を知り、己の体幹を知れば、百戦危うからず。八の能力である『七人の分身』は何も八人になるだけではない。
七人の分身の恐ろしいところは、体がサムライの英霊化し、七つの武器を自在に操れるところにある。太郎とフリーランス勝負をする手はずだが、実はとっても実践向きのチート能力である。七人の分身は、それだけで一国を滅ぼすほどの潜在能力を秘めている。たったの七人が、一大国家に匹敵する。
稽古中。八は、わざと、木剣もしくは格闘を受けるという選択肢をとった。隙をつくるために、①剣の強さで勝負する を選んだ。サムライと化した彼女は剣技だけで太郎を圧倒し、彼から右蹴りという選択を強制させた。三回の打ち合いで勝利を確信した八は一歩、下がることにする。お互いが後退した瞬間、太郎が飛び出した。
この時、八はこう考えていた。
未熟な剣術ですが、なるほど。飛び出してきましたか。考えられる可能性は三つ。①剣による突き ②体当たり ③ブラフによる他からの攻撃 ④その他 一方、私の取るべき選択肢は、最善で左右に避けること。直進的な太郎の攻撃ならば簡単に横に逃げることができる。しかし、これは稽古。次点である相手の攻撃を受ける、という一点に尽きる。④その他 を警戒しつつ、木剣でも格闘でも太郎の攻撃を受けて無駄骨に終わらせる。
時間は数秒進み。
太郎はジャブのように突きを繰り出し、そのまま放り投げる。その際、八は、
愚鈍ね。私相手に武器を捨てるのはよろしくない。剣術による中距離から接近戦に移行すれば体幹の差で私が勝つ。もっとも太郎は私の格闘センスを知らないから無理もないか。いい。これは③ブラフによる他からの攻撃 おそらく太郎の得意とする足技。④その他 を警戒しつつ、彼の蹴りを受ける。この私がどれほど軍略によってあなたを無力化させるのかを見ていてほしい。軍師の心髄をお見せしよう。
心中、八は太郎の戦術をすべて読み切り、手のひらで踊らせていた。すべては準備による努力の賜物。
彼女の肩への突きは必然によって生まれた。右蹴りがノーダメージに終わったことで驚き、硬直化した太郎は、八の突きを避けきれなかった。
引きこもりの八。彼女は肉体労働よし、頭脳担当よし、引きこもりゲームよし、の三方美人である。
「考えてね、太郎さん。私は相手の戦い方を観察して考える時間が山ほどあったわ」
引きこもりほど多くの時間を使える職は存在しない。




