三十九万円目。VS九⑤
太郎の視点。
驚愕する九。投資のプロであるはずの彼女は負けた理由が分からないようだ。
「eMAXIS Slim 米国株式(S&P500)おすすめの投資信託です。アメリカ株に全投資しても配当の差で私の株が僅差で勝ったはず。なぜ負けたのでしょうか?」
「種明かししよう。俺が最初から預貯金していたからだ」
「銀行!?」
今回の勝負。太郎は株なんて買ってはいなかった。投資なんて一ミリもしていなかったのだ。
「ちょっと待って、太郎さん。第三次世界大戦になればパニックになり銀行は閉鎖されるはずです」
九の心配は当然かもしれない。過去に日本の拓殖銀行などが潰れている。核弾頭ミサイルの弊害で銀行は使えないかもしれない。
「その心配はありません」
横から口を挟む十。彼女は続けて説明した。
「太郎さんは最後に『フェイクニュース』を発動しました。北朝鮮が日本国土を核弾頭ミサイルで狙ったことじたいデマになったのです」
「?」
「まだ分かりませんか。第三次世界大戦はデタラメです。起きていません」
「でも株価は如実に第三次世界大戦の影響を受けている」
「そうですね、九。株価は噂話を信じるものです」
短期で見れば株は資産の奪い合いゲームの印象が強い。風評被害でいくらでも下がるし、扇動されればいくらでも吊り上がる。今回、第三次世界大戦が始まったというフェイクニュースを受けて株価は大暴落した。一方、核弾頭ミサイルは嘘だったので銀行は何の影響も受けなかった。せいぜい、彼ら金融マンが運用している株が大暴落した程度だ。
崩れ落ちる九。地面に膝をつけて悔し顔をする。
「なるほど。最強の安全資産がありました。第三次世界大戦が始まって国家の紙幣の価値がゼロになろうとも守られるお金、それが、」
「預貯金。銀行への貯金だ、九さん」
「はい。銀行は1000万円までは保証してくれます」
株で大事なのはリターンよりもリスク。水瀬ケンイチさんは生活防衛資金を第一に考えている。
生活防衛資金とは、どんなことが起こっても自分と家族の生活をしっかり守るためのお金です。目安として「生活費の2年分」を、銀行預金などいつでも引き出せる金融商品で確保することを指します。投資において心の平静を保つために最も大事なものです。
太郎は120万円をすべて生活防衛資金として銀行口座に入れました。
「九、太郎さんの狙いが分かっただろう。自分のリスク許容度と相談しながら預貯金も確保する。投資の基本だと思うのだが?」
「くっくっく。確かに。全部を日本国債で買っていれば第三次世界大戦の嘘で暴落していた。素人すぎて見落としていたが、実際に、預貯金という選択肢はアリだね。2年分の生活費が貯まってから集中投資でも分散投資でもすればいい」
株勝負は、九の『二兎追うものは一兎を制限する』の力で売りを禁止されていた。また、魔法カードや罠カードで先行きの見えない不透明な魔物が住んでいた。バイ&ホールドに残された素人の選択肢は、何もしない。だった。
「はっはっは。私の負けだよ。フェイクとはいえ第三次世界大戦で安全な投資なんて何一つ存在しないさ。何故なら国家そのものが崩壊する恐れがあるからね。円の価値すら危うい。そんな中で預貯金を選択した太郎さん、」
本物の天才。と九は思った。言葉を続ける。
「あなたは合格です。また、一歩、商人に近づきましたね」
最高の笑顔を見せる九。十も目を細めて微笑む。
株勝負で投資しないという別次元の方法は第三次世界大戦を乗り越えた。
もちろん短期決戦の話であり、株市場は戦争中でも戦争に負けても活発に取引をしている。
何だかんだ生活防衛資金こそが最重要で、余裕が出てきたらガンガン投資しようという結論に至った。
二十代の実家住まいで結婚していなければ、給料の多くをeMAXIS Slim 米国株式(S&P500)に投資するのが望ましい。もちろん親の助けがなく、別口座に預貯金を蓄えた前提で、ですね、と九は満足そうに言った。




