三十一万円目。投資の勉強
「九の投資講座。始まり、始まり」
十との麻雀勝負が終わって休む間もなく次の対戦相手から宣戦布告を受ける。
投資。お互い株式に投資して相手より利益を出したものを勝者とする、投資勝負。
しかし、太郎は高校生なので投資をしたことがない。世間でジュニアNISAが流行ったが、ソシャゲ課金に夢中だった太郎は聞く耳を持たなかった。
「勝負はフェアにしましょう。始める前にお勉強会です」
というのは九。彼女は生前ブルというニックネームで株式相場を荒らしていた。
仕手株と呼ばれる資金に物を言わせて相場よりも高い金額まで株価を吊り上げ、一気に売り払う。ブル相場を得意とするハゲタカ。
ブルは強かった。ハゲタカファンドを組織し、物言う投資家としてテレビ局を買い占め、マスメディアに多大な影響を与えた。
「私の生前はいいです。ドラゴン十のような逸話はあまりないです」
「あれだけやらかして海外逃亡したくせに」
「うっさいです。麻雀狂」
涙目になる九。位は十の方が下だが、権力は十の方が上のようだ。
「アラサーはほっときましょう。痛ッ」
ゴチンッ。叩かれる九。瞳をうるうるさせる。
チワワのような可愛さを持っている九だが、胸部は凶悪で牛のようだ。フリフリのメイド服から溢れんばかりの巨乳を揺らしている。時折見せる仕草がアイドルっぽい。
十が委員長タイプならば九は八方美人の人気者タイプ。
合成人間に友情は芽生えるのか知らないが、全く違うタイプの二人が、友達のように仲良くする光景に妙に納得する。きっと夫婦漫才のように、九が問題行動を起こしては十がそれを律しているのだろう。
一緒に麻雀をしていた八は太郎との勝負に備えて席を外していた。
「さて。アラフォーは放っておいて」
――アラサーだ! すかさず十のツッコミが入る。
「さて。アラサーは放っておいて。株の勉強です」
麻雀ルームの隅にあるホワイトボードを取ってきた九がマジックで講義を始める。
生前ブルと呼ばれた彼女は何億円、何十億という取引を繰り返した。ハゲタカと恐れられ、日本中から非難された。
しかし、今回の株勝負は個人投資家同士の戦い。予算は100万円。仕手株や企業買収はできない。
「NISAとは非課税枠の事です。普通、株で利益を出せば20%の手数料が取られます。しかし、NISAであれば年間120万円まで手数料要らずの無料になります」
九がホワイトボードにNISA、つみたてNISAを書きこむ。
「今回の勝負。100万円が軍資金と書きましたが、目安にしてください。NISAの限度額である120万円まで使っても構いません」
次に九はつみたてNISAを説明する。
「つみたてNISAとは政府公認の投資信託を手数料なしの非課税で購入することができる制度です」
「投資信託?」
見慣れない言葉に質問する。
投資信託。ETF。FX。レバレッジ。
高校生には、ちんぷんかんぷん。
「落ち着いて聞いてください。一つ一つ説明します。勝負はフェアに、ですから」
投資信託とは個人投資家から少額のお金を集めて、ファンドマネージャーと呼ばれるプロが投資を肩代わりすること。普通、個人投資家は100株を10万円とか20万円とか出して購入する。しかし、それではリスクヘッジできず株価が暴落した時に資産を半分以上失ってしまう。最悪ゼロ円になる。そこで投資信託が考案された。
投資信託のプロは分散投資する。たくさん集めたお金で株式市場にある200、300、と全ての株を買う。
個人投資家ができないことを、ファンドマネージャーはお金を集めて、株を運用している。
「ブル先生! なぜ分散投資をするのですか?」
「はい。なぜなら企業が上場廃止して株価がゼロ円になってもあまりダメージを受けないからです」
例えば、10万円を集中投資と分散投資したとする。
集中投資していると買った企業が倒産すれば株価はゼロ円になるが、分散投資していれば被害は200分の1に抑えられる。なぜなら、投資信託で200の企業を一斉に買っているので一企業が潰れても500円しか損をしない。
ルーレットで全部に賭けるようなものか。ちょっとずつ理解してきた太郎。
「まじすごいっす。なんでみんな投資信託をしないんですか?」
「はい。理由は二つあります。一つは短期間で成果を出せずローリターンだから。もう一つは投資信託を運営しているファンドに手数料を払わなければならないから」
投資の世界で個人投資家は一瞬で金持ちになろうとする。無理をする。だからITやバイオなど値動きが激しい株を信用買いするし、FXにレバレッジをかける。
みんな元手を10倍とか20倍に増やしたいのだ。
「株はギャンブルで投機だと言われています。しかし、実際は違う。買い方次第で借金をするギャンブルにもなれば確実に勝てる資産運用にもなります」
九は講義を続ける。
「投資信託は政府も公認でオススメしています。手数料は0.17%めちゃくちゃ安く、年金を運用している年金機構も超手堅いポートフォリオを築いています」
※手数料は信託報酬の事。管理費用。運用資産から自動的に差し引かれる
九は最後の締めとばかりにドドーンとマジックを書き殴る。
「投資信託は儲からない。否です。儲からない、は死語となりました。アインシュタインも認める複利の効果でやばいです」
「へー、どれくらい儲かるのですか?」
「毎月5万円。投資信託して30年後にはいくら貯まると思いますか?」
「えっと」
5×12×30=1800
「1800万円に利子が乗るから、2000万円くらいですか?」
儲けはざっと200万円くらいか?
毎月5万円の投資だけだから大したことはない。そう思っていた。
でも。違った。
「5000万です」
「は?」
……。点々と流れる沈黙。
九が一つ咳払いして言葉を続けた。
「毎月5万円。利回り6%で運用すれば30年で5000万円です」
な、なんと。収支+の3200万円。
倍どころではない。1800万円がむちゃくちゃ増えた。
九は、『複利』の効果です。と強調した。
「あと10年。40年投資を続けると、射程範囲になります」
「何が?」
「1億です」
※信託報酬や手数料を加味すると、利回り7%が必要




