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二十九万円目。画竜点睛を欠く

 大昔。昭和の日本。米国に戦争で敗れ、物資はなく国民は飢えに苦しんでいた。


 復興が始まらぬ不安定な情勢。その中に一匹の孤高の戦士がいた。


 ギャンブラー。雀士。雀ゴロ。牌人。


 呼び名は様々あれど、界隈の人たちは彼女のことをドラゴンと呼んだ。


 年端もいかぬドラゴンは生活のために麻雀を打った。


 牌を囲むのは歴戦中の歴戦。米兵、イカサマ師、ギャンブル狂い、ヤクザまがい。


 多くの大人を相手にして十代のドラゴンは勝ちまくった。


 麻雀があればいい。麻雀さえあれば生きていける。


 戦後の日本。当時の人々がイモや麺を主食にしていた中、ドラゴンは毎日のように米を漁った。高価な酒を浴びるように飲み、宵越しの銭は持たぬと決め、その日暮らしの生活を続けた。


 親はいない。兄弟姉妹もいない。みんな戦争で死んだ。戦争は大っ嫌いだったが、アメ公のクソ野郎に麻雀で勝ったときの喜びは二倍に膨れ上がった。卓で踊る牌は、まさしく戦争そのもの。点数を奪い合うゼロサムゲームは性に合った。


 資本主義の到来。点数や金銭の奪い合い。天運に導かれたように、ドラゴンは麻雀で勝ちまくった。


 世が雀鬼である桜井章一を称賛する一方、ドラゴンの戦い方は違った。


 負けないこと。これがすごく重要だった。


 相手がプロであると認めると一転、守りに入った。負けた相手とは二度と対局しない。ドラゴンの悲願はアメ公を負かすこと。勝つことではない。実際、ドラゴンは安全な打ち回しで、二度目の敗北を知らずに、その日のトータル収支を負けなしの連戦連勝街道を続けた。


 順風満帆に続くかに思われた。


 だが。


 彼女の快進撃は暗い未来で閉じた。


 ルール変更。リーチ、ドラの出現。


 ドラゴンは新ルールに苦しめられた。彼女の打ち筋は運に頼らない打牌。しかし、ルール変更を受けてリーチ一発や裏ドラ、跳満や倍満などの高打点なあがりが頻出するようになった。


 ドラゴンが鳴いて早上がりするスタイルであったのに対して、相手は役満や倍満などでたったの一撃で点差をひっくり返した。


 もう古いドラゴンは終わったのだ。戦後の復興につれ、高火力の手牌をつくるスタイルが確立されつつあった。


 泣け。喚け。早上がり。もっと早く。鳴いて鳴いて鳴きまくった。2000、3900、5200。


 点数を刻んだドラゴンは、最後に、相手のリーチ、タンヤオ、ピンフ、ドラ3に負けた。


 そして最後の勝負。二十歳になり、身ぐるみなしでアメ公との試合に臨む。


 賭けたものは自分自身。敗北すれば娼婦なり奴隷なりでアメ公の家畜になることを誓った。


 ドラゴン最後の試合。点棒ケースの横に小型のピストルを置き、日本を踏みにじった憎きアメ公と差しウマを握った。


 ドラゴンは早上がりの速攻。最後の最後まで自分のスタイルを貫いた。ただがむしゃらにあがった。


(最後だ、最後の勝負だ。これに勝てば一生を遊んで暮らせる)


 オーラス。ドラゴンは役なしのドラ3で聴牌した。点差は十分。このまま逃げ切ればアメ公を潰せる。しかし、最後の最後で欲が出た。ドラ3を上がれば莫大な報酬がもらえた。


「カンッ!」


 誰かがカンをする。裏ドラがめくれ、ドラゴンの手がドラ6内臓の化け物手に変わった。


(そうだ。私が勝つんだ。これをあがれば家も車も手に入る)


 欲が出た。裸一貫のドラゴンがこの勝負に勝つだけで何億もの大金が手に入る。結果。オーラスでミスを犯した。まさに、画竜点睛を欠く。最後の最後で安牌を切らずに勝負に出てしまった。


 ドラゴンは差しウマと圧倒的な点差を誇るオーラスで皮肉にも自身を苦しめたリーチとドラに頼った。大声で宣言した。


「リーチ!」


 牌を曲げる。危険牌を場に出す。勝利を確信した。自分の体を賭けた麻雀だ。アメ公から億単位の金を奪おうと考えた。


 ――ロン。


 誰かが牌を倒す。見る。役満だった。


「……う……そ」


 ドラゴンは死んだ。たった一回のリーチで役満に振り込み、人生を終わらせた。


 それが現在メイドをしている十の過去だった。


「ドラゴンは負けを認め、横に置いてあった小型のピストルで頭を撃ちました。麻雀に愛され、麻雀だけを頼りに、麻雀で生活していた彼女は、忌み嫌ったリーチとドラに敗北し、自ら命を絶ったのです」


「それが、あなた?」


 回想が終わり、十の部屋で太郎が質問する。十は遠くを見て言った。


「はい。私は自殺したドラゴンでした。この世界に転生し、麻雀(物)画竜点睛を欠く(言葉)で混ぜられた合成人間です」

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