二十八万円目。交渉
商人に大事な素質は交渉すること。自分に有利なルールに持っていくこと。
のじゃロリ様はそう告げた。自分の土俵で勝負することである、と。
なので太郎は実行に移す。メイドの個室が集まっている区画に行き、十の部屋でノックする。
「太郎様ですね。少々お待ちを」
数分で十が姿をあらわす。いつものクールビューティーなメイド服と打って変わって緑ジャージのラフな格好。トイレで履くようなサンダルに、寝ぐせのついたボサボサの髪型。まるでニートで引きこもりの女子大生みたいだ。
言葉を失っている太郎に、十はさも当然とばかりに、
「ギャンブラーとは身なりを質素にするものです。普段からこんなものですよ」
委員長キャラをアラサーにした感じ。初対面はものすごく真面目そうなのだが、ギャンブラーとしての彼女は地方のヤンキー風のようだ。まだ髪を金髪に染めてないだけマシかもしれないが。ギャンブラーとはこれいかに。
立ち呆けている太郎をよそに十は強引に腕を掴んで室内へ引っ張る。
豪華な廊下から十の個室に入った瞬間、さらなる衝撃を受ける。ほとんど何もない。
部屋には生活臭というものがなく、ベッドの近くに雀卓が一つあるだけ。あとは冷蔵庫やクローゼットなどで、部屋の約八割が空白で埋められていた。
目まぐるしく変化する風景におどおどしている太郎に十は説明をつける。
「ミニマリストなんですよ。要らないものを積極的に捨てた結果こうなりました」
冷蔵庫の中はワンカップ大関だけという。たしかにエピックの屋敷で暮らしていれば必要な食材や小物はすべて用意できる。しかし、十のように趣味なるものが麻雀だけというギャンブラーメイドも聞いたことがない。そもそもメイドという文化が日本に根付いてないだけで世界を見渡せばギャンブルだけで生計を立てているメイドもいるのかもしれない。
異世界に放り出された太郎に確認するすべもないが。閑話休題。本題に入ろう。
とにもかくにも交渉だ。十の麻雀ルールにイカサマをありという提案を投げかける。
「かくかくしかじかということです。どうでしょうか?」
「ふむ。良い着眼点です。たしかに太郎様があのまま平で麻雀を打っていても絶対に勝てなかったでしょう。イカサマを加えるというのはアリですね」
「本当ですか!?」
「ただし、それは私どももイカサマをしても良いということですよ」
「え」
十は平等な勝負を望んでいた。彼女らメイドは雀卓に三人いる。いくら太郎がツバメ返しをしようが、キャタピラをしようが、ぶっこ抜きをしようが、数の差でメイドに負けてしまう。自明の理。三人で牌を交換するだけで数巡であがってしまうだろう。
ルールを変えるのは良い。けれどもイカサマを容認するのは太郎が不利になるだけの悪手である。
十は、よっこらせ、と地面に座り、冷蔵庫からワンカップを取り出して飲み始める。おっさんの貫禄。それは強者の持つオーラだった。
「太郎様。ルールを改正するまえに大事なことを忘れております」
「大事なこと?」
「はい。それはですね、能力を調べることです。敵を知り己を知らば百戦危うからず。ギャンブルで大事なのは徹底的に研究して攻略法を確立することです。人の作ったゲームというものは面白いもので、必ず攻略法が存在します。たとえそれが勝率1%。100人のうち99人が負けるギャンブルだったとしても絶対に勝てる攻略法が存在するのです」
「なるほど」
太郎の場合、手配も山もすべてを見透かす十の麻雀で絶対に勝つことだ。そんな攻略法が存在するのか怪しいところだが、太郎に退路はないのだからやってみるしかない。
まずは十の能力を知ろう。
「教えてください。あなたの能力は何ですか?」
「そうですね。商人ならば相手の能力を知ることから独学でやらなければならないのですが。ま、いっか初回無料です。特別出血大サービスで能力をお教えしましょう」
十はワンカップを一口飲み、続ける。
「――画竜点睛を知る」
「画竜点睛を知る?」
「はい。私の能力です」




