二十七万円目。ルールは作るもの
空模様は晴れ。穏やかな日差しが室内に届く。
気分転換にすこし散歩しようと出口を探す。
エピックの屋敷は本当に広く、なかなか出口が見つからない。
外に出られないので仕方なしに食事にする。教えてもらった食堂に移動する。
貴族風の建物から一変、日本風の社員食堂に移動。販売機で食券を買い、番をしているメイドに手渡す。
「かつ丼ですね。かしこまりました」
エピックの十人いるメイドのうちの誰かなのだろうが、というかエピックを入れて屋敷で十一人しか見かけたことがない。全員の顔はまだ覚えていない。食堂のメイドは器用にフライパンのカツに卵をかけて調理していく。
エピックの屋敷は年代が分からない。中世の貴族風だと思えば、いきなり現代的になり、テレビやパソコンが置いてある。もちろん日本のネットには繋がらず、予約放送を延々と見るだけになる。
「はい、お待たせしました」
物の数分でカツ丼が仕上がると、太郎は箸とお茶、調味料を持って席に移動する。異世界で日本の円が使えるのは不思議な気持ちだった。
「いっただきまーす」
うじうじ悩んでいても仕方ない。無能力者が超能力者に勝てるほうがどだいおかしいのだ。エピックのいう商人になるための武者修行は始めからキツメに設定されている気がした。
「アカギも雀鬼も大魔王も人じゃない。一種の現象だ。凡人が通じるレベルを遥かに超えている」
もしかしたら一生このままかもしれない。湧き出る不安から目をそらし、現実逃避するため、カツ丼に手を伸ばそうとした――瞬間!
「ちょっと待ったぁ!」
ちんちくりんの少女が登場。見た目は十歳。メイド服を着ているのでエピックのメイドには違いないが初めて見る少女だ。
「何?」
「お兄さんや。わしにカツ丼を分けてくれぬか」
「いいけど」
「まじ!? ぬし、良い奴じゃのう!」
太郎の手からカツ丼をかっさらった少女はむしゃむしゃと怒涛の勢いで食べ始める。
別にそれほど食べたかったわけではない。いわゆるワンコインカツ丼。雀荘に例えるなら場代を払った程度の事。貧しいものには恵んでやれ、と誰か偉い人も言っていたではないか。
ちんちくりんの少女は冷えたお茶をがぶ飲みし、リスのように頬張ったカツ丼を流し込む。よほど腹が減っていたのだろう。胸に詰まって苦しんでいる。太郎は颯爽と空のコップを取って立ち上がり、お茶を入れて、少女のところに戻っては差し出した。
「すまぬ。少々生き急ぎすぎた」
「ゆっくり食べなさい」
一通り食べ終えると落ち着いたのか、というかカツ丼をすべて平らげた、少女は語り出す。
「さて。報酬もいただいたし本題に入ろうかの」
「ん、報酬?」
話が見えない。乞食のちんちくり少女にカツ丼を全部やっただけだ。報酬とは何か?
「わしの名前はのじゃロリ様。いわばこの世界のお助けキャラじゃ」
「え、そうなの?」
「そじゃ。メイドの中で一番弱い十に苦戦しているからエピックが送った助っ人と思ってもらって結構」
どうやら十は一番弱いらしい。ほんのちょっとだけ傷つく。
ちんちくりん娘、いわく、のじゃロリ様は爪楊枝を器用に使い、語り出す。
「ぬしは大事なことを見失っておる。それはルールというものの本質を理解していないことじゃよ」
「ルール」
十の麻雀の特殊なところは、起家は太郎で親の連荘はなし、ぐらいだろう。それ以外はありありの普遍的なルール。対局中に話をしてもオーケーで、イカサマはダメ。日本の雀荘のスタンダードだったはず。
太郎は十分にルールを守っている。のじゃロリ様が言語道断する。
「ダ・メ・じゃ! ルールは守るためにあるものではない。変えるためにあるのじゃ」
「ルールを変える?」
「そじゃ。日本のお家芸である柔道がなぜ勝てなくなったかを知っておるか? それは日本人選手が弱くなったのではない。ルールが変わったからじゃ」
日本人はルールの中で勝とうとする。外国人は自分に有利なルールに作り変えようとする。これが原因で日本人はオリンピックが勝てなくなったのだと、のじゃロリ様は告げた。
野球なんて典型であっちのルールが適用される。硬式球が違ってくる。ボールの製造方法が違う。
とにもかくにも商人たるものルールを守るのではなくルールを作り変えるようにしなければならない。
「法律を破るのではない法律の穴をつくのじゃ。いわゆるグレーゾーン。タックスヘイブンなんてまさに典型。日本にいても税金を安くする方法なんて山ほどある。ふるさと納税くらいは知ってほしいのう」
「すみませんね。無知で」
太郎は高校生なのだ。麻雀は強くても税金とか国際ルールとか興味はない。
「ま、よいか。ではさっそくお助けするぞい。カツ丼の分じゃ」
「ふ~ん。何するの?」
のじゃロリ様の答えは驚愕のそれだった。
「イカサマありのルールに変更じゃ」
「……は」
「そしてみっちりイカサマの練習するぞい!」
人差し指を立ててポーズを取るのじゃロリ様。見た目は十歳の女の子だから可愛いけれど、言っていることがまったく可愛くなくて、というか黒くて、太郎は辟易した。やれやれ、と。




