二十六万円目。考えろ
レストルール。
用意された室内で太郎は考え続けていた。風呂上がりに頭を冷やすため、上半身裸のままエヴァのゲンドウのポーズのまま思考する。
十の能力を大雑把に考察すると、絶対に振り込まない能力、とでも言おうか。なぜか太郎が聴牌した瞬間に十が合図を送り、両脇の九と八がベタオリを開始する。そして捨て牌にあふれる2、3、4、6、7、8の牌を十がポンなりチーなりして速攻であがるのだ。
十は太郎の聴牌気配を察知し、かつ当たり牌まで見えている。絶対に振り込まないどころか当たり牌をすべて抱えたまま、聴牌し、ノーテン罰符をもらっていた。
太郎の勝機は一つだけ。ツモのみ。有効牌がくる確率がざっくりと四分の一と考えると、聴牌して上がる確率はかなり低い。ダマもリーチもダメ。絶対にツモらなければ勝てなかった。
半荘を五回ほどしたが結果は全部同じ。どころか十は太郎の捨て牌を読み、狙い撃ちしてくる。最初に二位を取っただけで、あとは三位、四位、四位、四位と両脇のおまけにすら勝てなかった。
以下の事から予想される十の能力は、聴牌が分かる、当たり牌が分かる、不要牌が分かる、だろうか。
とどのつまり太郎だけガラス牌で打っているようなもの。愚か、愚か、愚か。まったくもっての愚策に猪突猛進しているだけのトド。豚と同じだ。
太郎が一位になる条件は、太郎だけ手の内が丸見えのまま、一位を取るという痛烈極まりないものだった。
「考えろ。考えるんだ。無能力者に残された手段は考えることだけ。サイコロ振って頭も回すで」
ここにサイコロが三つあったとしよう。6が出る確率は、6×6×6=216分の1。
太郎のやっていることは麻雀の腕前よりも運否天賦に由来するところが大きい。なぜなら挑戦回数は無制限。十のルールでは親の連荘はなしなので、半荘をやったとして東場、南場と8回。たった8度だけ、十よりも多く点を稼ぐためにツモ上がりすればいい。そうすれば絶対に勝てる。これは考えどうこうよりも試行回数を増やすことに主眼を置いたほうが良いように思われた。
エピックは十人のメイドと戦わせて商人の何を教えたいのかは意味不明だが、無能力の太郎がすべてを見通す十に勝つにはビッグウェーブが必要だった。それもサーファーが乗るような大津波ではなくゴジラのような大波。手配が覗かれていようが関係なしに他を圧倒する豪運が必要不可欠。
「よし。やってやるんだ。何度も何度も」
太郎は立ち上がり、麻雀ルームへと向かう。
三日三晩。牌を愛し、友となり打ち続ける。ダブリーも何度かあった。けれども十の能力は予想の遥か上を行き、太郎の手配どころか卓の山まで見通す。太郎が上がり牌を積もる前に、メイド三人でポンなりチーなりして上がり牌をずらし、ツモ上りが阻止された。何度でも何度でも。
絶望の遊戯。
結果、二位すら取れず。半荘を30回やって三位、四位ばかりのボロ負けだった。
「少し休憩しましょう」
十は理知的にメガネをかけ直し、忠告する。太郎は素直に従った。




