妹を持つもの
「カビ臭いなぁ……って何で拘束されているんだ?」
気を失っていた僕が目を覚ましたのは古びた地下室だった。
しかも僕の手足は寝ているベットに拘束されている。
病室で意識を失ったはずなのになぜこんなところにいるのか、当然の疑問が湧いてくるがその答えをくれそうなものは見当たらない。
その代わり不思議なことに気がついた。この部屋は明るすぎるのだ。見たところロウソクやランプの類は見当たらないが不思議と明るい。
いろいろ考えた結果、僕は天井にはめ込まれた一つの石に注目した。一見普通の石だが、よく見ると陣が刻まれている。その石を中心に光が部屋に広がっている気がした。
不思議な石に考えを巡らせていると、地上へと続く階段から女性が降りてきた。
切れ長の燃えるような赤い瞳、すっと鼻梁の通った美しい顔立ち、銀色の長い髪、日本人離れした容姿に僕は思わず息を呑んだ。
頼みたいことがあったのだが彼女に見とれている間に彼女は不機嫌さを隠さずに先に口を開く。
「ようやくお目覚めね。お互い、いろいろ聞きたいことはあるでしょうけど、今は時間がないの。だから質問に答えて。あなたあいつらの仲間?」
「あいつら? よくわからないけど、とりあえずこの鎖を外してくれない?」
彼女が日本語を喋ったことに驚きながらも、ベットに繋がれた手足の鎖をジャラジャラと揺らし、お願いする。
これを頼みたかった。
だが僕のお願いも空しく彼女は首を横に振る。
「それは無理ね。家の庭で知らない男が倒れていて拘束しないわけにいかないでしょ。変質者か、刺客か、どちらにせよ魔法で暴れられても厄介なのは変わらないわ」
「確かに女性としては心配か……って待って! 庭で倒れてた? 病室で倒れたはずなのになんで? それと言っておくけど、僕は別に魔法使いでもないんだから魔法なんて使えないよ」
「あきれたわね。私がそこら辺の子供でも知っていることを知らないとでも? この世界で魔法を使えない人なんていないわ、一人もね」
「ひとりも? それじゃあ、みんな魔法を使えるのか……」
みんなが魔法を使える世界、魔法陣の書かれた光る石、この二つを組み合わせた時、僕の頭はある推測をはじき出した。
ここが異世界という可能性だ。
だとすれば僕がこんな場所にいるのも説明がつく。
「えっと……もしかしたら僕は異世界から来たかもしれない」
「異世界? よくわからないけど、もういいわ。さっきも言ったけど私、急がないといけないの。妹のミーナがさらわれたから取り返しに行かないと」
「じゃあ、僕も協力する」
彼女にとって僕は不審者で、妹をさらったあいつらの仲間かもしれなくて、その上よくわからないことを言い出す奴だってことは十分理解しているつもりだった。
だけど、妹がさらわれた、その言葉を聞いた瞬間、反射的にそう言っていた。
案の定、彼女も驚いた顔をする。
「……なんですって?」
「だから、協力させてほしいんだ」
「気持ちは嬉しいわ。でもね、あなたの言葉を信じるならあなたは異世界から来て、右も左もわからない世界でいきなり面倒ごとに首を突っ込むことになるのよ。それが分かっているの?」
「それは……」
彼女の冷静な分析に僕は口ごもってしまう。確かに客観的に見れば滅茶苦茶だ。
でも僕にははっきりした理由がある。沙耶だ。
それをメリッサにも伝える。
「それは分かってる。信じてもらえないかもしれないけど、僕に妹がいるんだ。でも病気でね。あと一年しか生きられないって医者に言われたけど二年も頑張ったんだ、二年も。だからこれからもずっと頑張るって言ってくれたばっかりだったのに……今日……」
「もういい、あなたの言ったことすべて信じるから泣くのはやめて。色々事情があったのに疑ったりしてごめんなさい。これも今外すわね」
「ありがとう」
彼女は沙耶のことを思い出して泣いてしまった僕にハンカチのようなものを差出す。
僕がそれで涙を拭いていると彼女が拘束している鎖を外しながらぽつりと呟く。
「ミーナとは仲が悪かったの」
「え?」
「昔から両親は私より妹のミーナを可愛がったわ、それが羨ましくて、妬ましかった。だからつらく当たってたわ、両親が事故で死ぬまではね。両親が死んで家族はミーナだけ、そうなって初めてミーナを大切にしなくちゃって思ったの。これってかなり自分勝手よね?」
鎖を外す手をいったん止めて上目遣いで彼女はたずねる。真っすぐな燃えるように赤い瞳に吸い込まれてしまいそうで僕は視線を外す。
「そんなことないと思うよ。失ってから気がつくものもあると思う」
「そう……よね、ありがとう。ミーナも最初は怒ってたわ、今まで散々ひどい態度取っておいて、なに? ってね。でも、最近は分かってくれて仲良くなってきたのにいきなりあいつらがやってきてミーナをさらっていったの。……はい、これで解けたわ」
「そんな理由があったんだ。それを聞いて、ますますミーナちゃんを助けたくなったよ。協力して助けるなら自己紹介をしないとね。僕は東賢斗、よろしく」
言葉と共に差し出した手を彼女は笑顔で握る。初めて見る彼女の笑顔はとてもきれいだった。
「私はメリッサ=マリオン、メリッサでいいわ。こちらこそ色々あったけどよろしくね。ケント、早速だけど上に行ってミーナ奪還作戦の準備をしましょうか」
そう言って地上へとつながる階段をあがって行くメリッサを僕も追いかける。
階段を上がった先で僕を待っていたのは、見たこともないくらい大きな屋敷だった。
映画でしか見たことのないような大きな階段、その踊り場に飾られた大きな絵、すべてが僕には大きすぎて思わず呟きが漏れる
「すごいな……」
あの古びた地下室からは想像できないくらいに豪華で壮大だ。
屋敷の内装に見とれている僕を置いて、メリッサは壁に飾ってある同じような長い杖を一つ一つ、頭につけてみたり、振ってみたりと不思議なことをしていた。
十分屋敷の壮大さを体感した僕も真似をして杖を一つ取って、振ってみたが何も起こらない。そんな姿を見てメリッサが笑みをこぼす。
「ふふっ、ケントはやっても意味ないと思うわ」
「へ~、どうして?」
僕の質問にメリッサは得意げに答える。
「私はただ杖を持っていたわけじゃないの、魔力を流していたのよ。ここに並べられている杖のうち一個しか本物はないわ。あとは偽物」
「でも魔力を流すだけなら誰でも出来ちゃうからあんまり意味がないんじゃないの?」
「その通りだけど杖が反応するのは私たち、マリオン家の魔力だけなの。ほら、貸して」
メリッサに持っていた杖を渡すと両手で持ち、目をつぶった。少しすると杖が淡く発光し、文字が浮かび上がってきた。おそらく拳銃に彫ってあった文字と同じものだ。
目を開けたメリッサは文字を確認し、頷いた。
「うん、これね。ベフィスが浮き出てるでしょ、これが本物の証。あ、ベフィスっていうのは人間の古代文字のこと」
「なるほど、ベフィスで思い出したんだけど僕を見つけた時に変なものが落ちてなかった? 黒光りしてるやつ」
人間の古代文字について聞きたかったがメリッサのおかげで重要なことに気がついた。
僕には戦う手段がない。そこであの拳銃だ。
あれのせいで転移してしまったと思うのだが武器として魅力的なのは否定できない。
メリッサはすぐにピンと来たのか腰に付けていたポーチから拳銃を取り出して、僕に渡してくれた。
「はい、これでしょ。これって何に使うものなの?」
「拳銃っていって僕の世界の武器さ。すごい強力で人の命ぐらいなら簡単にできてしまうものだね」
「こんな小さいのに、意外ね。……あれ? ベフィスがある」
まじまじと拳銃を見ていたメリッサが銃身に浮き出たベフィスを発見した。
メリッサが渡すときはベフィスは出ていなかったはずだが、僕が持った瞬間、ベフィスが浮き出た。これはどういうことなんだろうか。
「ねぇ、メリッサ。僕は拳銃に魔力を流しているのかな? 魔力を流すっていう感覚がよくわからないんだよね」
「うーん、ケンジュウへ魔力は流れてないわね。……いえ、待って。逆にケンジュウからケントに魔力が流れ込んでいるわ。こんなの見たことない」
メリッサの言葉に僕はドキリとして拳銃を見つめる。あの病室に落ちていた拳銃が僕に魔力を流している、であればこの拳銃の中にはもしかしたら――
「不思議だけど今は考えてる時間はないわね。お互いに武器が手に入ったわけだし乗り込みましょうか」
「え? ああ、そうだね」
メリッサがそう言って屋敷を出ていくのを、考えを中断して追いかけた。