EP/0:落陽に伸びた影を追って
その本には「悪い事をされても、やり返してはいけない」と書いてあった。
悪い人たちには、神様がちゃんとお仕置きしてくれるんだって。
もしやり返してしまったらお前もその人と同じになってしまうんだって。
おじいちゃんはそう話してくれた。
私は何となくわかったような気になっていた。
おじいちゃんの膝の上に座って、おじいちゃんが描いている絵をずっと見ていた。
ある日の朝、お母さんが泣きながら家を出て行った。
大きな荷物を持っていたけれど、なにかあったのかな。
お父さんは何も言わず、そのままコーヒーを飲み切ってお仕事に行った。
私も結局は何が起きたのかわからないまま学校に行った。
部活が長引いて遅くなった私が学校から帰ってきても、
お父さんがいつもの残業から帰ってきても、お母さんは帰ってこなかった。
お父さんに聞いても、何も知らないとしか答えてくれなかった。
また言い争いになってしまった。どうしてわかってくれないんだろう。
私には私の人生を選ぶ権利がある。父だってそうやって生きてきたはずなのに。
いつものように祖父が仲裁に入ってくれた。
父は私の事を恐ろしいと言った。
祖父にそっくりだと。
出て行ったあの女にそっくりだと。
親は子どもを選べない、とも言っていた。
祖父が亡くなったと聞いた。
学校から大急ぎで帰ると、祖父の部屋で知らない人たちと父が何かを探していた。
祖父の言う通りだった。だから祖父は私だけに教えてくれていたんだ。
葬儀の最中もずっと、父は仕事の電話をしていた。
ある日、祖父からなにか預かっていないかと父に聞かれたけれど、何も知らないって言ってやった。
早くどこかに隠さなくちゃいけない。
まさかこんなことになるなんて思ってもいなかった。
いつか諦めるだろうと油断していた。
工事が始まってしまうと見つかるのも時間の問題だ。
あの子が早く彼に届けてくれるのを待つしかない。
あの手紙なら、たとえ父に見つかっても理解はできないはず。
彼なら、きっとすぐに気付いてくれる。
私はドアの開かない自室で、幼い頃に父に言われた言葉を思い出した。
親は子供を選べない。
なら、子どもは親を選べたのだろうか。