プロローグ
性別すら分からない、否、人間であるかすらも疑問を持つかもしれない。そんな絶叫が響く暗闇から、可愛らしい微笑がその汚濁に混ざりながら聞こえた。その小さな声は、楽しそうで、心地が良さそうで、満足が、安心が、含まれていた。
肉を食む音がする。女性が喘ぐ声がする。枝が折れるような音に、水面に雫が落ちる音もする。異臭が漂うこの空間の中に溶けた生き物の欲と生命の理由は、きっと罰だった。総じて罰だった。
罪を持ち生まれるのなら、生きていることが罪なのなら、単純に死こそが罰。罰を得て救われるのなら、私のこの行動を私は肯定しよう。
人の中身は悲しいほどに炭素だった。魂や心などは無く、微弱な電気と血液が循環していて、太い管が切れればコミュニケーションは終わる。きっとそれは目の前で人間を終わらせ続ける私の妹も同じなのだろう。
終わったよ、おねぇちゃん。
「終わったよ、おねぇちゃん」
頭の中で予想した通りに言葉を発する私の妹の姿は、輪郭が闇に蕩けてよく見えない。
「屋敷に帰ろう、今日のご飯はオムライスがいいな」
ふいに握られた手は汚い血に濡れていた。握る気にならないその手に唱える。硝子のように半透明な球体が、私とこの子を繋ぐ手を包む。私たちの手から血液が解かれ、弾かれていく。年相応の滑らかな肌は愛しい妹のもので、同時に私のものだ。
「そうだね。帰ろう、刹那」
「うん!急ごう、劫那。みんなが待ってる」