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Ⅷ 「付けられた舌」

 鎖で巻かれ動けない手足が、彼女の記憶を刺激する。

 意識を取り戻した瞬間に、痺れの残る舌など無視して、目の前にいる公望に激昂した。

「身は!? 身はどうした!? おい! くそ野郎! 身はどこにいるのかって訊いてんだよっ!」

 簡易的なベッドに薬品棚、手術台に、椅子型の拘束器。ゴム手袋メス注射器、点滴用のバッグ。ホルマリン漬けにされた何か。氷の中に埋まっている手足。それら全てが、その二人のいる部屋の中にあった。物を除きさえすれば、神田が恐怖を体験したあの部屋と構造は殆ど同じだった。ただ、もう一つの部屋は無いが。

「神田落ち着くんだ。身はここにはいない。そしてここは駄菓子屋公望だよ」と白衣姿の公望が言った。酷く冷静に、事の終端を見据えるように。「なにがあったんだい? なぜ、帰ったはずの君が、舌を喉に詰まらせた状態で僕の店の前で倒れていたんだい? 聞かせてくれ。何があったのかを。事の一部始終を」

 けれど、神田は、公望の話を聞き入れなかった。スチールベッドに寝かされ、大の字に手足が拘束された状態でも、彼女が暴れると、それが軋んで今にも壊れてしまいそうになる。

 公望は、仕方がないと呟くと、ゴム手袋をして注射器片手で、神田の傍による。

「神田、君が冷静になれないのは多分この先もだ。だから、僕が冷静にさせる手助けをしてやる」

 針先を見て、神田が異常に声を上げた。公望が一歩退く。

 神田の非力な腕と足が、一時的に力を持ってその鎖をひしゃげ、拘束状態を解く。一瞬だった。

 立ち上がり、目の前にいる公望を凝視する。そうして、痺れを切らしたように

「早く打って、それを」

 息を荒げて言う彼女の言葉に、公望が苦笑した。安心して、苦笑したのだ。

 彼女を坐位させて、上腕にアルコール綿で楕円形に円を描いて消毒し、乾燥したのを見計らってそれを打った。そうしている間にも、神田の息はどんどん荒くなっていく。目は、どこか遠くの方を見つめている。少し経ってそれらが治まると、公望が神田の目にライトを当てて瞳孔の開閉具合を見て異常がないことを確認した。

 開き切った口元から垂れる涎を、公望がタオルで拭き取る。薬の作用でいくらばかりか思考が遅れている神田は、とても精密にできたフランス人形のようだった。人形として考えれば彼女は一級品だ。けれど、人間として見れば、喋らず、どこも見ず、筋肉の痙攣でしか表情を表せない、とても不格好な体だ。

袖で額の汗を拭って息を吐いた。彼女を生かす作業から精神を安定させるまでの作業が、ようやく終わりを告げたのだ。

「後は」と呟いて、その研究室紛いの部屋のドアから差し込む台所の光を見た。「彼らにどう説明するか」

 神田を寝台に寝かせて(今度は縛らずに)、その部屋から出ていき、台所を介して居間へと戻った。

 そこに、彼らがいる。皆一様に畳に正座して、待っている。

「公望のオッサン! 神田は助かったのか!?」

「大層お手柄の仕事をしてくれたよ、烈君」

 スキンヘッドに応答する。

「僕も助かったから、彼女も助かりましたよ…ね?」

「彼女の方がひどかったけどね、朝霧君」

 手に縫い跡を残す男に応答する。

「ヒーローは、生きているんですね!」

「ああ、生きているとも、瑠璃ちゃん」

 ローブ姿の少女に応答する。

「君らがなぜここに来たのか、なぜ彼女を慕っているのか、なぜ彼女を追っているのか」と公望が言った。「粗方、予想は付く」

 彼らが目を見合わせる。そして、同じ目的でここにいるのだと、再認識する。

「公望さんよお、俺たちは多分、神田っていう人間を求めていたのかもしれねえ」と烈が言った。「ここで馬鹿やって、時には犯罪紛いの事もしちまった。でも、あいつは、神田は、止めてくれたんだ。罰も与えてくれて、助けもしてくれた。なんつーか、その…惚れちまったんだよ、とても強いあいつに」

 烈が顔を赤らめて言った。見た目からして不良の物腰をしているが、案外良い奴なのかもしれないと、公望が思う。

 他二人も頷いて、恥ずかしがる烈を小突く。初対面の馴れ合いとは思えない程、彼らはもう出来上がっているように見えた。

「それに、私たちの、大蘭のヒーローだから!」と瑠璃が言って立ち上がった。「凄いんですよ! 神田さん! 月明かりを背にして、警察官に立ち向かっていたんですから! 大の男二人が、剣幕に負けてすぐさま逃げていったんですよ! ああ! もう凄かった!」

 当時の様子を鮮明に思い出し、空中に思い浮かべては演技して見せる瑠璃。年相応の身振り手振りだった。

「大蘭にも、あんな人がいるんですね。突然スーツ姿の男に襲われて、手を切られて失神して。そのまま死ぬんだと思っていました。なんせ悪名高い大蘭町ですから。だから、ドッグタグは持っていたし、本当に死ぬ気でいたんです、僕。でも、あの、神田さんが助けてくれた。その時の神田さんの様子を公望さんから聞いたら、涙が出ましたよ。そんな人、ここにいるんだって…」

 皆が思い思いに神田の行動に触れていた。そして、それをここで吐き出す。ここでなら、理解者がいると考えて。ここでなら、それが自然なのだと考えて。

 あ、と声を漏らしたのは烈だった。続いて、朝霧に瑠璃と顔を強張らせて公望の背後を見る。彼らの顔が一様に驚いているようで恐れているように見えて、公望が振り返った。

 瞬間に、彼の視界が神田を捉えた。間もなくして、振り被られたマチェットが、公望の右肩へと落とされる。

 血飛沫を浴びて三人が唖然としていた。彼らが見たヒーローの神田と、今しがた、自分が見た神田とは、差がありすぎたのだ。止めようともしなかった。割って入っては、今度は自分の身に危険が差し迫るかもしれない。

 出血する肩を抑えて公望が崩れる。赤い滴を垂らすマチェットは依然として彼女の手に握られている。

 神田は自我を失ったように、静かにその場で佇んでいた。黒い瞳がどこかを見ている。口は真一文字に結ばれ、肌は青白い。かと思えば、次には下唇を血が出る程噛んで、怒った表情をし、宙をマチェットで一閃して見せる。明らかに様子がおかしかった。彼女ではない彼女がそこにいる。どう受け止めていいのか分からずに、三人が顔を見合わせる。けれど、その内瑠璃が尻餅をついて耐えがたい痛苦に晒される公望に寄っては、介抱した。大丈夫ですかと何度も声を掛ける。

 神田が、それを見てマチェットの柄を強く握りしめた。何事か考えているようだったが、その内容までは想像できない。そうしてから、もう一度動作に入る。こいつもああしてやる、朧な意識でそう考えながら。

 けれど、止められる。烈が許さなかった。

「止めろ」と端的に言葉を発して、振り被る手を押さえる。「何があったのかは知らねえけど、公望はお前を助けたんだ。そんな奴にそうしてやる必要性がどこにある」

 烈の顔をぼんやりと神田は覚えていた。そうしていると、そこに居合わせる全ての人間に、見覚えがあることに気付く。舌打ちをし、押さえられた手を強引に払いのけて、退けと一言発する。

 そうして、神田は駄菓子屋から出て行った。ふらりふらりと千鳥足で、マチェットを地面に引きずらせて。

「やれやれ、まずいことになった」と公望が言った。起き上がって胡坐をかく。「あいつとは長い付き合いだから分かるのさ。枷の外れたあいつも、勿論ね」

「枷の外れた?」と烈が訊く。

「ああ、人には本来、本心の暴挙を許すまいと、見えないところで働く自制心と抑制心とがある。それは、法律だとか規律だとか、マナーだとか、そういうものと密接な関わりがある。いわば、個の六法全書さ。今の神田は、何事か合ってそれら全ての機能を失っている。なら、彼女の本心は何か?」と公望が言って掌に付着した血を見た。「簡単なことさ。殺人だよ」

 表で女の悲鳴が聞こえる。すぐ近くだ。

「それで、君たちの出番だ」

 声色を変えて、公望が言った。立ち上がり、血が滲み出る肩はもはや案じもせず、台所の奥にある研究室へと三人を案内する。

「ここにあるすべての物を使っていい。殺さずに、神田をここへ連れ戻すんだ。君たちがどれくらい神田を思っているか、慕っているか。それが今試される。でも、人間だから恐れはある。たった一つだけの出来事で、こんな馬鹿げて、危険性を秘めている行動に出たくない奴は今すぐに出て行ってもらって結構だ」と公望が言って、三人を眺めた。「それを考えた上でやる奴だけが選べ。シリアルキラ―かヒーローか。君たちの思う神田が、どちらで生きていくべきなのかを」

「当然ヒーローだな」と烈が言った。二人を差し置いて一人部屋の奥へと歩き出す。そうして、目に留まった神田が持っていたマチェットと同等の物を掴む。壁に寄りかかるようにして置かれていたそれは、子供の玩具のように安っぽく見えた。

「同じく」と朝霧が言って、烈と同じ場所へ行き、同じものを持つ。

 二人はもう心を決めていた。目が合って言葉を介さずに、互いの認識を交換し合う。一つ頷いて研究所をから出て行こうとする。そして、去り際になり、未だ自分の覚悟を明確にできない瑠璃に対し、

「公望のおっさんの手助けをしてな。どの道、ここにやってきた理由なんて皆同じだからよ」

 烈の言った言葉に、瑠璃がはっとする。先ほどまで自分は何を迷っていたのだろうと感じ、同時に馬鹿らしくなってしまう。一貫した思いがあってここに来たのだ、そしてそれは皆同じこと。だからこそ、彼女を救う理由がある。

 決断に踏み切り、そうさせてくれた烈に感謝を述べようとした。自分なりに考えたことだった。けれど、その時にはもう男二人の姿はなく、残されていたのは愚かで安直な、言葉の死骸だけだった。

 外に出ていた二人は、傍から見れば不審人物だった。かなりの大きさの刀身を持つ刃物を片手に、路上を全速力で走っているのだ。明確な目指す場所はどことも知れずに、ただ大蘭の光の密集地点へと向かって。

 既に神田の犠牲になっている人間を彼らは見ていた。路上で息を切らしているうち、胸の切り裂かれた女性、頬を両断された男。片腕を失っている青年。それらの人が、苦しみに悶えながら地に這い、伏し、はたまた呆然としている。目にすることさえ痛ましい光景だったが、二人はその根源を絶ち切るために走っている。その行動がどれほどの危険性を帯びているのか、彼らは分かっている筈だった。けれど、やらなければならない。大蘭を覆う来たるべき悪に、彼女なら対抗できるかもしれないのだから。

 街灯の袂にうつる掠れた血の線を見て、遠くにある虚ろに歩く人影を見た。

 二人の本能が、自然に伝えていた。あれが神田だと。

 見つけたはいいが、彼女に対抗するだけの技量が自分たちにあるのかと二人は危惧したが、そう考えているうち、足音に気付いて神田が振り返っていた。睨まれて、立ち止まる。

「なにか、よう?」と神田が言った。齷齪として喋り、ぎこちない動作で体を二人に向ける。

「止めに来たんだ、あんたの暴挙を」と烈が言った。

「もう止めてください。神田さん」と朝霧が言った。

 神田の耳にその言葉は入っている筈だった。けれど、悪びれる様子もなく、自分の持つマチェットと、二人の持つマチェットを見比べる。

「正当防衛だよ」と神田が言って、二人へと歩き始め、合間を詰める。「全部悪いのはあんたらだからな!」

 閑静な辺りに神田の怒声が響き渡る。異様な声色と呂律の回っていない歪な発音。薬のせいか、枷のせいか。二人は知る由もなかった。

「腕だ。マチェットを持った腕を切ってから、その後に足。思い切り振るな。刃を圧するだけでいい。立てなくなったら、頸動脈を絞めて気絶させる。大丈夫だ、俺がやる。あんた、見てくれから分かるけど、そんなに肝が据わっているようには見えないしな」と烈が冷静に、それでも早口で言った。

 大部分が間違ってはいないので、朝霧も烈を見て頷きだけする。

「身の気持ちが分かるか」

 言葉の直後に、黒い何かが飛来した。朝霧が視線を神田に戻すと、下腹部に激痛が走った。手に持っているものと同じものが、そこに食い込んでいる。

 体が後退して、倒れざるを得ない。いとも簡単に腹に突き立っているそれが、気味の悪いほど恐ろしく見えた。傷口が酷く熱い。体のどこを動かしても痛覚は腹の痛みを呼び起こす。外側の鋭利な痛みと、内側の重く鈍い痛み。押さえようとする手も、出はしなかった。ただただそれに耐えるための悶える声を上げるだけで、他の何かをしようという考えは出てきはしなかった。

「人を捕まえようとするときは、殺す気でやらないと」と、すっと朝霧の視界に現れた神田が言った。不気味な程低い声で。笑う素振りも見せないまま、その下腹部に刺さったマチェットを強引に引き抜く。

 迫りに迫った痛みがやって来て、朝霧が腹に手を当てて転がる。体中を奔り回る無邪気な痛みに、もはや体は成す術を失っていた。

「あんた、正気か!?」と烈が叫んだ。「人を殺してんだぞ!?」

「昔にやられた」と神田が言った。マチェットに付着した血を眺める。「だから、今やってる。…理由になってない? 別にいいじゃん、そんなのさ」

 不敵に大きく笑って、あちらにそちらにこちらにとある苦しみばかりを呈する人を概観する。けれどそうした後に右後左眄して、明確な行動を露わにしようとしなかった。数歩それらに歩み寄ってみたり、マチェットの柄頭でこめかみを殴ってみたり、唇をしきりに舐めたりと。

 見かねて烈が一歩を踏み出し躊躇いなく神田の右下腿に刃を食い込ませた。細く骨ばかりのその足は、それだけでもすっぱりと両断されてしまいそうな脆さを持っていたが、実際にはそうはいかない。烈が力任せにそれを抜いてバランスの失った彼女を倒そうと考えたが、まず、そのマチェットは抜けなかった。

 にやりと笑う神田が、自身が持つそれで精彩を欠いた烈の腕に突き立てた。

 耳をつんざく悲鳴を上げて烈が後退する。すぐさま刺さったそれを引き抜いては地に伏して痛みに耐えようと努めた。

「痛み分けだよ。くそ野郎」

 力を緩め、足からそれを引き抜いてよろけながらも彼へと近寄る。同じような光景だった。けれど、あの時と今とでは、神田と烈の心に渦巻く感情はまったくの別物だ。

「何で、あんたがこんなことを…?」と烈が表も上げずに言った。物言いからして、痛みは底知れないことが瞭然だった。

「関係ないんだよ。人はすぐに変われるんだ。小さくも大きくもな。あたしはあたしだよ。今は少し、あー、なんだその、らりるれろさ。そう、らりるれろ。それよりさ、幻滅したんでしょう?」と言って神田が腹を抱えて笑い出す。次第に動作と支離滅裂な話の内容が重なり合わなくなってくる。「俺だってやりたくなかったさ? でもあいつが。え? 桜の木の下の白鞘? なんだそれ、あたしは知らないよ?

 うん? なあ、白い女の子が歩いている。ああ、こっちに手を振ってくれている。綺麗だ、とても、綺麗。あたしか、俺か?

 手榴弾が投擲されたぞ! 目の前にそれが落ちる。けれど退くことは許されない。出てくる敵は皆々殺せ。喇叭が鳴って瞼に写る旗の波。銃を片手に吶喊しなければならない」

 乱離骨灰な言動を見せ、あたかもそれは、彼女の世界に誰一人として関与が許されていないような振る舞いだった。そこらをほっつき歩き、壁に手を当てて喋り、弧を描いて回る。そうしていると、烈の足に躓いた。転倒して起き上がったと思えば子供のように泣き叫び、態度を改めて立ち上がると、今度は癇癪を起す。怒りの矛先が向けられたのは勿論烈自身であった。

「邪魔なんだよ!」と神田が激昂する。持っているのがマチェットだと今の彼女が認識しているのかしていないのかは分からなかった。けれど、たとえそれが木の棒であったとしても、行動に差は生まれなかったのだろう。

 伏したまま烈が反射的に目を瞑った。

 一拍を置いて、夜空に太陽が輝いた。あるいは、太陽の様なそれが。光と音が全ての人を飲み込み、やがて視覚と聴覚とを奪った。

 その場で唯一立ち上がっていた神田が、一番の被害者となった。耳と目が殺され、意識さえも失いかける。足がふら付いて、瞑られた目を手で押さえながら、地面に崩れこむ。その時にはもう思考する力など、ありはしなかった。ただただ普通ではない状況に狼狽え、体を曲げたりうめき声を発したり、意味のない行動をするばかり。

 烈が声を聞いたのは、それから数秒後の事だった。耳鳴りの内から聞こえてくるのは、彼の名前を呼ぶ声。伏しているまま振り向いて、霞んだ視界の中、風に靡く銀髪を見た。瑠璃だ。幼い躰を目一杯に振るわせ、彼に駆け寄ってくる。

「大丈夫ですか!?」と瑠璃は膝を折り、烈の耳元に限界まで口を近づかせて叫んだ。叫んでなお、彼の耳には鳥の囀る程の声量にしか聞こえなかった。

 幼顔が強張っていて、改めて緊迫している状況を実感させられる。視界と聴力とが万全とは言えないにしろ、徐々に回復を見せてきていることを感じていた。石のように固くなった体を持ち上げ、手で顔を覆う神田と、苦痛に顔を歪ませた朝霧を見る。足元では瑠璃が泣きそうになりながら、彼を見ていた。

「舌の苦痛に比べれば」と烈は言った。そして笑った。裂け目の入った袖の布を破り、流血する裂傷部分に巻き付ける。簡易的な包帯のつもりだった。けれど、鈍く重い痛みは止まない。どころか、圧迫される感覚が直接的な痛みを刺激していた。

「公望は?」と烈が瑠璃に訊いた。

「今は、自分で自分の治療を…」と瑠璃が言った。自信の無い、か細い声だった。「あれを渡されて、使い方を教わって、後は皆連れて来いって、言われました」

 彼女が指差した先にあったのは、筒先が黒く、部分的に塗装の剥げたフラッシュバンだった。

 烈は小さく頷きながら、光栄に思った。映画の中だけの存在だと思っていた物を、実体験できるとは思ってもみなかった、とわざとらしく考えながら。

 散らばった人と道具のように、彼の頭の中でも思考が散らばっていた。そこらを歩いて、空を見たり、目を瞑ったりして、成すべきことを考える。そうしてようやく、駄菓子屋公望に戻ろうとする案が浮かんだ。

 そこから駄菓子屋へは遠くもなかった。だから、烈は気絶した神田を背負い、まだ歩く力が残っている朝霧は、瑠璃の肩を借りて帰路に就いた。


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