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<六>和泉家と楢崎家



「今から朔夜くんが部屋に来てくれるんだから、念入りに掃除しないと。拭き残しはないよね」



 少女、楢崎(ならざき) 飛鳥(あすか)は滅多にない機会だと両手で握り拳を作り、張り切って自室の掃除に精を出していた。土曜の昼下がりのことである。


 気分を盛り上げるためにCDコンポをかけ、“Take Me Home, Country Roads”を室内に流す。邦題は“故郷に帰りたい”。日本語に訳したカバー曲の名は“カントリー・ロード”。アニメ映画の曲でも使用された有名な曲だ。


 鼻歌を歌いながら飛鳥はミニテーブルを台拭きで丁寧に吹いていた。

 なにせ思い人である幼馴染がひとりで家に来るのだ。

 いつもならば暗黙の三人仲良しこよしルールで、もう一人幼馴染が引っ付いて来るのだが、今日はまさかの一人。彼と二人きり。

 やはり此処は己の部屋に上げるのだから、幼馴染の枠を超えて発展を……いやいや気が早い。まずは親身度を上げなければ。もう一人の幼馴染には悪いが、少しでもポイントを稼いで早く彼の心を射止めたい今日この頃。周囲の友人が彼氏を作り始めているのだ。自分もその輪に入りたい! 彼ができたと自慢したい!

 年相応の恋に燃える飛鳥だが、ふっと現実に返ると小さな嘆息を零してしまう。


「朔夜くんは恋愛に全然興味がないもんな。どちらかと言えば、ショウくんと馬鹿をしたいタイプだから……あーあ、私のライバルはショウくんなんだよな。でもショウくんのライバルは朔夜くん。複雑だよ」


 幼馴染の関係は常に一方通行である。

 自分は朔夜の気持ちを射止めたいが、朔夜にその気はなく。翔は自分の気持ちを射止めたいが、飛鳥にその気はなく。そして朔夜は幼馴染の輪を崩したくない一方、野郎同士で和気藹々と馬鹿をしたい節が垣間見える。同性の友達とはしゃぎたいのだろう。ゆえに翔のところに行くところが多い。

 朔夜を思い人に置いている飛鳥としては非常に複雑だ。もう少し自分を異性として見てくれても良いではないか!

 確かに付き合いは長く、異性として見るには難しいだろう。が、自分達も成長しているのだ。少女漫画のような展開があっても良いではないか。自分は翔よりも付き合いが長いというのに。


 こんなことなら自分も男に生まれてくれば良かった。

 そうすれば和気藹々三人で馬鹿ができただろう。恋という面倒な感情に振り回されず、ただただ三人で仲良くはしゃげる毎日を送れたことだろう。異性の幼馴染とは煩わしいことばかりだ。

 飛鳥は密かに抱く“幼馴染コンプレックス”に思い悩んではため息をつく。

 せめてもう一人、女の子の幼馴染がいれば自分の悩みを打ち明けることができただろうに。


「ショウくんの気持ちに応えようかな。そうしたら、朔夜くんも少しは焦ってくれないかな」


 策士的なことを思いつつ、それはできない行為だと飛鳥は考えを改めなおす。

 それも相手の気を引く恋の手のひとつではあるが、そうなると翔の純粋な恋心を傷付けてしまいそうだ。

 彼は一途でストレートな性格をしている。子供っぽい一面を持っているため何かあればすぐ拗ねてしまうが、その反面、とにかく相手を優先する。自分の気持ちを知っているため、相手の気を引きたい飛鳥を優先するだろう。

 そうなれば、自分達の関係は一気に拗れて……少女漫画のような展開? いやいや学生版昼ドラ決定である! 元凶の自分は完全に悪女ではないか!

 「ダメダメ!」飛鳥は考えを根っから否定。幼馴染としては彼のことも大好きなのだから、そんな凄惨な結果を生むような行為は却下だ。


「大体朔夜くんが悪いんだよね。私もショウくんも年相応の恋をしているのに」


 飛鳥は持っている台拭きを振り回し、脹れ面を作る。

 自分も翔も一高校生として青春を送ろうとしているというのに、彼はてんで興味なし。自分と二人きりになっても仕事のばかり。共通の話題があることは良いことだが、合致すぎるのも難点である。それから抜け出せないのだから。

 では思い人とどんな会話をしたいのか? それはやはり青春を送っている高校生の会話をしたいもの。

 脳内で恋愛展開を妄想する飛鳥は、秀才の空気を纏っている朔夜を思い浮かべ、自分の思うが儘に動かす。徐々に頬に熱が帯び、赤くなっていくのは彼女の妄想に問題があると言える。


 階段を上っているであろう足音も、ノック音も、「飛鳥。来たよ」呼び掛けも耳に入らない飛鳥は台拭きを捩じると、テーブルを叩いて身もだえた。


「そんな、もうっ、朔夜くんの大胆! 普段はそんなにも大人しい性格をしているのにっ、もう、もう! ロールキャベツ男子でいいよ、カッコイイよ、素敵だよ!」


 ショッキングピンクな妄想をしている飛鳥は大声で朔夜くんの狼と叫びたかった。いや、叫んだ。それがまずかった。

 出入り口から隙間風が入ってきたため、飛鳥は現実に返る。何気なく扉を見やり、「もうお母さん。ノックくらいしてよね」と文句を垂れた。が、そこにいたのは母ではなく、自分の目が確かなら妄想をしていた本人。

 目を点にしている彼は完全に思考が停止しているらしく、手土産であろう紙袋を手にぶら下げたまま固まっている。


 顔面紅潮したのは飛鳥だった。

 まさか今の妄想を聞かれていたのでは? いや、あの反応はきっと、きっと、きっと聞かれていたのだ! 頭から湯気が出るのではないかと憂慮するほど赤面した飛鳥は、思わず金切り声を上げて叫んだ。



「朔夜くんのエッチ、スケベ、ノックしてから入ってよね―――!」



 彼の名誉のために、飛鳥の叫んだ内容はまったくもって冤罪だと此処に蛇足として記しておく。




 閑話休題、土曜の昼下がりから大変不適切な叫び声を上げてしまった飛鳥は自室で気まずい思いを噛みしめていた。


 言わずも冤罪を掛けてしまった彼に対する罪悪からである。

 遠目を作って飛鳥の淹れる紅茶を見つめている朔夜は、「ノックはしたつもりなんだけどね」と弁解。しかし不味い場面に遭遇してしまったのだと思い込んでいるらしく小声で謝罪をしてくれた。

 彼はちっとも悪くないのだが、妄想を聞かれてしまったと思うと飛鳥もあからさまに大丈夫とは言えず(目が泳いでいるその顔は聞いてしまったのだろう!)、「もう気にしていないよ」と引き攣り笑いを浮かべることしかできなかった。


 沈黙が一室を流れる。

 こういう時、もう一人の幼馴染がいれば空気を緩和してくれるのに! 今更ながら翔が恋しくなる飛鳥である。


「えぇっと飛鳥。これ」


 空気を打破しようと朔夜が土産であろう紙袋を寄越してくる。

 中身はマドレーヌだと彼。近場のお菓子屋で買ってきたそうだ。大方、母親から買っていくよう強制されたのだろう。朔夜は気遣いが不得意な男だから。

 再び会話が途切れそうになったため、飛鳥は仕方がなしに話題を共通のものに流す。沈黙よりはマシだと思ったのだ。

 どちらにせよ、今回彼が家に来た理由はその“共通”の話題に関することだ。どんなに恋心を抱き展開に期待を寄せようと、最後の流れはそっちに向かう。だったら自分から流した方が良い。


「ショウくんが妖に利用されて丸二日、あれから音沙汰がないね」


 すると朔夜の泳いでいた目に一点の光が宿る。

 何処となく怒気を纏った彼はマドレーヌの封を開けると、それに噛り付いて咀嚼。淹れ立ての紅茶に角砂糖を落とし、匙でかき回しながら飛鳥を一瞥した。「今夜も情報収集をするよ」冷たさが含まれている言葉には静かな怒りが感じられる。朔夜は飛鳥以上に一件の事件に責と怒りを抱いているのだ。相棒である飛鳥が一番彼の感情を理解できた。


 (朔夜くんは仇をとりたいんだよね)力なく頬を崩し、飛鳥は二日前のことを思い出す。


 事件の翌日、妖の被害者である翔は熱も跳ね除けて元気に登校してきた。

 てっきり一日療養してくれると思っていたため、飛鳥は彼と血相を変えてなんで学校に来たのだと頓狂な声を上げてしまう。能天気に笑う翔はもう貧血は起こさない、睡眠と朝飯をしっかり取ったから倒れないと宣言し、過度に心配を見せる自分達に大丈夫だと言い切った。

 まさか命を落とすほどの危機に陥っていたなんて、彼は露一つ想像していないだろう。昨日世話になった礼と自分達に迷惑を掛けた詫びを改めて向けた。

 二人がいたから大事に至らなったと笑う彼の無垢な気持ちが申し訳なくなった。

 寧ろ、“自分達がいたから”大事に至ったのだ。


 飛鳥は知っている。

 朔夜が悔しそうに握り拳を作り、下唇を噛みしめていたことを。本当は翔に謝罪をしたくてしょうがなかったことを。普通の高校生と同じように暮らしたいと心から叫びたかったことを。


 邪鬼に噛まれた翔の両足についてだが、本人曰く打撲のような痕になっているだけで痛みはないという。

 やっぱり捻挫だったのだと翔は結論付けていたが、念のために昨日は彼を連れて再び朔夜の家を訪れている。

 表向きは翔の調子が良ければ、昨日の出来なかった遊びの続きをしようと口実を立てた(大半の誘いは喜んで乗ってくれるため翔を家に連れて行くまでは苦労しない)。

 勿論、本当の目的は翔の足の状態を妖祓長に診てもらうためである。


 朔夜の祖父、和泉月彦も幼馴染の容態が気になっていたようで、家を訪れると待ち構えていたように自分達の下にやって来た。

 翔は自分達の祖父母をとても苦手にしているため(立ち振る舞いに気を付けなければならないからだ)、月彦の登場にすこぶる萎縮していたが、向こうは気にせず適当に口実を作って足の状態を診察。毒素が抜けて良好だと診断を下したため、自分達はホッと胸を撫で下ろした。

 すると何かを感じ取ったのか翔はこんなことを自分達に言って励ましてくれる。“もう倒れねぇから大丈夫だって”と。


 一般の子供のことを思えば翔は自分達の傍にいない方が良いだろう。

 常日頃から妖に狙われる自分達だ。一人前の妖祓と名乗れるようになった今、前以上に狙われることは必然なのだから。


 しかし、それは到底無理な話。翔は自分達の傍にいたがる。

 必ずと言っていいほど此方の後を追い駆け、自分達と共に行動したがるのだ。

 良く言えば三人の時間を大事にする。悪く言えば自分達に執着している。それは幼少から変わらない。悪い一面ではないのだが、困った一面ではあることには違いない。極端に距離を置けば翔が拗ねるに違いないだろう。いや、落ち込んでしまうかもしれない。それだけ自分達の傍にいたがるのだ。

 とはいえ、困った一面があるものの飛鳥自身も三人で過ごす時間は心地よいと思っている。彼の執着の一面に疲労するだけであって、基本的に三人で過ごす時間は大好きだ。


 だからこそ翔が妖に利用された現実は辛い。


「此処に来る前に、さっきショウのところに行ったんだ」


 「え」寝耳に水だと目を丸くする飛鳥に、「寄り道程度だよ」彼も今日は両親と祖父母の家に行く予定があったみたいだし。朔夜は淡々と説明を始める。


「丸二日、音沙汰がないということは得られる情報も少ないということ。だったら情報源になりそうな被害者から得ようとしたんだ」


 朔夜の話によれば、彼の住むマンションの駐車場で立ち話をしたらしい。


「でもショウくんの持っていた情報は全部聞き出したでしょう?」


 今更話を聞いても得られる情報などないのでは? 飛鳥は首を傾げる。そのとおりだと朔夜は返事した。

 けれど、もしかしたら得られる情報があるかもしれない。それこそ二度目の話によって見落としを発見できるかもしれない。朔夜はそう深慮に考え、それは的中したという。


「ショウに坊主の話をもう一度してもらったんだ。どうしてそんなことを聞くのか、あいつはとても不思議そうな顔をしていたけど、丁寧に同じ話をしてくれた。ショウが商店街で主犯であろう坊主に会い、バス停まで案内して見送る話や飴玉をくれる話を、もう一度ね。そこで僕は見落としに気付いた」


 見落としがあった? それはどういうことだ。

 もったいぶる朔夜に話を進めるよう催促すると、「バスの行き先だよ」相棒はレンズ越しに目を細める。


「ショウは方向音痴の坊主を心配してバスに乗車するまでを見送っている。なら、坊主の行き先もあらかた知っているんじゃないか。そう思ったんだ」


 なるほど、飛鳥は朔夜の考えを察する。

 元々翔は坊主の道案内としてバス停まで送っている。

 他愛もない世間話をしていたとはいうが、お互いに初対面。案内人を買っている以上、遅かれ早かれ翔は行き先をお坊さんに尋ねる筈だ。出なければ案内を買って出る翔の方もどこのバス停まで案内すれば良いのか分からない。この一帯は複数のバス停があるのだから。

 幼馴染は行き先を知っていたのか? 朔夜に質問を投げると、小さく首を縦に振り、情報を得たと告げる。


「二つ隣の町“御崎ヶ丘一丁目”というところで坊主は降りたらしい。ショウが言うには、その周辺に自分の寺院を持っているらしい。だけど、僕がインターネットで調べる限り“御崎ヶ丘一丁目”に寺院なんて存在しないんだ」


 上着のポケットからプリントアウトした紙を取り出し、それを広げて飛鳥に見せる。

 Googleの地図で出したであろうマップはインクの質が悪いのか、ところどころ滲んでいた。皺の寄っている紙を伸ばしながら寺院のマークがないか目を配る。朔夜の言う通り、寺院らしき寺院はどこにも見当たらない。マップ上から得られる情報は一帯が住宅街ということだけだ。

 坊主の虚言だろうか。飛鳥が意見と疑問を投げかける。それは分からない、朔夜は眉を寄せた。


「ただ相手の腹黒さを思えば、行ってみる価値はあると思う」


「どういう意味?」


「相手は今までになく策士だ。幼少から僕等の力を狙ってきた単細胞な妖とは一味違う。“誰かを利用”する根回しの良さがあるんだ。思うに、ショウは僕等の力量を図るために利用された駒にしか過ぎない。仮に僕等がショウを助けることのできる力量の持ち主なら、彼自身に情報を与えて自分の下まで来るよう(いざな)うことも可能だろう?」


 助けられることを前提に彼に情報を与えた。

 助けることができない力量であればそれまで。情報を持った駒には死んでもらい、また別の手で自分達の肉を狙いに行けばよい。

 どちらにせよ、妖の都合の良い展開に踊らせているのは確かだろう。推理を述べる朔夜は腹立たしいとカップの柄を握り締めて殺気立つ。

 ぎこちなくカップに視線を流した飛鳥は湯気立っているそれを見つめると、水面に波を立たせながら液体を啜る。甘さ控えめの紅茶は喉を程よく潤してくれるが、混乱と困惑の二つを噛み締めている己の乾いた心までには浸透してくれない。


「このままショウくんが私達の傍にいて良いのかな。ショウくんと距離を置く……のは、無理と思うんだけどさ」


 ふっ、と息を吐くように飛鳥は本音を零す。


 それだけではない。

 自分達が普通の子供達と同じように学校に通って良いのか、それすら悩んでしまう。妖祓の濃い血を受け継いでしまったせいで、自分達は常日頃から化け物に狙われてしまうのだから。

 飛鳥の疑問に朔夜は口を閉ざしてしまった。きっと彼も思い悩んでいることなのだろう。自分達はいつも共通した同じ悩みを抱いている。

 べつに妖祓は自分達だけではない。自分達と同じ歳で妖を祓っている高校生の噂は幾度と耳にしている。


 和泉と楢崎は代々妖祓という職を受け継いでいる。

 本当かどうかは定かではないが元は化け物が異常に“視える”体質を活かした修験者の一家だったという。一家は悪しき妖を祓うべく全国各地に散らばり、今日(こんにち)まで妖を祓っていると祖父母が話していた。

 日本東西に分かれた妖祓達が上半期と下半期の二回に会合を開くらしく、妖祓長の祖父母はそれに欠かさず出席していることも耳にしている。

 飛鳥も朔夜と他の妖祓の子供と顔は合わせたことがあり、彼等とは腕を競い合った。が、悩みと手腕は別物。ある子供は周囲の目など気にせず生活に溶け込んでいるし、ある子供は妖を祓うことに快楽を覚えている。自分達の悩みは共に月日を過ごしている自分達しか分からないだろう。


 また和泉と楢崎の先祖は腹心の友だったらしく、良き相棒として家族ぐるみの付き合いをしていたそうだ。

 自分達の父も若き頃は互いに相棒と呼び合い、妖を祓っていた仲。腹心の友という肩書は現在も残っている。長い目で見ると付き合いは江戸末期からだそうな。仲が良いというレベルではない。

 相棒という肩書は子供の代である飛鳥と朔夜にも流れているのだが、なにぶん異性同士。同性同士だった先祖や父親達の相棒とはまた一味違うものがあるだろう。


 しかし似た悩みや境遇に立たされるのは、やはりご先祖様の影響なのかもしれない。

 


「きっと今の僕達は妖に舐められている」



 それまで口を閉じていた朔夜が自分の考えを述べた。


 「それだけの実績がないから弱いんだと見られているんだよ」だから狙われる。生活を脅かされる。簡単に力を得られるのだと勘違いされている。

 けれど祖父母や両親はどうだろう? 妖祓という名を地域一帯に轟かせているがために、不遜な輩に狙われることが少ない。相手の力の強さを知っているからだ。迂闊に近づけば頭と胴が切り離されることを智のある妖は知っているのだ。

 だったら自分達も両親達のようになれば良い。舐められることのない妖祓になれば、誰も自分達の生活を邪魔しない。朔夜は晴れ晴れとした表情で深い笑みを浮かべた。

 それは付き合いの長い飛鳥も背筋を凍らせるような、冷笑だった。


「この血から逃げることは不可能に近い。なら、強くなるしかない。答えはしごく簡単なことなんだよ飛鳥。僕等に近づけば祓われる。それくらいの知名度があれば平穏が訪れると思わないかい?」


 でなければ、自分達の都合で命を狙われているこっちの身が持たない。

 語り部はぬるくなったであろう紅茶を飲み干すと、「飛鳥が良ければ今夜にでも行ってみようと思うんだ」翔が教えてくれた“御崎ヶ丘一丁目”に。ひとりで行っても良いが、それは飛鳥も承諾しないだろう? 彼はカップを置いて飛鳥を見つめた。

 瞬きを繰り返し、飛鳥は朔夜を見つめ返す。そして一思案。ひとつの前向きな考えに行きつく。慌てて体ごと後ろを向くと自分自身と会話を始めた。


「(飛鳥。これはまぎれもないチャンスだよ。だって“御崎ヶ丘一丁目”といえばバスを使うんだよ? ということは朔夜くんとバスで二人っきり。ドキドキしながら何気なく手を重ねてみたりとか? いやいや、此処は朔夜くんを落とすために寝たふりをしてちょっと肩に頭を預けてみるのも手。ちょ、ちょっと大胆かな!)」


 髪を振り乱す飛鳥の声は小さいながらも表に出ている。それをツッコむべきか、朔夜は非常に悩ましい立ち位置である。


「(朔夜くんはきっと奥手だもの。あんまり急ピッチに展開を広げようとしても引かれるだけだもん! でも私は信じているよっ、朔夜くんはロールキャベツ男子だって!)」


 いつかきっと奪うようなキス以下省略、抱擁以下省略、自分だけにちょっとだけ意地悪な一面以下省略を見せてくれる筈だ。

 飛鳥は大興奮して身もだえた。表に出して身もだえなかったことは奇跡に近いが、如何せん声が出ているため朔夜の耳には届いている。気付かない振りを必死で続ける彼はカップの中身を飲み干しているにも関わらず、茶を啜る振りをしてその場を凌いでいた。

 「(つ、つらい)」心中で嘆く朔夜の声は飛鳥に届かず、飛鳥は恋する乙女はアタックあるのみだと片手で拳を作る。


「あ、飛鳥。都合が悪いなら僕一人で行っても良いんだよ。別行動という作戦もあるし」


 ついに耐えかねた朔夜が動く。

 途端に飛鳥に絶望の雷が落ちた。別行動、だと? 今まで別行動という作戦など取ったこともなかったのに!

 体ごと朔夜に視線を戻すと泣きつく勢いで飛鳥は相手に詰め寄った。「別行動って何?!」これまでしたことなかったじゃないか、そう一度たりとも!


「いきなり別行動ってっ、朔夜くんもついに思春期に入ったの?! 女の子と二人で夜道を歩く行為が恥ずかしいとか?!」


「いや、それはないけど。ついでについに、ってどういう意味だい?」


 目を泳がせる朔夜は完全に逃げ腰である。

 それもそうであろう、飛鳥の阿修羅のような、半泣き顔を見たら。


「じゃ、じゃあ何? 今までなかったのにイキナリ別行動だなんてっ、そんなの私を意識をしている。もしくは嫌になったのどっちかじゃんかぁ! そりゃあ私達、男と女で意識しあう生物だよ! しょーがないじゃんっ、朔夜くんカッコイイんだから! でもさでもさ、それだけじゃないじゃん私達って。小さい頃から積み上げた仲もあるし、頑張って妖祓修行をした仲でもあるじゃんか! それを霧散するように別行動?!」


「お、落ち着いて飛鳥。何も僕はそこまで。なんっていうのかな、今の飛鳥ってちょっと近寄りがたいというか。あ、じゃなくて、騒がしい? いや悪い意味じゃなくって」


 どこまでもフォローの苦手な朔夜である。

 目をうるうるにさせていた飛鳥はついに、「うわぁああああん朔夜くん酷いぃいい!」からの、携帯を取り出すと片手でボタンを操作。相手が出た途端、「ショウくん聞いてよ聞いてよ聞いてよ!」泣きつく始末である。


「朔夜くんがねっ、私のことを近寄りがたくて騒がしい馬鹿な女だって言うんだよ! も、こんなエスい発言ある?! 私達破局だよぉおお!」


「ちょっ、その表現は語弊だから飛鳥! あと思っても馬鹿とまでは言っていないよ!」


「ば、馬鹿! 私のこと馬鹿だと思ってたんだ朔夜くんっ! 酷いいぃい!」


 どうせ自分は馬鹿だと嘆く飛鳥の手から携帯を取り上げた朔夜は、「ショウ。助けてくれよ」飛鳥の勘違いの酷さに僕が嘆きたいと彼まで泣きつき、電話の相手に同情心を煽る。

 自分はフォローが苦手なのだと苦言の泣き言を漏らす朔夜。隣で酷いを連呼する飛鳥。そして、電話の主はといえば。


『お前等。毎月に一回はあるその騒動、どうにかできねぇの? ……てかさ、なんで二人で一緒にいるんだ畜生! 俺は聞いてねぇぞ! 何しているのか俺に一から十まで説明しやがれー!』


 翔は翔で憤っていたのであった。



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