<七>其れは狐か、人の子か(壱)
一度は背を向けた妖祓に復帰した飛鳥と朔夜に待っていた最初の仕事は、妖の捕縛否、妖祓長との交渉だった。
捕縛の意図は単純明快、守護する此の地に妖を狂わす瘴気の濃度が高くなったためだ。
近年から妖の頭領が守護している筈の“鬼門の祠”より、それは発生しており、人々の暮らしを脅かしていている。
飛鳥と朔夜が物心ついた頃から、瘴気の問題は危険視されていた。
善意ある妖が瘴気を吸えば正気を失い、忽ち人間に牙を。悪意ある妖が吸えば力を得て、悪行を振る舞う。
そのため妖祓が“鬼門の祠”を管理した方が良いのではないか、と度々議題に挙がっていた。
そして今、瘴気の濃度が異常値に達した。未曽有の事件とはこのこと。
懸念を抱いた各妖祓長は、此の地の“鬼門の祠”を妖祓が管理すると決断し、直ちに宝珠の御魂を持つ白狐を捕えるよう皆に命じた。
妖狐の持つ宝珠の御魂を鬼門の祠ごと封ずれば、安寧秩序は保たれる。一刻も早く捕縛せよ。今の白狐に手加減は一切無用、相手は若くも妖の頭として先導する狐なのだから。
これに異論を唱えたのは朔夜である。
相棒は二妖祓が集う己の家の座敷に赴くや、実の祖父に対し、復帰する条件として白狐を自分達の手で捕縛させるよう告げる。なんびとも手出しは許さない。自分達が捕縛したいのだと主張。
当然、長は未熟者の意見だと足蹴にする。
だが朔夜は引かなかった。飛鳥も引くつもりはなかった。
「じいさま。僕達が復帰する理由はただひとつ、三尾の妖狐、南条翔がそこにいるからです。彼を誰より熟知しているのは僕と飛鳥であり、それ以上の人間はいないと自負しています。そして、此処の誰より捕縛を望んでいます」
その理由を取り上げられたら、妖祓に戻る理由など何もなくなってしまう。
彼は大袈裟に肩を竦め、毅然と見据えてくる玄人の頂点に視線を返す。
しかし長は冷静であり、賢かった。朔夜の発言を私情と受け止め、生半可な覚悟で復帰されても足手纏いだと言ってのける。どこまでも玄人目線だった。
「だとしたら、僕と飛鳥は妖祓に復帰する理由は何処にもありませんね。こっちで好き勝手に動き回りますよ」
朔夜はどこまでも幼馴染目線だった。
子供染みた意見だと嘲笑されると、彼はらしくもなく感情を剥き出して声音を張った。
「ショウの命が懸かっている事態に、子供も糞もあるものか。お前達はただ白狐を捕縛するだけだと思っているかもしれない。
けどね、僕と飛鳥にとって彼の捕縛がどういうものか、言葉にすらならない。お前達の捕縛する覚悟と、僕達の捕縛する覚悟じゃ重みが違うんだよ。あいつを捕縛できるなら、僕達は妖側に回る。“同業”と対峙する覚悟だってある」
そう、自分達は話し合って決めた。
幼馴染を捕縛ことができる可能性がある限り、どのような手でも出していく、と。
妖側に回れば最後、妖祓の動きを妖に流すことが可能だ。また妖には知られたくない術を横流しにすることもできる。
代々続く家業に対する冒涜だろうが、すべて覚悟の上だった。
「長を脅すとは、よほどか」
事を重く見たのか、はたまた何か思うことがあったのか、月彦が質問を飛ばす。
「お前達は白狐を捕縛して、何が得られる」
「得られる? 僕達が見返りを求めるために捕縛を要求しているとでも?」
朔夜のいらえは間もなかった。
「あの馬鹿に聞く耳を持たせるために、真正面からぶつかるしかない。それだけですよ。じいさま、いえ、和泉長。僕と飛鳥はね、白狐とぶつりかりたいんですよ。こうでもしないと、今のショウは僕達の前から消えてしまいますから」
長達が何を思い、何を感じ、何を考えたのかは分からない。
ただ、いっぺんして朔夜の主張は認められた。その際、月彦は条件を付けてくる。
「必ず白狐を捕縛すると約束できるか。情に流され、逃がすばかりでは事は解決せんぞ」
「そのために復帰すると断言した以上、約束はしますよ。じいさま達が約束を守ってくれさえすれば」
相棒は妖を祓う天才だ。天賦の才を持った期待の星だ。
それが妖側に回れば厄介、味方のままなら心遣い限りだろう。
再三再四、長二人は飛鳥と朔夜に白狐を捕縛するよう命じ、情に流されぬよう務めを果たせと言い放つ。後者は約束できないが、捕縛は必ずしてみせる。
幼馴染を守ることができる手立てが捕縛なら、甘んじて衝突しよう。既に腹は括っている。
「みんな。ご飯だよ、おいで」
夜の町に行く前に保護した仔猫達を世話するのが、飛鳥の日課となっている。
自室に即席で作った段ボールベッドの中を覗き、腹を空かせているであろう仔猫達に微笑む。
けれど、彼等は身を寄せ合うばかりで外に出ようとしない。
箱の中に猫用のミルクを置くも、見向きもしない。
「口にしてくれそうかい?」
部屋に上がっている朔夜が声を掛けてきた。
「私達がいる限り、無理だと思う。食欲はあるんだよ。でも人間が怖いせいか、私達がいると警戒心を抱いちゃって」
吐息をつく。
猫憑きの正八をはじめとする動物憑きが命を懸けて守った仔ども達は、人間に虐げられていた子ばかりなのだろうか。保護してからずっとこの調子だ。
仔犬を担当してくれている祓魔師達に、連絡を掛け合ってみようか。彼等も苦戦していそうだ。
「ミミを連れてきたらどうだい。ちょっとは仔猫達が安心するかもよ」
「駄目だよ朔夜くん。猫は元々単独行動が好きな生き物、縄張り意識も強いの。ミミは仔猫の時から飼っている家猫だから、猫慣れしていない。いきなり見知らぬ猫と対面しちゃったら威嚇しちゃいそうだよ。段取りを踏まないと」
「ミミは大人しそうだけどね」
「ううん。ミミだって猫だから、本能で縄張りを荒されるとか思っちゃうんじゃないかな。部屋に入れないようにするだけでも苦労しているんだよ」
威嚇した挙句、仔猫達に喧嘩を吹っ掛けられでもしたら、自分達に仔ども達を預けてくれた動物憑きに申し訳も立たない。
目を閉じて震えている仔猫達に眉を下げ、飛鳥はそっと段ボール箱から離れる。
「おじさんはもう、夜の町に出たのかい?」
ベッドに腰掛けている朔夜の隣に並び、飛鳥は肯定の返事をする。
かつてないほど瘴気の濃度が高くなった今、父母は代々続いている家業“妖祓”の誇りを懸けて、町を奔走している。そこに住む人々を守るために、瘴気を吸って気狂いを起こしかねない妖達を捕縛するのだ。
妖にとっては迷惑極まりなく、此方にとっては心痛む行為だが、正気を失い、それこそ自分達が祓うことになる方が辛い。
やり方に抵抗はあるものの、飛鳥は妖祓の考えに賛同している。
「ショウくんを見つけ出す最速の手は、私達もお父さん達と同じことをする、だよね」
同意を求めるため、相棒を長し目にする。
彼は間も容れずに小さく頷いた。
「あいつは妖達のために、南の地と呼ばれた此の地を奔走しているに違いない。神主代行として。なら、僕達は妖達に関わるしかないんだ。それこそ、向こうの反感を買うやり方で」
つまり、それは幼馴染と対峙することを意味する。
朔夜の硬い面持ちは、芳しくない現状に嘆いている心を隠しているように思えた。彼は幼馴染に対する、異性の自分と感じるところが違うのだろう。男同士、女の己では分からないような気持ちが、きっとあるのだ。
それを思えば、やや寂しい気持ちに駆られるものの、自分は異性ならではの感情が宿っている。
共通して言えるのは、形は違えど自分達は幼馴染を未だに“幼馴染”と思っている、というところだろうか。
「飛鳥、僕達はショウに怨まれるかもしれない。憎まれるかもしれない。それこそ、嫌悪感を抱かれるかもしれない」
学ランから数珠を取り出した朔夜が、ゆるりと立ち上がる。
倣って飛鳥も立ち上がると、彼と共に自室の扉を潜った。廊下には不貞腐れたように、低い声で鳴いている飼い猫ミミの姿。
頭を一撫でしてやり、階段を一段ずつ下っていく。朔夜の語りは続く。
「それでも、僕達はショウを捕えることを選んだ。宝珠に生かされ、その命を維持していると知った以上、他の妖祓に“宝珠の御魂”を取り出させることはできない。かと言って、封印なんてご免だね。ショウは奪われるくらいなら封印を選ぶだろうけど」
「私達が指を銜えて見守るわけないのにね」
「あいつは僕達をなんだと思っているんだろうね。執着心の高い幼馴染が消えて、きっと清々しているに違いない、なーんてクダラナイことを考えているのかな。だとしたら、一発その顔にかますよ」
玄関で靴を履き、身を切るような冷たい夜の世界へ。
空を仰げば、不気味な薄い雲ばかり。どうして夜の雲はこんなにも気味が悪いのだろう。昼間はなんてことのない蒸気の塊なのに。
「もう、守られてばかりの日々は仕舞いだよ。飛鳥、今度は僕達だ」
朔夜が足を止めて顧みてくる。
見ず知らずの人間を守る、それが妖祓として当然の役割だった。
束縛とも思える宿命に心労を抱き、誰かに守られてもらうことで緩和していた。
守っているようで、いつも彼に守られていた半生。妖祓として人々を守っていた自分達は、彼に守られることで“普通の人間”としての至福を味わっていたが、現状は変わった。
「行こう朔夜くん。私達がやることは一つ、妖の捕縛だよ」
合いの手を入れ、飛鳥は相棒と夜の町を駆け出す。幼馴染を探すために、追いかけなければ。
暫し、妖祓の仕事を休んでいたせいか、飛鳥は置かされた町の光景に目を削いでしまう。
まず、目を引いたのは妖の数。
夜に活動する妖達は、凶暴性を増しており、姿が視えない人間の無能を利用して事件事故を起こしていた。中には人間を喰らう不届き者もいたため、そういう輩はやむなく祓うしかない。
瘴気の濃度は馬鹿にできないようだ。
また瘴気から少しでも遠ざかろうと逃げる妖、逆に此の地に留まって身を隠す妖も見受けられる。
そういう妖は片っ端から捕え、長の命令の下、自宅や集会場等に拘束する。
善意ある妖を祓えば、先の未来がどうなるか、妖祓長はよく考えているのだ。
玄人して非情な一面がある一方、深慮ある行動が目につく。
常に最善の策を打っているのだと、飛鳥はようやく妖祓長のことを少しだけ、理解することが出来た。
とはいえ、未だに幼馴染を捕縛して相棒の家に拘束したのは許せる行為ではない。あれがなければ、幼馴染は自分達を選んだのではないか、と夢を見る。
飛鳥は朔夜と数多の妖と向き合う。
瘴気を吸い、人間に牙を剥く自我のない妖には調伏を。正気が保ったままの妖は生け捕りにする。
ただ双方とも、辛いものがあった。
幼馴染の妖化以来、妖を祓う行為に戸惑いがあった二人にとって、瘴気を吸った妖を調伏をして良いのかと葛藤。
もしかしたら、幼馴染のように元は善意ある人間が妖化し、それが凶暴化したのかもしれない。本当は心優しい妖だったのでは、そう思うと祓う行為が心苦しくなる。
自我のある殆どの妖は、妖祓を目にするや脱兎のように逃げてしまう。
追い詰めて捕縛すると、殺されるのだと絶望し、すすり泣く妖。嘆く妖を沢山目にした。
人間のためにしている行為が、妖にとっては悪行なのだと飛鳥は改めて思い知る。誰だって悪者には思われたくないもの。飛鳥は何度も捕縛した妖に、祓わないことを約束したが、まったく聞き入ってもらえなかった。
また、こんなことがあった。
「もし、貴方様方は妖祓でしょう」
人を装った着物女の妖に声を掛けられる。
提灯を片手に、風呂敷を抱いた青白い女の正体は人魂姫。人魂を提灯に閉じ込め、それを明かりにして夜の町を徘徊する妖だと伝えられている。
閉じ込められた者は永遠の苦しみを味わうらしいのだが、真偽は不確かだ。
妖祓の自分達を見つけ、それはそれは嬉々溢れる顔をする彼女は、恐怖心もなく自分達に歩んで風呂敷を差し出す。
「わたしの赤ちゃんなのよ。可愛いでしょう」
赤ちゃん、と呼ばれた風呂敷の向こうに眠る大きな石に飛鳥は困惑する。
何処からどう見ても石にしか見えない。付喪神にも、到底見えない。
なのに、彼女はこれを赤ちゃんだと言い張り、鼻高々に可愛いでしょうと綻ぶ。目が虚ろになっていることに気付き、彼女は瘴気にやられているのだと理解した。
哀れみの眼を向けられることも露知らず、人魂姫は赤子について語り続ける。
先月拾った子は己の子。この子がヒトなのか、妖なのか、それは分からない。けれど、どうでも良い。自分はこの子が可愛いのだと、本当に可愛いのだと謳う。
「でもね、冷たくなってしまったの。この子はとても冷たくなったの。あやしても喜ばないし笑わない。泣きもしない。乳も飲まない。嗚呼、死んでしまったのよ」
可哀想な我が子だと涙ぐみ、喪った悲しみを露わにする。
子を喪った今、自分に生きる希望などない。どうか、己を祓ってはくれないだろうか。彼女は願い申し出る。
ただただ死にたいのだと、妖は口ずさむ。
「そんなの……できるわけないじゃない。私達だって好きで祓っているわけじゃ」
「無理は承知の上。けれど、わたしには、もう光が視えないの。あら、おかしい。妖が光を求めるなんて。うふふ、おかしいこと」
何がおかしいのか、笑声を零す人魂姫。
ふっと思い出したかのように、我が子と呼んでいる石を抱いて歩き出す。たった今まで祓って欲しいと願っていた彼女は、子守唄を歌い、石をあやしながら夜道の闇に消えていく。
自我を失いかけている人魂姫が気になり、朔夜と後を追った。
足が止まってしまう。
道端には石と提灯だけが転がっていた。人魂姫の姿はなく、代わりに砂礫が風に舞って消えていく。
「人魂姫は限界だったんだろうね……心も、体も。救って欲しかったんだろうね」
覇気のない朔夜の声音に、飛鳥は相槌を打てずにいた。
「私達にできることって調伏じゃんか。人を守ることはできても、私達は妖を守れない。調伏することしかできないよ」
石を拾い上げると、音を立てて二つに割れてしまった。
「それでも、誰かに救って欲しいと思っていたんだね。敵の私達に縋りたいほど。ショウくんは、そんな妖達のために走り回っているんだ。捕まえられる、かな」
喉の奥が熱くなる。
現実が重い。自分達の職は本当に重い。こんなにも重い家業を、自分達は背負い、宿命として受け入れなければいけないなんて。
そんなある夜、朔夜の兄二人と接触する。
彼等は自分達の復帰に憂慮と比例した労いの言葉、そして幼馴染の情報を提供してくれる。
曰く、幼馴染と衝突したそうだ。
主に衝突したのは二番目の兄秀夜。彼は幼馴染相手に本気を出せなかったと苦言している。
「だが、本気を出せなかったのは俺だけじゃねえ。翔も同じだ。あいつは未だ、人間を思う心がある」
人間の彼を取り戻したいのならば、今しか機会はない。秀夜はそう助言してくれた。
有り難く受け止めておくが、飛鳥も朔夜も人間の彼を取り戻したいのではない。幼馴染の彼を取り戻したいのだ。
彼が妖でもいい。妖狐でもいい。自分達は取り戻したい。南条翔と呼ばれた少年自身を。
その旨を伝えると一夜が微笑ましそうに、眦を和らげた。
「二人はどんな翔くんでも向かい合おうとしている。その気持ちが届くといいな」
いいな、ではない。
届けなければいけないのだ。
どんな姿でも白狐は白狐、自分達の幼馴染なのだと伝えなければ。
※
妖を捕縛して幾夜、鳥肌が立つ強い妖気を感じる。
逃走する影法師(人の影や陰に憑りつく妖怪である)を追っていた飛鳥は、思わず足を止めて、朔夜と顔を見合わせた。
闇夜に姿を消していく影法師など目もくれず、彼はこっちだと駆け出す。
「ショウくんの妖気かな?」
「分からない。だけど、これだけ強い妖気なんだ。瘴気を吸った妖だとしたら厄介だ」
口では可能性しか述べないが、朔夜も期待している。三尾の妖狐、白狐の南条翔が現れたのではないか、と。
ここ数日、無名の妖を捕縛するばかりで、本当にやきもきしていたのだ。
どんなに自分達が妖を捕縛、調伏しようと白狐は現れない。
多忙な身の上だからだろうか。それとも自分達の仕事が小さ過ぎるのだろうか。すぐにでも幼馴染に会えると思ったのに、尻尾すら掴めず、ふたりで溜息をついていた。
「朔夜くん、あれ!」
大通りから住宅街に移動し、飛鳥は見えてきた建築中の一軒家を指さす。
骨組みが目立つ家にはシートがされておらず、剥き出しの状態で佇んでいる。そこで禍々しい妖気を醸し出している一匹の妖。
巨体な骸骨が骨組みによじ登り、歯をカタカタ鳴らして妖鳥を手で握る。ぐしゃり、圧迫された身は風船のように弾け、消滅してしまう。
「がしゃどくろじゃないか。あれは理性も何もない。あるのは怨みだ」
あの妖は戦死や野垂れ死んだ人間の魂が怨念と化して、巨大な骸骨になったもの。
ただでさえ気性の荒い妖で、意味も無く人間を襲う。あの様子だと瘴気を吸ってより凶暴化しているようだ。
「あ!」
飛鳥は声を上げる。
がしゃどくろの周りに美しい毛並みをした狐が二匹、上空を翔けまわって骸骨に狐火を放っている。
金色の毛並みの狐と、銀色の毛並みを持つ狐。片方は何度か目にしている。あれは幼馴染を救うために、自分達の前に現した妖狐。
銀狐の背には、何度も会話を交わした老婆猫又の姿も。
なら。
『翔殿――!』
少女の甲高い叫び声。
視線を下ろせば、がしゃどくろが何かを踏みつぶそうと巨体な足を振り下ろしていた。その標的を目にした飛鳥は歓喜に震える。
向こうに白張を身に纏った少年と、その腕に抱えられているネズミの妖の子が七匹。白き狐ががしゃどくろの執拗な攻撃を回避し、子供達を守ろうとしている。
いた、見つけた、ようやく会えた。
喜びたいような、泣きたいような気持ちを抱きつつも、その気持ちは胸の奥底に隠す。見つけたということは対峙は避けられないということ。
まずはがしゃどくろをどうにかしなければ。
「朔夜くん。動きを止めるから、トドメをお願い」
「了解だよ飛鳥」
建設物の前で足を止める。
「一ノ黒点」両指を結び、「二ノ筋」霊力を両手に集約、「三ノ門を」がしゃどくろの動きを止めるために念を唱える。
「四ノ界、五ノ滅、六ノ魔と七ノ破を祓いの念に封ずる。さすれば八ノ廻は九ノ印にて打ち砕かん――祓ノ九字護身!」
霊気帯びた呪符を大量放つ。
意志を宿した法具は、宙を舞うや飛鳥の命に従い、連なる呪符の鎖と化してがしゃどくろの胴を拘束。見る見る鎖は胴から手足まで伸びる。
ナイスだと口角をつり上げる朔夜は、眼鏡のブリッジを押すと数珠を構えた。
「お前は随分と愚かだね。こんな住宅街でどでかい図体を曝け出すなんて、僕達に祓ってくださいと言っているようなものだ」
じゃら、じゃら、じゃら。
数珠を鳴らし、一歩、また一歩と彼は敷地に入る。飛鳥もその後ろをついて行く。
驚愕を露わにしている白狐達を余所に、朔夜はがしゃどくろを見上げた。その面持ちは“妖祓”としてのいつもの顔。彼は覚悟を決めて、幼馴染の前に立っている。そして見せつけようとしている、自分達との実力差を。
「横暴を働くお前は捕縛する価値もない。なら答えは一つ、この場で消えるといいよ」
無慈悲に断を下し、相棒は冷然と数珠を左右に振った。
「天地陽明、四海常闇、満天下陽炎の如く成りけれ。さすれど一点翳成り。即ち祓除の刃を下さんとする」
数珠に霊力を集約し、暗紫に光らせる。
リズミカルに鳴らす数珠から膨大な霊力が集まっていく。朔夜お得意の術で一気に片をつけるつもりなのだ。
「祓除の刃、即ち業火の制裁。雲散霧消!」
数珠を絡ませた相棒の右手から光が放たれる。
暗紫に発光していた光は宙に放出された瞬間、目の眩むような紅の光と生まれ変わった。矢の如く、鋭い紅い筋となって此方に向かってくるそれは躊躇いもなしにがしゃどくろの核である心臓を貫く。
一直線に放たれた光に貫かれ、がしゃどくろが奇声を上げた。
頭部が落ち、肋骨、骨盤、と順に形が崩れていく。
その骨に無数の呪符が放ち、「祓除浄化!」飛鳥はがしゃどくろの存在を浄化させる、がしゃどくろの身は水蒸気のように消えてしまった。
その様子を見ながら朔夜は、一つ感謝しようと浄化される妖に向かって微笑んだ。
「お前のおかげで僕らの捜し求めていた妖が見つかった。その図体も役に立つものだね」
静まり返る一帯、飛鳥は朔夜とブロック塀の前に立つ幼馴染と向かい合う。
彼は眉根を寄せ、持ち前の耳を立てると、三尾の毛を総立ちさせる。未だ半妖のようだが振る舞いは立派な妖だった。
火が点いたように旧鼠の子がびぃびぃと鳴き始める。それに気付いた白狐は、腕の中の子供達を抱きしめ、自分達に警戒心を向けた。
「妖祓。お前達が助けてくれるなんて、どういう星の回り合わせだ?」
此方を捕える眼は冷たく、敵意さえ感じられる。
十年以上の付き合いだというのに、初めてだ、そんな目を向けられるのは。寂しくもあり、辛いな、と飛鳥は感じた。
「星の回り合わせ、ね。随分と似合わない言葉を遣うようになったものだよ。それも、妖になった影響かい? ショウ」
努めて妖祓として言葉を交わす朔夜も、同じ気持ちなのだと思う。
ただ彼は感受性の強い己と違い、冷静さに長けていた。向こうが神主代行として振る舞うため、己も妖祓として接する。
いきなり私情を剥き出しにして、相手にぶつかっても気持ちは伝わらないのだと朔夜は知っているのだ。
冷たい夜風が吹き抜ける。
静寂に包まれる中、旧鼠の鳴き声だけがひときわ目立った。
「何故、同胞を捕まえる?」
白狐の縦長の瞳孔が膨張、感情が昂っているのだろう。
妖祓が罪もない同胞を捕縛していることは既に知れている。何故同胞を捕縛するのだと喝破し、すぐ解放するよう要求してきた。
ご冗談を、おどける朔夜は簡単に返さない旨を伝える。
「妖達のせいで人間の町に甚大な被害が出ている。瘴気の影響を受けた妖達が凶暴化し、傍若無人な振る舞いを見せているんだ。罪もない人間達が傷を負っている。妖祓として見過ごせるわけがない」
新たな頭領代行が出たところで状況は悪化する一方、妖の世界の頭領達は何をやっているんだ。
辛辣に評価を下す相棒が綻びを零す。
「どうしても同胞を返して欲しければ、白狐、君が妖祓に捕縛されるしかない。一緒に来てもらおうか。そうすれば、同胞を解放するよう僕達が長に説得を試みよう」
悪役じみた台詞だが、朔夜は穏便に白狐を捕縛しようとしている。自分と同じく物理的な衝突はしたくないのだろう。
訝しげな面持ちを作る白狐は、良くも悪くも付き合いが長い。朔夜の目論見に直感が働いたようで断ると口を開いた。
同時に鉄骨の上に立っていた巫女の妖狐少女が、宙を返って自分達の間に着地。威嚇の唸り声を上げ、狐火を尾に宿す。
「翔殿を捕縛して、どうしようというのです。宝珠ごと鬼門の祠を封ずることは、既に此方も把握済み。妖祓がどのようのに白狐を利用するか、容易に想像できまする――させませぬ、翔殿は渡さない。あなた方には渡しませぬ」
「青葉!」
白狐の声を無視し、土を蹴って猪突猛進に走る巫女の姿が消える。
朔夜が出る前に飛鳥が動く。間合いを取り、自分達の背後を突こうとする巫女の姿を捉え呪符を放った。相手は眼光を鋭くし、指に挟んだ癇癪玉を放る。
弾ける火花は煙幕となり、彼女の身も隠してしまうが、飛鳥は相手の動きを読んで右に回し蹴り。
見事に腕で攻撃を受け止めた青葉が素早く身を屈めて、下から上に顎を突いてくる。紙一重に避け、腹部に拳を入れるが、向こうが後退したためダメージは与えられなかった。
「ただの妖祓、ではなさそうですね」
「ただの妖狐、じゃなさそうだね」
視線がかち合う。双方、不敵な笑みを浮かべた。
「貴方の出る幕じゃないんだよね。私はショウくんとお話がしたいんだ」
「できないお約束ですね。此方は急いでいる身の上、人間と話す時間は持ち合わせておりませぬ」
「あれ、じゃあ今はいいんだ?」
「だからそこを退いてもらいたいのですよ」
ニコッ、ニコッ、笑顔を送り合う。
それを目の当たりにした旧鼠達が更に鳴き声を上げ、朔夜や白狐は静まり返っていた。自分達の戦に思うことがあるらしい。表情が引き攣っている。
「翔殿は渡しませぬ。彼は私の同胞であり、家族なのですから。少し抜けていますし、人をおばあちゃんだとからかってばかり。無知も目立ちますが、これでも立派な神主代行です」
「……青葉、もっと言い方があるだろう。確かに俺は抜けていて、無知で、頼り甲斐もねぇけどさ」
白狐の口出しもなんのその。
巫女は翔に鉄骨へ逃げるよう促し、己は自分に向かってくる。彼女は自分達を纏めて相手取るつもりなのだ。
しかし、甘く見てもらっては困る。
自分はともかく、相棒は妖祓の才を秘めた男。巫女の脇をすり抜け、幼馴染の下に向かうことなど造作もないことなのだ。
土を蹴り上げ、巫女の隙を突いて朔夜が白狐の懐に入る。驚きを露わにする白狐が和傘を手中に召喚、数珠を巻いた相棒の渾身の一振りを柄で受け止めた。
霊気と妖気がぶつかることで、凄まじい衝突の波ができる。
耐えられたのは相棒であり、堪えられずにブロック塀に背を打ち付けたのは白狐だった。
一撃によって飛鳥は、白狐の力をある程度把握する。
半妖の彼は、半分も妖力を使いこなせていない。虚勢を張っているばかりで、本当は月並みの力しか出せていないのだ。
それを見抜けない相棒ではない。




