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ふたりは其の妖祓と申し候―永遠の妖狐―  作者: つゆのあめ/梅野歩
【参章】夜の静けさに攫われて
43/84

<二>妖祓は幼馴染と約束する



 暦が如月から弥生に変わった。


 残寒が身に染みる弥生一日は三年の卒業式だった。上級生が卒業することにより、二年である飛鳥達が最上級生となる。今は静かになった校舎も、これから四月に入れば新入生が入り、学校は賑わいを取り戻すことだろう。

 飛鳥も今春は家庭教師の日数が増える。幾度も翔の誘いを家庭教師で凌いでいたが、ちゃんと家庭教師は雇っていた。夏季になれば予備校にも通う予定だ。

 相棒は予備校の申し込みをしているらしく、勉学と妖祓の両立を強いられそうだと嘆いていた。妖祓も楽ではない。


 さて幼馴染との関係だが、相変わらず翔から避けられている日々である。

 避けられていると錯覚しているだけかもしれない。今まで翔が異常なまでに自分達の教室に遊びに来ていたのだが、その回数はグンと減り、此方が物寂しいと思うまでの数になった。

 以前ほど喋る性格ではなくなってしまったのだが、悪友の前では態度を変えていないようだ。教室を過ぎると馬鹿騒ぎしている姿が見受けられる。それを目の当たりにする度に悲しくなった。自分も朔夜もこんなに心配しているのに。


 そこで飛鳥は気付く。頻繁に誘われていた遊びのLINEが来なくなったことに。

 約一ヶ月音沙汰がない。こんなこと初めてだった。あれほど悩んでいたLINEに、今度はメッセージがなくて悩む羽目になるなんて。もやっとした感情を抱いてしまう。


 業を煮やした飛鳥は朔夜と行動に移すことにした。


 決行は終業式、春休みに入る前日。

 作戦は飛鳥の家に連れ込み、避けているうんぬんをすべて聞き出して相手の悩みをさらけ出させるというもの。強引な手だったが、避けられている以上、此方が動くしかなった。我慢できないほど寂しかったのだ。仲の良い幼馴染が離れていく、その光景が。



 当日。

 翔の誘導は朔夜に任せ、飛鳥は帰りのSHRが終わると一目散に自宅へ。


 着替えを済ませると手を洗い、前掛けの紐を結んで台所に立った。

 三人分のオムライスとコンソメスープを作るために、あらかじめ炊いていたご飯を丼に装うと、冷蔵庫から卵。人参。ピーマン。玉ねぎ。ウインナー。バターを順に取り出す。野菜は洗って下準備を。卵は手早く割ってボウルに落とすと、菜箸でかき回す。

 フライパンにサラダ油をひき、玉ねぎやウインナー、人参、ピーマンのみじん切りを投入。サッと炒めてトマトケチャップを馴染ませると、丼に入れていたご飯を静かに落とした。

 一旦、火を止め、皿に移し替える。キッチンペーパーで軽く油っ気を取り、再び火を点けるとバターをひいて、といた卵を流し込む。バターの甘い香りが鼻孔を擽る。口端を舐め、半熟になるよう心がけながら、フライパンをゆり動かし、菜箸で卵をかき混ぜる。

 炒めておいたご飯をまとめるように乗せ、フライパンの柄を左手でしっかり握ると、器用にそれを傾けご飯を包む。綺麗な黄色が赤いご飯の粒を隠した。完成だ。


「上出来。残り二つも頑張ろう」


 三人分のオムライスを作っていると、ドアフォンが鳴った。

 親は図らないで出払っているため、飛鳥が出るしかない。コンロのつまみを捻ると、忙しなくドアフォンに出て画面越しに客人を確認。待ちかねていた客人だと分かるや、玄関に向かって鍵を解除。勝手に入ってくれるよう頼み、急いで台所に戻る。

 飛鳥の後をひょこひょこ追って来るアメリカンショートヘアのミミが鳴いてくるが、「ごめんね」相手はできないのだと片目を瞑り、料理に戻る。


「あ、いい匂い。飛鳥、何か手伝おうか」


 先にリビングに入って来た朔夜が笑顔でカウンターを覗いてくる。

 小声で翔を連れて来たかどうかを聞けば、「ご覧の通りだよ」親指で遠慮がちにリビングに入って来る噂の彼の姿が。適当な理由をつけて連れて来たと一笑する朔夜に、笑みを返し、ソファーにコートと通学鞄を置いている翔を一瞥。

 なんで呼び出されたのか分かっていないようで、居心地悪そうに頬を掻いている。


「なあ。俺も何か手伝おうか?」


 声を掛けて来た幼馴染にうんっと二人は頷き、「ショウ。僕達は食べることが仕事のようだよ」踵返した朔夜が男達の出番はなさそうだと、わざとらしく肩を竦める。

 「食器ぐらい運べないか?」気配り上手な彼の発言を一蹴し、飛鳥は座るよう指示する。手伝うことは何もないと態度で示したため、翔は腑に落ちない顔のまま席に着く。飛鳥のことを意識しているわりには、飛鳥の気持ちを優先させるため、彼は自分と朔夜を隣に座るような形で椅子に座ろうとした。

 それを止めるためにテーブルに置いたオムライスをよく見るよう翔に物申す。名前入りのオムライスを見て席に着けと命ずると、翔は困惑していた。


「これ、間違いだろ? 飛鳥、お前は朔夜の隣がいいんじゃ」


「あーはいはい。ショウ。さっさと座ろうね」


 朔夜が彼の背を押し、強引に席に着かせることで事は解決。

 用意がすべて整うと前掛けを外し、飛鳥は翔の隣に座った。状況が呑めていない翔と共にイタダキマスの挨拶をして食事を始める。

 他愛もない話をしながら幼馴染達に手料理を食べてもらう。ちなみに評価はそれなりに良いようだ。二人とも美味しいと言ってくれる。ただし、名前を書いた際、ケチャップを多く出してしまったため、それについて翔から文句を言われた。

 よってオムライスを没収。食べなくて良いと舌を出し、「不味いとは言ってねぇだろ?!」「しーらない」慌てて皿を取り返そうする翔の手を何度も避けた。


「明日から春休みだけど、二人とも予定は?」


 そんな自分達のやり取りに助け舟を出したのは朔夜だった。


 これも打ち合わせの一つだった。

 いつも予定を決めてくれている翔に代わり、今度は自分達が予定を決める。一ヶ月も音沙汰がなかった寂しさから、二人で行動を起こそうと話し合った結果だ。本当は翔の行きたい場所にサプライズで連れて行くつもりだったのだが、話し合っている最中に気付いてしまった。彼は“自分自身”の我儘を口にしないことを。

 自分達と常日頃から共にいたいと切望する翔は、遊びの予定を立てる度に飛鳥や朔夜の行きたい場所に連れて行こうとする。この映画が観たいと口にすれば、前売り券を買ってくれる。カラオケならば予約を入れてくれる。そんな気の利く人間だ。


 しかし、彼自身ここに行きたいと自分達に願ったことなどあっただろうか?

 翔の我儘は二人の傍にいることで、それ以上の望みもそれ以下の望みもありはしないのだろう。

 翔の執着が先走っていたせいで、そういった一面にまったく気付かなかった。実際、三人の日程を合わせて遊び予定を決める作業は面倒で、翔にサプライズで喜ばせる計画は困難を極めた。サプライズが成功すれば、少しは心を開いてくれると思ったのに。

 避けている理由を聞く前に、すっかりおとなしくなってしまった翔の素を取り戻したい飛鳥と朔夜は試行錯誤を重ねながら計画を企ていた。それが春休みの遠出計画だ。


「春休みって十日くらいしかお休みがないよね。うーん、朔夜くんは予備校があるんだよね?」


「うん。だから午後しか空いていないや。午前は無理」


「じゃあ午後だね。午後にしよう」


 予定について話し合っていると参加していない人間がいることに気付く。

 オムライスを頬張っている翔に視線を流し、 「ショウくんは?」予定を尋ねる。 「俺?」首を傾げる彼に、「そうだよ」ショウくんの予定を聞かないと合わせられないじゃんか。飛鳥は呆れ顔を作った。


「何の予定を決めるつもりなんだ?」


 それはわざとなのか、素なのか。


「遊ぶ予定に決まっているでしょう? ショウくん、いつ空いているの?」


 彼の瞳が零れんばかりに見開いた。

 持っていた匙を落としそうになるほど、大きな衝撃が翔をめぐったようだ。三人で遊ぶ計画を立てるのは翔がしていたことだ。自分達がするとは一抹も予想していなかったのだろう。やっと返って来た言葉は「べつにいつでもいいよ。どうせ暇人だから」だった。彼は春休み中、塾も予備校も家庭教師もないらしい。


「じゃあ朔夜の予定に合わせて動こう。今なら家庭教師の日程も変えられるから。何処に行こうか?」


「そうだね。映画、カラオケはいつも行っているから却下しよう。山海はこの季節じゃ寒いだろうし。水族館はバスを乗り継がないといけないもんな」


 場所を挙げていく朔夜がチラッと翔を一瞥。

 「ショウは何処に行きたい?」やり取りを見つめる似非傍観者に声を掛けた。何処でも良いと即答したため、朔夜はかぶりを横に振り、


「今回はショウが決めてよ。僕達に合わせるんじゃなくってさ」


そっと目じりを下げた。

 間の抜けた声を出す翔に、「僕達が君に合わせるから」だから我儘を言って欲しいと苦笑を零す。


「君はいつも僕達を喜ばせるために、あれこれ気を配って行きたい場所に連れて行ってくれる。今まで気付けなかったけど、君って僕等に殆ど我儘を言わないよね」


「い、言うって。お前等も知っているだろ? 俺がお前等の傍に」


 しどろもどろ反論する翔にもう一度、相棒は頭を振った。


「確かに君は僕等の傍にいたがる。それは知っている。でもそれ以上の我儘を聞いたことがないよ」


 だから今度は翔の行きたい場所を決めて欲しい。自分達がそれに合わせるから。

 朔夜の要求に察しの良い彼は気付いたようだ。どうして飛鳥の家に招かれ、片恋の食事を食べているのか。二人が率先して遊ぶ予定を決めてくれるのか。こうして三人で過ごす時間を作ってくれるのか。

 全部自分のためだと気付いた翔は泣き笑いを零していた。匙を置き、彼はコンソメスープの入った器を手に伸ばして答える。


「俺は何処でもいい。二人が、そこにいたら、それでいいんだ。それ以上の我儘を言わない? 馬鹿、それ以上の我儘を言ってどうするんだ。いつだって金魚の糞みてぇにお前等の傍にいたがっている。それだけでも大きな我儘だ。誰かに執着されるって疲れるじゃん? お前等にはいつもそんな思いをさせているし」


 そんなことは、ない、とは言い切れない。言い切れない。けれど。

 こみ上げてくる焦燥感を飛鳥は必死に嚥下する。まったく気付かない翔はコンソメスープを啜り、「俺に合わせてくれているのはお前等だ」これ以上合わせてもらっては申し訳ないと力なく眉を下げる。


「とても幸せだよ。二人が休みの企画を立ててくれるなんて意外だ。嬉しいな」


 では自分達が企てなければ、翔は何も行動を起こさなかったのだろうか?

 傍にいる、いたい、いられたらそれでいい。そんな願いを抱えたまま何もしなかった? 嗚呼、もう我慢できない。


「ちっともショウくんらしくない!」


 隣に座る彼に詰め寄る。

 驚きの顔を見せる翔に、どうして寂しいことを言うのだと尋ねた。さみしいこと、新しい言葉を覚えたオウムのようにたどたどしく返す翔がよく意味が分からないと瞬きした。 寂しいことではないか、飛鳥は両拳で相手の体を叩く。


「いつものショウくんは私達の意思関係なく、三人で一緒にいたがっていたじゃんか! 遠慮なしに!」


 なのに今の翔はどことなく自分達から遠慮し、自ら離れようとしている。

 この際だからハッキリ言う。 何か悩みでもできたのか。それとも自分達が何かしたのか。それだけ態度が変なのだと飛鳥は翔を詰問した。そういう態度が苛々するのだと拳で何度も叩くと、「痛ぇよ!」翔が手加減しろとタンマを掛けた。

 彼が相棒に救済を求めるが、朔夜は自分達の様子を眺めるだけで仲裁に入ろうとしない。 寧ろ、吐息をついて「もっと穏便にいこうと思ったのに」飛鳥は短気なんだから、と肩を落としている。


 ようやく朔夜が止めに入った。

 むっ、と唇を尖らせて脹れ面を作っている飛鳥が身を引く中、彼が翔に話を切り出す。


「ショウ、僕もね。君の様子が気になって仕方がなかったんだ。この頃の君は僕達に遠慮しているように見えるし、避けているようにも感じる……何か遭ったんだろう? 僕達に言いづらいような何かが。もう、ここで話しちゃいなよ。あの猫に僕達の立ち位置を取られるのも癪だし。ね、飛鳥」


 軽く不機嫌になる朔夜と、脹れ面のままの自分を交互に見やり、幼馴染は間の抜けた顔を作る。


 次の瞬間、噴き出していた。

 真面目な話をしているのに何を笑っているのだ。相手の耳元で声音を張るが、翔は腹を抱えてくるばかり。久しぶりに彼は自分達の前で大笑いした。

 「変な奴等だな」クスクスと笑声を噛み締める翔はおどけてみせた。


「まさか猫に対抗意識を持つなんて。どうしたんだよお前等。らしくねえじゃん……うそうそ、悪かったよ。お前等を避けていたことは謝るって。だからそんな目で見るなって」


 ごめんごめん、片手を出す翔はお前等のことを嫌っての行為じゃない。寧ろ好きだから避けていたのだと言って目を伏せる。

 誰よりも心許せる奴等だからこそ、避けていた。どうしても避けられずにはいられなかった。翔はその件について謝罪と、曖昧な心情を吐露する。


「臆病になっているだけなんだ。いつかを思って、俺は臆病風に吹かれている。それだけなんだよ」


「臆病? どうして? 私達を避けるほど、ショウくんは臆病になっているの?」


「ああ。いつか三人でいられなくなる日が来るかもしれない。それを思うとな……きっといられなくなる日を境に俺達の関係は大きく変わるだろうな」


 どうしてそんなことを思うのか。いつだって一緒にいられるではないか。

 飛鳥の言葉は相手の胸に響かず、ゆるりとかぶりを振られる。


「俺達はきっと変わるよ。このままでいられる確証なんて何処にもないから。でも、そんな未来が来たら来たで執着心を見せている自分を変える、良い機会なのかもしれない」


 淡く笑う翔がオムライスを口に入れて咀嚼した。

 そこまで思い詰めていたとは知らなかった。予想していた以上に翔は深い悩みを抱いているのだろう。言葉を失う飛鳥に代わって朔夜が聞く。


「……ショウ。本当にらしくないよ。君をそこまで思わせているものはなんだい?」


 相手はひたすらオムライスを噛み続ける。

  無言を貫く翔に朔夜は言葉を選んでいるようだった。きょろきょろと目玉が忙しなく動いている。


「君は確かに僕達といたがる気持ちが人三倍強いけれど、だけど無理に変えなくてもいいと僕は思っているんだ。怒らないから、なんでも言ってみてよ」


  再びかぶりを振り、幼馴染は口の中のものを飲み込んだ。


「話せないや。俺の気持ちが固まっていないから」


  今は話せないと素直に白状した。

 何か遭ったことは肯定しつつも、今は話せないと自分達に告げる。


「私達の間に隠し事はなしじゃないの? それを言ったのは誰だっけ?」


 飛鳥の訝しげな眼にすら、「そうだよな」それを言ったのはまぎれもなく俺だよな、でも言えないと翔はにわかに綻ぶ。


「それだけ俺は臆病になっているんだ。ごめんけど、今は無理だ。けど心配してくれたのは超嬉しかったよ――いつ言えるか分かねぇけど、いつかお前等に話すよ。それは約束すっから」


 これ以上の追究は不可のようだ。

 へらりへらりと笑う翔に、「絶対だからね」折れた朔夜が念を押した。必ず話してくれることを約束するよう強制している。それまで待っているから、相棒の言葉に翔は強く頷く。必ず話すと返事して。


「絶対の絶対だからね!」


 この場で話してくれると思っていた飛鳥は納得いかないまま不満たらたらに念を押した。

 了解だと両手を挙げる翔は、この話は仕舞いにしようと終止符を打つ。折角二人が珍しくも休みの企画を立ててくれているのだから、そちらに時間を費やしたい。いつも自分が買って出ている役だからこそ、二人の企画には大いに期待を寄せなければ! 彼はそう言ってふざけを見せた。

 是非ともドタキャンされないことを願うね、と片目を瞑って笑顔を作るその姿こそ彼の素。予定は狂ってしまったが、翔の素はなんとなく取り戻せた気がした。

  笑声を零す幼馴染につられて笑う朔夜はおどけを返す。


「だったら場所は君が担当するんだよ。だっていつも、僕等が決めているようなものだから」


「まじかよ、思いつかねぇって」


 翔が頓狂な声を上げても朔夜は容赦せず、行き先は幼馴染が決めるよう指示してきた。

 飛鳥もそれに便乗し、今此処で決めるよう言いつけてくる。「明日じゃ駄目か?」明日の夜にでもLINEをすると翔が提案するが、なあなあにしておくと流されるかもしれないため却下を出した。

 折角なのだ。傍にいたい我儘以外を聞いてみたい。

 「行きたい場所ねぇ」 椅子に凭れ唸り声を上げる翔は匙を銜えて、眉根を寄せている。

 ふと窓辺の向こうに視線を向けた。つられて飛鳥達も視線を流す。向こうには 燦々と降り注ぐ日光は庭のガーデニングを一際煌かせている。翔は思うことがあったようで、ぱちんと指を鳴らし、身を戻して意見を出した。


「花見がいい。三人で花見をしようぜ、花見」


  季節的に早いかもしれないが、温暖化の影響で三月の下旬から四月の上旬にかけて桜が花開くだろう。もしかすると春休みは終わってしまうかもしれない。

 しかし是非とも今年の春に咲く桜を三人で見たい。来年は進路もバラバラだろうし、三人で集まる機会も少なくなるだろう。だから今年の内に四季折々三人で楽しめることをしたいと提案される。


「な、名案じゃね? 午後からなら昼間の桜は勿論、夜桜も楽しめるじゃんか。近場でいいから花見に行こう。朔夜、飛鳥」


 無邪気にはしゃぐ翔は自分の案を名案だと自画自賛。

 まさか花見を案に出されるとは思わなかったが、子供のようにはしゃぐ姿を目にすると彼の願いを叶えたくなる。決定権は翔に譲ったのだ。自分達がうんぬん意見を出すなどお門違いだ。


 昼食が終わるとリビングでWiiを起動させ、三人で卓球やテニスゲームを楽しんだ。

 とことんゲームに弱い飛鳥だが、こういった体験型ゲームは別である。

 三人でシングル戦に挑み、相手のテクニックやミスに大笑いしながらゲームを堪能。リビング一杯に笑声が満たされた。ゲーム終了後は飛鳥の部屋に移動し、ノートパソコンでニコニコ動画を視聴。それに飽きたら適当にCDを掛け、談笑の時間に入る。


 そうそう。飼い猫のミミのエピソードで一つこんなことがあった。

 気まぐれ猫のミミは大抵放っておいても、ひとりでのんびり昼寝をしたり、窓辺で日向ぼっこをして有意義に時間を過ごすのだが、今日のミミは少しばかり違った。

 リビングで食事をしている時、ゲームをしている時、飛鳥の部屋に移動している時、必ずミミは自分達の傍にいた。否、翔の傍にいたがった。驚くほど彼の膝を陣取るのだ。飛鳥の部屋に侵入してきた際も一目散に駆け、翔の膝に飛び乗ってしまう始末。飼い主の飛鳥が引き剥がすと嫌がってしまうので困ったもの。


「ごめん。便所貸して」


 翔が腰を上げると、ミミが彼の後を追う。

 「こらミミ」小さな体躯を抱っこすると四肢をばたつかせ、みゃあ、みゃあ、と鳴いて翔の後を追いたがった。翔が戻って来ると飛鳥の腕を飛び出し、再び彼の膝に乗ろうと足元にすり寄ってしまう。


「ごめんねショウくん。今日のミミはショウくんに甘えたいみたい」


 忙しなく鳴く飼い猫に代わって謝罪するが、翔は気にした様子もなくミミを腕に抱く。

 途端におとなしくなってしまうミミは小さな欠伸を零し、腕の中で身を丸めた。翔は笑声を漏らし、飛鳥は溜息、傍らでカフェオレを啜っていた朔夜は口笛を吹いて珍しいと肩を竦めた。

 

「ショウにべた惚れだね。いつもは飛鳥が一番なのに」


「猫の匂いが制服に染みついているせいなんじゃないか? ほら俺、コタマといつも一緒だから」


 幼馴染がミミを抱いたまま胡坐を掻く。膝に猫を置いても移動する様子はない。


 翔が頭を撫でると、「みゃあ」ミミが満足げに鳴いた。

 本当に今日は翔に甘えたいようだ。飛鳥がミミの鼻先に指を当てても、そっぽを向いてしまう。始終翔の傍にいたがるミミを不思議に思いつつ、飛鳥は翔の言葉を鵜呑みにして納得した。翔に染みついた猫の匂いがミミに同族がいると安堵感を与えているのだろう。

 けれど、猫は縄張り意識の強い生き物。他の猫の匂いを嗅いだら警戒心を抱いてしまいそうなのだが。



 まあいいか、飛鳥は何でもないことだろうと判断し考えることをやめた。




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