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<一>目に視える苦労


  目に視えないもの、所謂“化け物”が視える。

  幼少から一般人にはない特殊な力を持っていた朔夜と飛鳥は朝夕問わず、妖と呼ばれる化け物を目にすることができる。 寧ろ、視えない世界が分からないため一般人の眼に関する気持ちは乏しい。 視えない方が幸せだということもあるのだろうか?

  一般人である幼馴染の様子を眺めながら、二人は何も起こらないことを神に祈っていた。


「明日は雨か。うへー、傘差すの面倒」


  商店街の家電屋、ショーウィンドー前。

 その日学校を終えた朔夜と飛鳥は幼馴染と共に商店街へ足を運んでいた。

  理由は簡単、翔から声が掛かったからである。 休日はドタキャン率が多いと学んだらしく、最近の彼は放課後にぶらり旅をしようと誘うようになっていた。 今日は何もなかったのだが気持ち的には家でゆっくり休みたい気分だったため、正直に言えば乗り気ではなかったのだが、彼の傍らにいる“化け物”により予定変更。 二人は積極的に行きたいと彼の誘いに乗ったのだ。

  翔は非常に嬉しそうだったが、二人の異様な空気に何かを察したのだろう。「俺に何か付いているか?」と質問するほどだった。

  彼の勘は冴えている。まったくもってその通りで、彼には“憑”いていた。 右脚にしがみつき、けたけたと笑う薄気味悪い真っ青な邪鬼が。


  邪鬼は一般に天邪鬼とも呼ばれている。

 これは人に盗り憑き、心を制御する厄介な妖だ。力はあまりなく、説話に出てくる邪鬼も大抵弱者として書かれている。そのため人の命を直接奪うような妖ではない。

 しかし放っておくのも危険だ。

 ショーウィンドー内の薄型テレビを観ている幼馴染の足に注目していると、隣に立つ飛鳥がそっと耳打ちした。


「朔夜くん。どうやって祓う? あの邪鬼は私達が妖祓だって気付いているみたいだよ」


 けたけたけた。

 そんな表現が似つかわしい笑声を上げている邪鬼はジッと視線を自分達に向け、尖った口角を持ち上げている。挑発しているようだ。

  眉根をつり上げ、朔夜は邪鬼を睨む。妖祓相手にこのような態度が取れるのは、舐められている証拠だろう。

  大方、この邪鬼は人間に悪戯をしては妖祓から易々と逃げているイダテンなのだろう。下手に動けば幼馴染に手を出すことは分かっているため、安易に動くこともできない。よりにもよって妖祓の幼馴染に憑くとはいい度胸である。


「こいつ」


  舌を鳴らし、嫌な笑い方をしてくる邪鬼に悪口(あっこう)をつく。 今すぐ祓ってやりたいのだが。


「あ、そうだ。朔夜、お前参考書が欲しいっつってたよな?」


  翔から声を掛けられ、二人は弾かれたように彼に視線を留める。

  此方の様子に気付くことのない幼馴染は、折角の機会だから本屋に行こうと今後の予定を口にした。その後はLッテにでも行こう。飛鳥が何か食べたいと言っていたし。そう提案してくる翔に朔夜は愛想笑いを浮かべて、それでいいと返事した。

 じゃあ決まりだと笑みを返す翔だったが、「イッテ!」小さな悲鳴を上げ、周囲の目も気にせず片膝を立てる。

  頓狂な声を上げ、飛鳥が大丈夫かと声を掛けると彼は大丈夫だと返事して右脚をさすった。


「昨日から右の足が変なんだ。重たいし、すぐにつるし。変な方向に曲げたかな? 俺」


 いや、それは十中八九邪鬼のせいだろう。

 がじがじと彼の足首を食み、鋭利ある爪を立てているのだから痛い筈だ。 視えないからこそ、足がつったのかと首を傾げることができるが、目に視えていたら視覚によって今以上に痛みを感じていただろう。視えないことが幸いしたと思う場面だ。

 しきりに足をさすっている翔の手は邪鬼をすり抜けているため、化け物が地に落ちることはない。霊気を纏う人間でなければその手は無意味と化す。

 そこで飛鳥が何処らへんが痛いの? と、手を伸ばし彼の右足に素早く触れて邪鬼を払いのけた。が、妖は身軽に飛んで反対側の足に移動してしまう。

 なるほど、自分達を挑発するだけの胆があるわけだ。


「あれ、痛くなくなった。治ったのかな?」


 うんっと首を傾げ、幼馴染は右足を観察する。

 けれども今度は左足に違和感を覚えたようだ。立てる膝を交代すると「どうなっているんだ?」次は左足が重いと頭上に疑問符を浮かべていた。右と同じように幼馴染の左足を食む邪鬼により、翔が小さな悲鳴を上げる。

 新米ではあるが自分達は妖祓。その自分達の前で幼馴染に手を掛けるなんてよほど除霊されたいとみた。

 憤りを覚えた朔夜は「ショウ。動かないでくれよ」と指示し、右の手に霊力を集約。手刀を作ると迷わず邪鬼の首を狙う。


「は?! ちょ、朔夜っ、いッてぇ――!」


 左の足にかじりついていた邪鬼が飛躍、手刀は彼の弁慶の泣き所を叩いた。

 当然体の持ち主である翔にダメージが与えられる。「な、何するんだよ」痛みに耐えるかすれ声が抗議をしてきた。朔夜は彼の訴えを無視すると幼馴染の背中に移動した邪鬼に視線を向ける。手刀の向きを変え、邪鬼の首を落とすために宙を薙ぐ。空しく切られる手刀は攻撃に失敗したことを示す。


 小賢しい奴だ。彼の頭に着地した邪鬼を見据える。

 こういう輩は数珠を使えば一発で祓えるのだが、如何せん幼馴染に正体を隠している身。彼の前で数珠を取り出せば、それはなんだと好奇心を向けてくるに違いない。簡単な術を使うにも印を結ぶ必要がある。人通りと今の時刻を考えると此処で大袈裟に除霊をするわけにもいかない。

 嗚呼、人の目を気にしなければならないこの職は本当につらいものだ。


「私達を舐めているとしか思えないんだけどっ」


 邪鬼に怒りを覚えたのだろう。

 飛鳥は自分も参戦すると言い、霊気を纏わせた手刀を勢いよく振り下ろす。身軽に飛び跳ねる邪鬼はけたけた笑い、糸も容易く手刀を避ける。頭のてっぺんにチョップを食らった翔はただ身もだえているばかりである。

 傍から見れば暴力極まりないが、妖のことで頭がいっぱいな飛鳥は悔しそうに地団太を踏むと絶対に仕留めると叫んで邪鬼を捕まえようと躍起になる。


「飛鳥。お前まで何す……お、おい。お前等、目が怖いんだけど。据わっているんだけど」


 邪鬼を睨む自分達の顔を直視した翔が引き攣り笑いを浮かべていた。


「顔が、お、鬼みたいだぞ」


 冗談を言う彼にとってこの後、災難が降りかかる。

 両サイドから手刀は飛んでくるは、拳は体に受けるは、痛い目に遭うは。何が何だかさっぱり分からない幼馴染は混乱するばかりである。

 邪鬼が幼馴染の学ラン上衣の中に潜り込む。血相を変えたのは朔夜と飛鳥である。このまま体を乗っ取るのでは?! 邪鬼には些少ながら他人の心の制御ができるのだから!

  急いで翔の肩を掴むと二人は口を揃えた。


「ショウくん、その服を脱いで!」


「今すぐに脱ぐんだショウ!」


「え、あ……は? い、いきなり何を」


 申し出に彼は目をひん剥いているがなりふり構っていられない。


「いいから脱いでよショウくん! このままだと危ないよ!」


「君のためなんだ。早く!」


「いや、あ、危ないのはおまっ……おぉおおおお前等本気か! ちょっと待て待て待て! おぉお落ち着け! いい加減にしろよお前等あああ!」


 家電屋の前に翔の怒号が響いたのはこの直後のことだった。



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