<十一>名を祓魔師と申す
一夜の運転する車が静かに停車する。
車から降りた朔夜と飛鳥の前には威風堂々たる武家屋敷がそびえ立っていた。二人の自宅ではない。地元から離れ、住宅街のはずれにある武家屋敷は“妖祓”の集会場。今は和泉家長が武家屋敷を所有しているが、代々妖祓の職に就く者達が交代制で屋敷を管理していると聞いている。
そう、一夜と秀夜がわざわざ地元に帰宅してきた本当の理由は“会合”に出席するためだったのだ。
昔から妖祓達は上半期と下半期の二回に会合を開き、地域一帯の妖や悪霊について情報交換をする。その場として設けられている此処、“花宴の屋敷”は表向き武家屋敷として、裏向きは集会場として使用されていた。
和泉や楢崎は勿論のこと、他の地域で暗躍している妖祓も此処に集い、会合に顔を出す。
大規模な会合になると日本東西に分かれている妖祓達が各地の情報を持って集会に臨むようだが、そのような会合は妖祓長が務めるため、今回の会合は小規模だと言える。しかも会合に正式出席できるのは成人を迎えた妖祓と決まっているため、二人が出席することはない。が、一端の妖祓として会合がある日には訪れなければ失礼に値する。
幼少から花宴の屋敷と呼ばれた武家屋敷に足を運んでいる朔夜と飛鳥は、慣れた足取りで兄達と共に四脚門を潜って石畳を歩む。
今どき珍しい提灯の明かりが一帯を照らし、石畳や庭に植えられている松、灯篭をぼんやり映す。脇目には椿の木が植えられており、見事な紅の花弁を開いて花を咲かせている。あれは千重咲きだろうか。椿をチラチラと見やりながら玄関に入る。ヒト五人は悠に立てる三和土には先客がいた。
厳かな面持ちを作っている大人達は皆、顔見知りで他の地方から赴いた者達ばかり。朔夜と飛鳥にとっては妖祓の先輩でもある。
頭を下げて挨拶をし、先に屋敷に上がる大人達の後ろについて行く。会合の集会場に入れるのは大人達だけだと決まっているため、兄達とは廊下で別れ、自分達は控室となっている畳の小部屋へ。
二人の面持ちはまるでお通夜のように暗く、テンションも低かった。
「ねえねえ、朔夜くん……帰りたいんだけど」
「奇遇だね。僕もだよ。まさか、今日会合があるなんて。何も聞かされていないんだけど」
自分達は会合に出席はしないのだが、どうしても花宴の屋敷に赴きたくないわけがあった。
深い溜息を零し、小部屋がある襖の前に立つ。横目でアイコンタクトを取ると、取り敢えず中に人がいるかどうかを確認するために耳を澄ます。物音は聞こえない。より音を拾おうと、鶴亀のえがかれた襖に耳を添えた、次の瞬間、勢いよく襖が開かれた。
ぎくりと肩を震わせる間もなく腕を引っ掴まれ、両者は情けなく前方に崩れ倒れる。
飛鳥の下敷きになった朔夜はずれた眼鏡を元の位置に戻し、相棒に大丈夫かと声を掛けた。「ご、ごめんね」慌てて身を起こす相棒と顔を上げると笑い声が二つ、小部屋を轟かせた。
「遅かったじゃないか。さすがは頓馬な和泉朔夜くんだよ。ボクの足元にも及ばない!」
「鈍間なのは貴方も一緒。楢崎飛鳥さん。ワタシの足どころか影にも及ばない」
「やはり、ボクとパートナーには敵わないんだろうね可哀想に!」
「本当のことを言っては可哀想。でもワタシ達が最強だということは変わりない」
あーっはははは! ふ、ふふふふ。あーっはははは! ふ、ふふふふ。あーっはははは! ふ、ふふふふ。あーっはははは! ふ、ふふふふ。エンドレス。
白を基調としたブレザーを身に纏った少年少女が耳をふさぎたくなるような笑い声、不気味な笑みを零して二人を蔑む。
出た。げんなりする朔夜と飛鳥なんぞ素知らぬ振りをし、こげ茶の髪を持つ少年が十字架のついたロザリオを天高く翳した。隣に立つ黒髪ツインテール少女は分厚い聖書を腕に抱え、指を組んで祈りのポーズを作る。
「神の加護を求める迷える子羊に道を。このロザリオで導き、光を授けよう」
「我等、祓魔師はすべての子羊に救済の手を差し伸べましょう」
決まり文句であろう少年少女の台詞を右から左に聞き流し、朔夜と飛鳥は素早く立ち上がると廊下に飛び出して襖を閉めた。
何も見なかったにしようと相槌を打ち、そそくさと来た道を戻る。再び襖が開かれ、中に引きずり込まれたせいで逃げることは叶わなくなったのは直後の話である。
「まったく、ボク等に挨拶もせず退散するとはどういう神経をしているだい?」
数珠が連なっているロザリオを畳の上に置き、彼、早乙女 巽はぶっきら棒に腕を組む。
どことなくソース顔をしている彼の外貌は中の上ほど。なかなか良い容姿をしていると思われる。但し、性格は非常にめんどくさく、できることなら朔夜はこの男と関わりを持ちたくはなかった。
同じくソース顔をしている彼女、犬飼 雛も飛鳥にとって関わりを持ちたくない女である。
行儀よく正座をして対面してくるものの、愛用の聖書を持って、自分達にニッコリと笑みを向けてくるその面持ちは食えない。時折くつくつと漏らす笑声の不気味さと言ったら、嗚呼、だから会合に赴きたくなかったのだ。自分達を一方的にライバル視している彼等と顔を合わせるのだから。
此処、花宴の屋敷に赴いている巽と雛も当然の如く“妖祓”である。
ただ彼等は自分達の職業を“祓魔師”と呼んでいる。それは使う術が西洋寄りであり、実家がカトリックであるためだ。全国地に散らばった妖祓の家々は時代の流れにより、独自の術を開発、信仰する宗教によって姿かたちを変えている。
和泉家と楢崎家が属している集会の中でも、早乙女家と犬飼家はその代表的な例と言えよう。
彼等は妖を悪魔と呼び、祓う行為を“悪魔祓い”と総じて日々暗躍していると聞く。巽や雛の持つロザリオや聖書は、朔夜や飛鳥でいう法具だ。それらを使って悪魔と呼ばれる化け物を祓っている。
さて、巽と雛は二人の同業者であり、本来は仲間と呼ぶべき人間だ。
妖祓として各々苦楽を語り合える仲になりえる筈、なのだが、両者コンビの仲は不良である。
前述でも語ったように、二人は巽と雛に一方的なライバル視を抱かれているのだ。そのため二人が努めて仲良く接しようとしても、突っぱねられることが多い。
「はぁあ、君達は相変わらず僕等を敵視してくれるよね。毎度飽きないかい?」
深い溜息をつく朔夜の発言に対し、「飽きるぅ?」お前は何を言っているのだと巽が握り拳を作った。
取り巻く空気が熱気帯びる。怒りに燃えているのだと気付き、慌てて発言を撤回しようとするのだが、時すでに遅し。畳に拳を下ろして、巽はぎろっと朔夜を睨む。
「ボク達は君達から受けた辱めを決して忘れない! あの辱めを受けた日から心に決めている。いつか必ず、ボク達が名乗る“祓魔師”を妖祓に浸透させてやると。“妖祓”を邪道にし、“祓魔師”を王道にしてやると。“妖祓”と名乗る輩を笑ってやると! 君達はあの日あの時あの瞬間、“祓魔師”をおかしいと言って笑ったじゃないか!」
うっ、それは。
言葉を詰まらせてしまう朔夜と飛鳥は昔のことじゃないかと愛想笑いを浮かべる。
ぎりぎりと歯ぎしりをして髪を掻き毟る巽は思い出しただけでも屈辱的だと唸り、相棒の雛もしかめっ面を作って此方を睨んだ。一方的にライバル視を向けられている“原因”はこれである。
その昔、それこそまだ小学校にも上がっていない幼き頃。
朔夜と飛鳥は大人達と共にこの武家屋敷に連れられ二人と対面した。
親曰く、当初仲良く遊んでいたらしいのだが、“祓魔師”と名乗る彼等の家系の話になり事件発生。
幼少の自分達が“妖祓”はメジャーで、“祓魔師”と名乗る二人の家系はマイナーだと笑ったそうだ。しかも他の妖祓と名乗る子供達がいる前で。
自分達はまったく憶えていないのだが“祓魔師”と名乗る家に生まれ育った二人にとって、“妖祓”と名乗らない家はおかしいと指摘されたことに腹が立ったらしく仲は決裂。以来、朔夜と飛鳥を目の敵にしている。
どうも代々続く“祓魔師”を馬鹿にされたと二人は思っているようなのだ。
朔夜も飛鳥もそんなつもりはなく、今でこそ宗派の関係で“妖祓”でなく“祓魔師”と名乗っているのだと理解できるし、家々に対して尊敬の念も抱いている。
だが巽と雛の恨みは凄まじく、いつか自分達が“妖祓”を纏める中心に立ち、“祓魔師”を浸透させる。“妖祓”の名前を廃れさせてやると自分達に宣言している。
「なあにが、時期“花宴の屋敷”に集う妖祓の総大将は和泉朔夜だろう、だ。ボクは朔夜の実力なんて一切合財認めていないんだからな! 君が天才だなんてボクは信じない!」
此処に来る度に大人達が虫唾の湧くような話をするものだから、胃に穴が開きそうだと巽。
実力は自分の方が上だと鼻を鳴らし、骨張った右の人差し指を勢いよく向ける。「わ、分かっているよ」自分の実力なんて高が知れていると苦笑いを浮かべれば、「馬鹿にしているのか?!」と食いついてくる。どう返事をしても悪態はつかれるようだ。
引き攣り笑いを浮かべていると、「調子はどう?」雛から当たり障りのない話題を振られる。調子は当然、妖祓の仕事についてだろう。
「ワタシとタツミは寝る間も惜しんで仕事に励んでいる。夢のために」
チクチクと言葉に棘を感じるが、ここは此方が大人になって目を瞑ろう。
「ぼちぼちと言ったところだよ。君達の住む地域がどうか分からないけど、僕の住む地域は年々妖が凶暴化している。人間を襲う頻度も高くなった」
「貴方達の住む地域は、妖祓の間でも危険視されている土地だと大人達が言っていた。苦労していそうね」
「苦労どころじゃない」朔夜は声を荒げて嫌悪感を見せる。
驚き、目を丸くする巽や雛の前で苦労どころじゃないと繰り返し、こみ上げてくる感情を噛みしめる。妖のせいで、妖祓である自分達の命が狙われる。それだけではない。身近な人間が狙われ、生活が脅かされる。
車内で鎮めた筈の怒りを必死に抑え、「何が妖だ。何が妖祓だ」すべて自分の足枷にしかならないと苦言。学ランのポケットに手を突っ込んで、己の法具を握り締める。
感情を剥き出しにする朔夜と二人の間を取り持ったのは飛鳥だった。相棒はライバル視している彼等に朔夜の態度を詫び、「此処に来る前にちょっと妖のことでいざこざがあって」朔夜くんが苛立っているのだと弁解する。
腕を組む巽が眼で事情を尋ねてくると、飛鳥が朔夜の顔色を窺った。
話しても構わないと肩を竦める。どうせ馬鹿にされるだけだろう。それはそれで腹が立つが、この空気を打破するためには丁度良い話題だ。
しかし場は弁えているのか、巽と雛の反応は思いの外おとなしかった。
「それは心配ね」同情心を向ける雛は猫又を祓うことはできないのかと意見する。それができたら苦労はしない。投げやりに返答すると、「悪魔に心を漬け込まれると厄介だもんな」自分達も経験がある。巽が顎に指を絡め、担当した事件について口にする。
「半年ほど前だったかな。ヒナの同級生が悪魔に憑りつかれた。悪魔の正体は低級の妖狸だったけれど、被害者は根っこまで妖の価値に染まってしまっていてね。手当たり次第に人間を捉え、食らおうとしたんだ。傍から見ればカニバリズムの気がある人間、ボク等から見れば妖狸に憑かれた人間そのもの。引き剥がすのに苦労した覚えがあるよ」
「どうやって引き剥がしたんだい? 無理に離したら心が壊れると聞いているけど」
朔夜の問いに頼られていると勘違いしたのか、はたまた自分達にはそれだけの力があると優越感を抱いたのか、先程よりも偉そうに巽は答える。
「被害者の心には闇があった。家庭環境について少しばかり問題があったんだ。その根本を解決することにより、被害者は自分を取り戻したんだよ。心の隙間を埋めたってヤツかな? 妖狸の憑依が弱まったところを、ボクとヒナで悪魔祓いしたってわけさ!」
どうだ凄いだろう? 巽が視線で訴えるものの、朔夜の眼中には入らない。
思考を回し、今聞いた事件の例と兄達の助言を照らし合わせる。
やはり被害者の心の闇を取り除くことから始めなければいけないようだ。安易に妖を祓おうとしても、被害者の心に負荷が掛かってしまう。幼馴染の心を壊しては元も子もない。猫又を調伏するのはある程度、翔自身の問題を解決しなければ。兄達には様子見をすると言ったが、手をこまねいてばかりでは此方もストレスだ。何か行動を起こしたいところ。
飛鳥に視線を送ると相手が静かに頷いた。アイコンタクトで伝わる相棒の意見。彼女も猫又の調伏は後回しにするべきだと言っている。
うんぬん悩んでいると、何かを諭したかのように雛が分厚い聖書を胸に当て、こう口ずさんだ。
「タツミ、ワタシ達でこの事件を解決する。楢崎さんを打ち負かせる」
間の抜けた声を出したのは謂わずも朔夜と飛鳥である。
目を点にして呆ける二人を差し置き、彼女は胸に押し当てている聖書を恍惚に見つめ、相棒にこうのたまった。
忌々しい彼等が解決できずに四苦八苦している猫又事件。自分達が手柄を立てれば“祓魔師”の名がまた一つ浸透し、“妖祓”の名がまた一つ霞む。花宴の屋敷の中心にいる和泉家と楢崎家を出し抜き、我等、早乙女家と犬飼家が主権を握ることができるのだ。
なにより憎々しい二人を打ち負かすことのできるとっびきりの機会。逃さずにはいられないと雛は顔を紅潮させ、相棒を見つめる。
感銘を受けた巽は何度も首を縦に振り、相棒の両肩に手を置いて感情を込めた。
「それは良い考えだ。ボク達で解決しようヒナ。悪魔に惑わされし、哀れな子羊は必ずボク達の手で救済を!」
「ええ。タツミ。祓魔師の名のもとに、子羊に救済を」
すっかりやる気となったコンビだが、黙っていないのは事件を担当している朔夜と飛鳥だ。
「これは僕達の問題だよ!」「か、勝手に決めないでよ!」誰よりも幼馴染のことを知っている自分達が解決してこそ意味のある事件なのだと主張。助言、アドバイスは聞くが手出し口出しは御免だと言い返した。
念頭に打倒和泉家。打倒楢崎家を掲げている二人は子供じみた態度を取り、解決できない未熟な“妖祓”の代わりに自分達が動くのだと巽は嘲笑。雛はあっかんべーと舌を出す。
嫌々“妖祓”の道を歩んでいるゆえに職に対する自尊心は薄いが、幼馴染が絡んでいる今、彼等の発言は聞き捨てならない。立ち上がって行動を移そうとする巽のすねを朔夜の裏拳が、雛の両足に飛鳥の長い右脚が滑ることで痛い目を見たり、尻餅をついたり。
「な、何をするんだい和泉!」
「暴力反対。楢崎さん」
非難もなんのその。
立ち上がって睨んでくる好敵手に、此方も立ち上がって邪魔しないで欲しいと毒づいた。
「この事件に関しては、誰にも首を突っ込んでもらいたくない。猫又は僕達の獲物だ」
「心の闇を取り除かないといけないなら、尚更第三者は口出ししないでよ。被害者のことなんてちっとも分かっていないでしょう」
イーッ、イーッ。
祓魔師と名乗る高校生男女が両口端を指で引っ張り、舌を出して抵抗の意を見せた。
「きみひゃしのじひょーなんて(君達の事情なんて)」「しっひゃことじゃなひ(知ったことじゃない)」何処までもライバル視をしてくる祓魔師達は本当は怖いのだろう? と一笑し、感情を煽る。なんだかんだと理由をつけ、真意は猫又事件を自分達には解決できないという現実が怖いのではないか? だから第三者に口出しをされたくないのではないか? と巽。素直に白状した方が良いと雛が鼻高々に人を見下してくる。
こめかみに青筋を立てる朔夜、口元を痙攣させる飛鳥は、聞き流せば良い悪態をついつい大人げなく返す。
「活躍しているわりにはぜーんぜん噂を聞かないけど、それはどうなのかなぁ? 祓魔師の犬飼雛さん?」
「口だけなら誰でも偉そうに言えるんだけどねぇ。ははっ、本当に君達は活躍しているのかな? それともそれすら日を浴びない、と?」
妖祓という名を祓魔師に変える夢は、まだまだ遠そうだ! 口を揃えて嫌味を吐き捨てる。笑声も忘れずに。
これにより過去の忌々しい記憶が蘇ったのか、巽はこめかみに以下省略。雛は口元が痙攣以下省略。
「本性を出したな性悪」祓魔師少年がケッと吐き、「君はいつも煩わしいよ」妖祓少年がにっこりと笑顔で対応。「力づくで主導権を握る」聖書を開く祓魔師少女に対し、「暴力反対じゃなかったっけ?」妖祓少女が呪符をスカートのポケットから抜き取る。
まさに一触即発。
各々法具を握り、青い火花を散らす。
「そこまで言うなら、久しぶりに相対稽古をしよう。ほら、よく幼少の時にしただろ? 組手。力試しだ。ボク達が勝てば、その猫又事件、此方に譲ってもらうよ。君達は一切口出し手出しをしない」
「はあ? いきなり何を言い出すんだい、早乙女」
朔夜は真っ向から反対の意を唱える。
この事件は賭け事として扱えるものではない。幼馴染の心が関係しているのだ。何も知らない第三者が容易に口出しをする問題ではない。
「だからだよ」巽は第三者だから解決できる事件でもあるのだと正面から意見した。
無論、一件に関して自分達の私情を交えているのだが、それ以上に祓魔師としてのプライドが疼くのだと彼。悪魔に憑りつかれた人間を救う。それが祓魔師として生まれた子供の運命であり、進むべき道だと信じて疑わない。これまで信念として腹に据えてきた。
どうも二人の話の端々には被害者に対する情が宿っている。相手を壊さないように、傷付けないように細心の注意を払う優しすぎる情が。それでは事件も解決しないだろう。時に被害者を傷付ける覚悟も必要だと早乙女巽は静かに答えた。被害者本人を救うために、些少の傷には目を瞑らなければならない。
必要以上の情が宿っている二人では、幼馴染の事件解決にも時間が掛かるだろうと嫌味を口にする。
「ボクやヒナはね。君達と違って本気で祓魔師を目指している。のらりくらりとしている君達とは違うんだよ」
本気で妖祓を目指していない朔夜と飛鳥の気持ちを見抜いている巽が、そんな覚悟で事件を解決できるものかと声音を張った。
一瞬きの間怯んでしまうが、すぐに表情を戻して負けじと声音を張る。
「人の進む道につべこべと言われる筋合いはない。僕は、僕達は妖祓としではなく、幼馴染としてあいつを救ってやると決めている。猫又の一件は僕と飛鳥で担当する。お前達が口を出せば、必要以上にあいつが傷付く。引っ込んでろ」
「ヤだね。君達が手間取っている事件だと聞いて、余計に燃えたよ。祓魔師としても、好敵手としても。勝負を拒否するなら、勝手に担当させてもらう」
事件はお遊びではないと言っているのに聞きやしない。腹立たしいことこの上ない。
背を向けたい馬鹿馬鹿しい申し出に奥歯を噛みしめる。最初から返事は一つしかない。デリケートに扱いたい事件を易々とした気持ちで第三者が首を突っ込んでくるなんて、それだけは避けたい事態だ。
それにもし、目前の二人が幼馴染の闇を取り除けることに成功してしまえば、“幼馴染”である自分達の立場は。
「僕達が勝てば身を引いてもらうよ」「受け入れよう」悪意にも似た笑みを浮かべ、巽は交渉成立だと襖を開けた。雛を呼んで先に小部屋を出て行く。向かう先は妖祓達が稽古場として使用している武道の間。名は厳かであるが、畳の間をすべて板張りに変えただけのシンプルな部屋だ。剣道や柔道の道場に似せた造りをしている。
「勝てるかな」
肩を並べて歩く飛鳥が小声で耳打ちをしてきた。
前方の祓魔師達を観察し、彼等の性格は阿呆だが実力は確かだと眉を寄せる。それは朔夜も知っている。幼少からの付き合いだ。彼等とは幾度も相対稽古をしたことがあるし、その成長も目にしている。幼馴染の翔と違って腐れ縁ではあり、仲も芳しくないが、妖祓の腕に関しては認めざるを得ない。甘く見ていると大怪我をする。
ただ引くわけにはいかない。猫又事件は自分達が担当するべき事件であり、幼馴染の心を救うのも自分達だと決めている。
(……ショウみたいなことを思ったな)
彼が自分の立場なら、なりふり構わず事件に突き進むのだろう。幼馴染を理由にして。




