<七>そして運命の歯車が廻り出す(参)
経験上、土壇場キャンセルをした一週間は肩身の狭い日々を過ごすことが多い。
それはキャンセルをされた幼馴染が機嫌を損ねたり、約束をすっぽかされたことについてねちねち突いてきたり、ファミリーレストランで奢れと強いたり、次の約束を取り結ぼうとするからだ。自分達と結んだ約束を心待ちにしているのだと知っているため、そういう態度を取られると此方としても罪悪で一杯になる。
そのため極力その一週間は相手の出方を窺い、ご機嫌取りに努めている。今日は許しても、明日また蒸し返すようにキャンセルした話題を出すことも気まぐれガキんちょの翔にはよくあることなのだ。
けれども、不思議なことにこの一週間の翔は非常に穏やかだった。
キャンセルをされた約束のことを突くこともなければ、奢りを強いることも、次の約束を取り結ぼうとする言動も見受けられない。何事もなかったかのように日常を過ごしている。
まるで約束そのものを忘れているように愛用のスマートフォンを弄ってばかりなのだ。
ゲームを好む翔だから、もしかすると無料でダウンロードしたゲームアプリにハマッているのかもしれない。そうだとしたら此方としても穏やかに過ごせるというもの。一度翔がゲームをやり込み始めたら、熱が冷めるまで時間が掛かるのだ。熱しにくく冷めにくい性格をしているため、ゲームに没頭しているのだとしたら妖祓として暗躍している朔夜達にとって好都合である。暫くは約束を念頭に入れなくて良いのだから。
ただ約束を破ったお詫びはしておかなければ、後で彼から嫌味を言われるかもしれない。
飛鳥と話し合い、朔夜は今日の放課後にファミレスで飯を奢ることを決行しようと決める。
相棒に頼んで翔のご機嫌を見ながらその旨を伝えてきて欲しいと頼み(自分が言うより彼女から言った方が彼も誘いに乗りやすい)、一日の学校生活を過ごす。
当然、翔は乗り気で来るだろうと思ったのだが、「ショウくん。用事があるから手短に済ませるって」飛鳥から驚きの一報を寄越される。例え用事があろうと、自分達に誘われたなら此方を優先するような男なのに。特に飛鳥からの申し出ならば、用事自体を隠して誘いに乗るというのに。
「なんだか乗り気じゃなかったよ。ショウくん」
半信半疑で飛鳥の報告を聞いていた朔夜だが、放課後の翔を見てそれは本当なのだと信じざるを得ない。
誰が見ても翔は乗り気ではなく、帰りのSHRが先に終わった彼は廊下で自分達のことを待つも、始終そわそわと落ち着きなく体を揺すっている。
三人で昇降口に向かう間も口数が極端に少ない上に靴箱で上履きと下履きを履き替える際、スマホを取り出しては頭を抱えて「ごめん。ごめんよギンコ!」意味不明な嘆きを口にしていた。
「お前のことが嫌いなわけじゃないんだ。ただな、ただな、俺にも付き合いがあって……お前が毎日俺の帰りをクローゼットの中で待っていることは知っているんだ。俺に懐いてくれていることも知っているんだ。一緒にご飯を食べようとする愛らしいお前も知っているんだ。うっ、ううっ、ギンコ、ごめん。なるべく早く帰るから」
盛大な独り言を漏らしている幼馴染は本当に乗り気ではないようで、頭上に雨雲を作って何やら落ち込んでいる。
かと思いきやスマートフォンの画面をチラ見、チラ見、からのガン見。「ギンコ超可愛い」その可愛さは犯罪級だとわなわな震えて身もだえる翔がいたりいなかったり。「天使過ぎて胃が痛い」発狂しかける翔がいたりいなかったり。「動物がこんなに可愛いだなんて!」別れが辛いかもしれないと涙ぐむ翔がいたりいなかったり。
情緒不安定なこと極まりない翔に声を掛けるべきか迷ったが、こうしていても時間が経つだけである。
そっと名を呼んで支度はまだかと尋ねる。
ハタッと我に返った相手はそそくさとスマホをポケットに仕舞い、「ごめんごめん」早く行こうと言って自分達の背を押した。あまり触れられたくない一面だったようで、先程の態度を霧散するようにいつもの調子で話し掛ける。下手に触れるとドタキャンのネタを弄られるかもしれないため、ここはグッと堪えて何事もなかったかのように振る舞うことにする。
校舎に出ても彼の口数の少なさは相変わらずで、いつも会話の中心にいると言うのに今日は飛鳥が中心に立って話題を振っている。
余所余所しい態度を必死に隠す彼に憮然と吐息をつき、朔夜は幾度も背後にいる彼に視線を流した。それにすら気付かない翔は上の空だ。すっかり茜に染まっている空を仰いでは小さな溜息をついている。
「どうしたんだい? ショウ。湿気た顔をしているけど」
仕方がなしに話題を振ると、弾かれたように顔を上げた。
話題に入れと態度で示せば片手を出し、「なんでもねぇよ」おどけを口にして駆け足で自分達と肩を並べる。
何の話をしていたっけ? 頬を掻いて微苦笑を浮かべる彼は一抹も話を聞いていなかった模様。「進路の話だよ」会話の司会進行を務めていた飛鳥が脹れ面を作る。
「来年、受験生でしょう? 二人とも、進路はどうするのかな? と、思って」
翔にとってあまり面白くない内容だったらしい。
己のことは言わず、「朔夜は国立を受けるんだろ?」自分に話を振ってくる。素直に頷くものの、まだ確定してはいないと返答。
朔夜としても進路についてはまだ触れられたくなかった。どのような道を選ぼうと妖祓の道を断つことは許されないのだ。そう思うときっと親も実家から近場の大学を受けるよう勧めてくるだろう。密かに県外へ出る魅力を抱いているのだが、妖祓の家系に生まれた以上叶わない夢だ。
産声を上げたその日から自分の往く道は妖祓であり、終点もその道なのだから。
(束縛された人生だ)
仄暗い感情を抱くあまりにネガティブになりそうだったため、朔夜は二人に話題を振って進路について尋ねる。飛鳥は苦笑いを浮かべ、翔は肩を竦めるだけだった。三人とも明確な道は決まっていないらしい。
頭の後ろで腕を組む翔がぽつりと独り言を漏らす。
「このまま時が止まればいいのにな」
関係をいつまでも保ちたい彼ならではの願い。此方も叶うことはないだろう。
「それはそうと、ショウ。何を奢ってもらいたいか、決めたかい?」
進路についての話題は空気を悪くするだけだと判断し、換気する意味を込めて今日の奢りについて内容を振る。
腕を組んで唸り声を上げる翔は何にしようかと思い悩んでいた。何かあればいつもファミレスで奢るという形式を取っているため、翔自身も飽きているのだろう。申し訳ないと思うが他に詫びの方法も思いつかないため、これで済ませている。
「どうしようっかな」悩む翔が、ふと民家の塀に視線を留めた。つられて朔夜も視線を塀に向ける。そこには雀がいるだけで他に何もない。
なのに翔は舌なめずりをして「雀がいいな」と要求を口にした。冗談かと思いきや、彼はいてもたってもいられず駆けて雀を捕まえようとするものだから飛鳥と目を削いでしまう。それに気付かない翔は舌打ちを鳴らし、電線に逃げた雀を睨んでいた。
心底悔しがり、飛ぶなんて卑怯だと地団太を踏んでいる。長い付き合いだ。彼の真偽は容易に見極められる。
(なん、で。雀を捕まえようとしているんだ。ショウは)
一連の流れは独り漫才として成立しているのだろうか。
口を開けて相手を見つめていると、現実に思考を戻した翔が気まずそうに顧みてくる。「なーんちゃって」舌を出してお茶目をアピールしてくるが、今のは絶対に本気だった。朔夜と飛鳥には分かる。
苦々しく笑ってその場を凌ぐものの、彼の奇行な振る舞いについていけない。どうして翔は雀を本気で捕まえようとした?
「美味そうだったんだけどな」
手遊びをして雀を一瞥する幼馴染の落胆、そして彼自身もどうしてそのような振る舞いをしたのか分からず混乱しているその様子に朔夜は言い知れぬ不安を覚えた。どうして不安になるのかは分からないが、培われてきた直感が警鐘を鳴らしている。そんな気がしたのだ。
取り敢えず、雀を見て食欲が湧くほど空腹なのかと揶揄を飛ばしておく。
鼻を鳴らしてちょっとしたふざけだと反論する翔が踵返した。
『……キツ……ネ』
同刻に感じる悪寒。
背後からねっとりと舐められるような感覚が襲い朔夜は固唾を呑んで振り返る。生温かい微風を吹かせ、日暮れの空を旋回して一軒家の屋根に降り立つそれはカラスのように真っ黒。しかし、それよりも遥かに巨体な化け物。漆黒の羽毛に包まれている妖鳥は夕の日差しを体いっぱいに浴びて瓦の上に鉤爪をのせる。
ぎょろぎょろとしている黄の眼球、赤の瞳孔、カラスのような風貌の妖は驚愕している朔夜と飛鳥を見下ろし、嘲笑するように長い翼を広げる。
再び空に舞い上がる妖鳥は側らのビワの木に移動すると、妖祓である二人を凝視。瞳に閉じ込め、出方を窺っている。
朔夜は言葉を失う。妖鳥は基本的に暮夜の訪れと共に活動を始める生き物。夕空の下を優美に飛ぶ生き物ではないのだ。ましてや自分達は妖祓であり、妖を祓う者。賢い妖ならば警戒心を募らせ、決して姿を現さないというのに。
「朔夜、飛鳥?」
ビワの木を凝視している朔夜と飛鳥に違和感を覚えたのだろう。後ろに立つ翔がどうしたのだと首を傾げた。
(今、法具を出すわけにはいかないのに)人三倍自分達のことを知っている翔の前で法具を出せば、どのような末路が待っているのか想像せずとも分かる。二人は動けずにいた。その間にも翔が二人に歩むもうと一歩を踏み出す。
見計らっていたように妖鳥がビワの枝から離れ、翼をはためかせて天高く飛び上がる。
巻き起こる突風と砂埃に片目を瞑り、なおも片目を抉じ開けて状況を確認。
眼を見開いた。天に昇った妖鳥が一直線上を描き、急降下してくるではないか。くちばしの照準は自分達ではない。「まさか」宙を切るように体ごと後ろを振り返る。そこには灰色のマフラーを追う翔の姿が。首に巻いていたマフラーが妖鳥の起こした風により飛ばされたのだろう。
(ふざけるなよっ、化け物!)
「ショウ!」「ショウくん!」
なりふり構わず怒声を張ると飛鳥と声が重なる。翔は体を竦めて驚きの顔を見せた。
足を止めた彼の数十メートル先を妖鳥が斜め四十五度、垂直に下降して、空に張り巡った電線を鋭利あるくちばしで切る。
太い黒線は音を立てて地面に落下し、翔の目の前に叩きつけられた。のたうち回っている電線を呆けた顔で見つめていた翔は、じわりじわりと恐怖がこみ上げてきたのだろう。二の腕をさすり、「まじかよ!」ぶるりと背筋を震わせて畏怖の念を噛みしめている。
妖鳥は上昇し、地上にいる人間達の様子を再び観察し始めた。隙あらば急降下して標的を串刺しにするつもりなのだろう。
空を仰ぎ、妖鳥の動きを見据える。
翔の真上を旋回している妖の狙いは一目瞭然。標的は依然、幼馴染なのだ。奇声に近い鳴き声を発し、どこまでも澄み渡っている空を右往左往している。
はるか上空にいる妖のくちばしから涎が滴り、地上に落ちてきた。風に乗ってしまったため、それを浴びることはなかったのだが、朔夜は相手の狙いをある程度推測することができた。
妖鳥は空腹なのだろう。霊力を宿す人間よりも、無抵抗の人間を襲った方が得策なのだと相手は考えたのだ。翼を持っている相手にとって、獲物を掻っ攫って空へ逃げてしまえばなんてことない。これは翼のない人間に対する挑発なのだろう。
(あんなに遠くちゃ僕の術も届くかどうか)空のハイエナはつんざくような奇声を発しているばかり。どうしたものか。
「朔夜くんはショウくんをお願い。私はあの妖を近づけないよう、周囲に即席の結界を張るから」
語気を弱めて耳打ちしてくる飛鳥に頷き、視線を戻すと身震いをしている翔に大丈夫かと歩み寄った。
高圧電流が流れている電線を見つめ、血の気を無くしている彼は怖々と頷く。
「危うく感電するところだったよ」
呼び止めてくれてありがとう、翔が礼を告げたため微笑で返事する。切れた電線の断面を一瞥。あれが翔の体と衝突しようものなら、感電死は免れなかっただろう。妖鳥はそれも計算に入れて急降下してきたのだろうか。
どちらにせよあの妖鳥は質が悪い。一刻も早く調伏してしまわなければ。
しかし、側らに翔がいるとそれが叶わない。まずは幼馴染を安全な場所まで移動させなければ。
「風、そんなに強かったのかな。電線がスッパリ切れてらぁ」
断面を見つめる朔夜に倣い、翔も断面を見つめている。
早いところ電力会社に連絡しなければ。ここを通る通行人が迂闊に電線に触れたら被害者が出る。道端に寄せるにも高圧電線が流れているものを安易に触れることなど命知らずも良いところ。翔はスマホでここの地域を管轄している電力会社に電話しようと意見してきた。
それが良いだろう。朔夜が首肯して同意を示す。横目で飛鳥に視線を向けると、自分達に背を向けている彼女が民家の外壁に呪符を貼り、それに詞を唱えていた。即席の結界を張り、少しでも頭上にいる妖鳥の目をかく乱させようと術を発動させている。
これで少しは妖鳥の思惑を乱すことができるだろう。朔夜は強張っていた表情を緩めた。
「っ、いぃ、いた、痛い、いた」
と。
隣に立っていた翔の様子が一変する。
彼は上体を軽く折ると、まるで頭を抱え込むように両耳を手で塞いでうめき声を上げた。
「ショウ?」手を伸ばすと、「痛いっ、いたいっ」耳が痛いとその手を拒むように背中を向け、小刻みに体を震わせる。尋常な痛みではないようだ。痙攣しているかのように全身を震動させ、耳が痛い。音が痛い。脳天が割れそうに痛いと苦痛を訴える。
彼の異常を感じ取った朔夜が急いで翔の肩に手を置くと、大袈裟に彼の体が飛び跳ねた。
「ショウ、何処が痛いって? 耳?」
確認を取るも、翔は念仏のように現状を唱える。
「気持ち悪い音が気持ち悪い耳もおかしい音が変聞こえるここにある物の音が全部っ、気持ち悪っ」
かぶりを振り、彼が奥歯を食いしばる。
事態に気付いた飛鳥が術を中断すると、見計らったかのように翔の表情が緩和した。
目を白黒させる彼はそっと手をおろし、「治った」痛みがなくなったと呟く。真偽を確かめるために大丈夫かと声を掛け、顔を覗き込む。翔はもう大丈夫だと力なく頬を崩し、片耳を触った。
「むっちゃ耳が痛くなったんだ。……やっべ中耳炎かもしんねぇ。耳に違和感がある」
中耳炎にしては重い反応である。
朔夜は一目で嘘だと分かったが、当の本人もよく分かっていないようで今のは何だったのだろうと困惑したように耳を触っている。
ふと一週間前の出来事を思い出す。
そういえば一週間前の翔も音がうんたらかんたらと苦言を零し、吐き気がすると不調を訴えていた。もしやまた体調不良を起こしているのでは? あの時の翔も過度に吐き気を訴えていた。今回は耳の痛みだ。妖の線があるとは思えないが、早く此処からは離れさせた方が得策だろう。
未だに空を支配している妖を睨み、術を中断した飛鳥に視線を送る。うん、彼女は一つ頷いた。きっと自分の考えを汲み取ってくれたのだろう。さすがは相棒だ。
ちょっとした飛鳥とのやり取り。気をそぞろにしていたため、朔夜は気付かなかった。翔の疑る眼を。そして彼なりに導き出した“この事態”を。
「朔夜、飛鳥。ごめん。俺、帰る! また明日な!」
「え、ま、待てよショウ!」
突然走り出した翔の出方により、空を旋回していた妖の動きも変わる。
まっすぐ帰路に沿って駆ける幼馴染の背を追い、妖鳥が地を頭に傾け急降下。落下する風に乗り、見る見る速度を上げて直線を描く。夕陽を浴び、漆黒の体毛を煌めかせているそれは気流を生み、風に身を任せ、捨て身で地上の獲物に照準を合わせている。
飛鳥の結界の準備が整っていないため、妖鳥は容易に獲物を追うことができるのだ。
「クソッ!」遅れて地を蹴る朔夜は数珠を出すと右の手に撒き、急いで詞を口にする。
「天地陽明、四海常闇、満天下陽炎の如く成りけれ」
先を走る翔が曲がり角を右折し、住宅の路地裏に飛び込む。少しでも早く家に帰るための近道をしたのだろう。狭い道に飛び込んでくれると此方も好都合だ。
「さすれど翳と化す妖在り。即ち祓除の鎖とつかさん」
集約された霊力が珠一粒一粒に伝わり、数珠が暗紫に発光する。
「そっちには行かせるものか!」
発動寸前の右手をそのままに高度を下げる妖鳥に空いた左の手を翳すと、「妖金鎖!」法具なしで霊力を具体化し、朔夜は光り輝く鎖を生み出す。低空飛行に切り替えてくれたおかげで術の鎖は妖の両足に向かって絡まり、しっかりと標的を捕えた。
後は力勝負。
左腕を引き、持ち前の手腕を発揮してやる。
外貌は細身でひょろくがり勉に見られがちだが、学ランの下は均等に筋肉がついている。そのため巨体な妖鳥を引き、地に落とすことはできずとも戸惑わせることは可能だ。
幾度も引くずられる体を支えるために両足裏を地面にこすりつけるように踏ん張り、暴れ馬の手綱を引く要領で術の鎖を引く。尚も翼をはためかせて抵抗を見せる妖鳥の動きを鈍らせるために、「妖縄妖縛!」右の手に留めていた術を解放する。
連なる珠が瞬く間に増え、二倍も三倍も長くのびる。妖の胴に巻き付く数珠を確認すると左手の術を断ち切り、両手で数珠を握った。
幼馴染が駆けて行った方角を目指そうとする妖鳥に舌打ちを鳴らし、
「だからそっちには行かせないと言っているだろう! お前も少しは学習しろ!」
数珠を引いて己の霊力を注ぎ込む。
電流のように霊力は珠から珠に伝っていき、妖全体を包んで相手を痺れさせる。
鼓膜を破くような奇声が上がり、高音波によって景色が歪むが朔夜の手は数珠を放さない。
「終わりだよ」
後を追って来た飛鳥が高く飛躍、動きが鈍っている妖鳥に向かって十枚の札を放った。呪符は標的を捉え、追い風にすら動じることなく宙を裂いて妖鳥の体に貼り付く。
「祓除浄化!」
両手を合わせた飛鳥の声と共に呪符が反応し、妖鳥の体を浄化しようと凄まじい蒸気を出した。一帯が白い靄に包まれる。
視界の利かない靄の中、耳をつんざくような一声だけが轟く。ピンと張りつめていた数珠が抜け落ちるように転がったため、調伏に成功したのかと期待を寄せた。
しかし、夕風に吹かれて消えた靄の先に映ったのは真っ黒な塊が四体。朔夜が捕えていた妖鳥は最後の力を振り絞り、仲間を此処に呼んだのだ。否、あの奇声は仲間を呼ぶためのものだったに違いない。
「どうしてっ、妖鳥は基本的に群れで行動しない生き物なのに!」
飛鳥の疑問はご尤も。
朔夜が答えられる返事は一つしかない。
「向こうも知恵をつけたってことかな。一応妖も学習する生き物みたいだ。まったく、別のことに脳みそを使って欲しいものだよ」
二人が幼馴染を守るように妖鳥の道を塞いでいる間、翔はただただ我が家があるマンションに向かって全力疾走していた。
翔は知らない。
自分の後を追い駆けようとしていた妖鳥を幼馴染達が撃退していたことを。
そして朔夜と飛鳥も知らない。
既に翔が妖の存在を知り、二人の裏の職業を知り、自分が狙われたという事実に気付いたことを。
「さっきの現象は“妖”のせいなんだ。それにさっき、風に乗って“狐”って単語が聞こえた。きっとギンコを狙っているんだっ……ギンコ、お願いだ。無事でいてくれよ!」




