<三>邪は聞こえざりき
※ ※
「――おお、視える。未来が視える。余が力を得るその未来が」
その紅い眼をした男は手中に収めている燃え盛る炎を握りしめ、高らかに笑う。
二十代に見間違えられてもおかしくない整った端正な外貌。黒真珠のように黒い髪を一つに束ね、僧侶が身につける袈裟を纏っている。
では男は僧侶なのか、否、彼は人間ではない。瞳は紅く染まり、白目の部分は黒に染まっているのだ。誰が見ても彼は人ではないと言える。
恍惚に炎を見つめる男は鋭利ある長い舌で口角を舐めると、「余の占星術に狂いはない」これは約束された未来だと青白い頬を崩す。
「命・卜・相を極めた余じゃ。星の回り合わせは余に祝福を指示している。あとは余がもっと力を得れば」
この祝は未来永劫。
それこそ己が“宝珠の御魂”を手にし、この地を統べる妖の頭領になろう。
やはり己は選ばれた妖だったのだ。己を至上に謳い、男は早くその未来が訪れることを願った。うっとりと炎を見つめていた男だが、不意に手中の炎がゆらゆらと揺れ、賛美していた言の葉をやめ、笑止する。
「なんと、余の道に不確かな未来の相が出ておる。これは、余の道を邪魔するものがおるということか。大方、愚者な人間を守る妖祓じゃろう。ふむ、しかし不安な芽は摘んでおくべきところじゃろうな」
“宝珠の御魂”を手にするための力も欲しいところだ。
霊力のある人間の肝はさぞ美味く栄養価も高いだろう。普通の人間の肝を食らうのも悪くはないが、霊力を我が妖力に変えたいものだと男。
とはいえ、霊力を持つ人間を狙うことは幾つかの危険を負うことになる。ただ霊力を持つ人間を狙うならまだしも、妖の知識を得た妖祓を狙うと我が身も危険に晒されることだろう。
命あっての物種。相手に除霊されてはとんだお笑い草だ。
「じゃが欲しい。余の道のためにも、妖祓の肝は欲しい」
ここは玄人ではなく素人を狙うべきだろう。
「そういえば最近、見覚えのない餓鬼が妖祓に現れたと妖共が怯えておったような」
長い指を顎に絡めて思案に耽る。
調べてみようか。男は懐から掌ほどの鏡を取り出す。まったく装飾のない満月のような丸い鏡だった。
四面板張りで囲まれ、出入り口である扉を締め切られている一室の中心に立ち、男は目を細めて鏡を見つめる。
己の姿を映していたそれは徐々に光を宿し始め、己とは別のものを映し始めた。今しばらく鏡を見つめていた男だが、再び一室の空気を割くような高笑いを上げて鏡を袈裟の懐に仕舞った。
「道のため、準備をせねばならんようじゃ。すべては余のため、妖のため、未来永劫の祝のために」
これほど素晴らしい妖が此処にいるのだ。
力量ある己がこの地の頭領にならず、誰が頭領になるのだ。