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<十八>星回りの羅刹丸(肆)




 ※



 若き妖祓が生み出した煙幕を錫杖の一振りで散らした羅刹丸は周囲を見渡し、人間の子供の姿を目で探す。


 鏡内は寂寞(せきばく)としているばかりで人っ子ひとり見当たらない。二人は逃げたようだ。

 とはいえ、負傷者がいるのだ。人間の足では寺院を飛び出すことは不可能だろう。何より山門側に自分が立っていたのだ。来た道を戻ったということは万が一にもない。奴等は本堂を通って寺院の中に逃げたのだ。

 だったら寺院を隈なく探せば良い。今の自分ならすぐに追いつくだろう。

 本堂に爪先を向け、羅刹丸は錫杖をしゃん、しゃん、と鳴らしながら歩み始める。表情は心なしか険しかった。


「あの小僧。一瞬だが余よりも速い動きをしてみせたな」


 自分の仲間が傷付けられたことにより、何かしらの(たが)が外れたのだろう。

 それはきっと彼の内に秘めている本来の力。この羅刹丸の肌を粟立たせたほど、あの少年の秘めた力は未知数だ。少しばかり引き出してみたくもなったが、反面それを引き出すことにより己の運命が変わってしまうのではないだろうか。一抹の畏怖の念を抱いてしまう。

 羅刹丸の目標はあくまでも“妖の頭領”であり、妖祓達の胆ではないのだ。力は得たいところだが、あれが災いの素となるのならば身ごと葬ってやらなければ。妖祓の胆は百にも勝る力の糧、一つあれば十分だ。負傷をした少女の胆さえあれば大丈夫だろうと羅刹丸は高を括る。

 実力的に見れば少年の胆の方が欲しいのだが、何かしら嫌な予感が脳裏を過ぎるため、欲張らないよう自身に注意を促す。




「余は妖を制する者。星の導きにより“十代目南の神主”になる者。必ずや余の道を邪魔立てする者を払い、妖の頭領となってみせようぞ」








 本堂を通って建物内に逃げ込んだ朔夜は手ごろな小部屋を見つけ、急いでそこに飛び込む。この小部屋は四面板張りで狭く、何も置いていない。座禅を組む修行部屋か何かのようだ。

 出入り口に飛鳥の母からもらった呪符を二枚貼ることで、身を休めるための結界を作る。これで数分は時間が稼げることだろう。


「全部使えばもっと時間は稼げるだろうけど、念のために残り二枚はとっておこう」


 息つく間もなく失神している負傷者の下に駆け寄ると、朔夜はペンライトを銜え、迷うことなく相棒のセーラー服の上衣を脱がした。上衣は紺色をしているのだが、それを滲ませるような濃い血が制服にこびりついている。出血の多さを物語っていた。

 止血するためにハンカチを取り出そうとするのだが、河治の時に使用したことを思い出し、飛鳥のポケットにハンカチがないかどうか確かめる。几帳面な彼女は木綿のハンカチを持っていた。

 花柄の刺繍が施されてとても可愛く、使用するには勿体ないが人命救助が先だ。歯と指の力でハンカチを裂き、適度な長さを作る。


「これでいい。次は傷口の消毒だ」


 朔夜は持っていた清酒の瓶を取り、蓋を開けてそっと飛鳥の右肩付け根に掛ける。

 沁みるのだろう。息を呑む声が聞こえた。爪で貫かれたのだ。沁みないわけがない。貫通している傷口を見つめ、眉を下げる。これはきっと傷痕として残るだろう。できることなら自分が代わってやりたい。それだけ傷口は深いのだ。

 清酒で消毒を終えるとハンカチで傷口を覆い、しっかり止血した。朔夜にできる応急処置はここまでだ。後は玄人の下に戻り、指示を煽らなければならない。

 風邪を引かないよう学ランの上衣を飛鳥に掛けてやり、朔夜はその場に座り込む。そこでようやく置かされている現状と向き合うことができた。


(参った。本当に参った。羅刹丸の実力があそこまでだなんて)


 相手を舐めていたわけではないが、祓う覚悟が足りなかった。

 思えば無数の邪鬼を扱い、人間を操る術を使用するのだ。動物憑きの正八達が苦手とするほどの鬼で、実力はこの地域では頭二つ分ほど飛びぬけている。強豪なことには間違いない。相手のことはある程度分かっていた筈なのに、本当の意味で鬼のことを分かっていなかった。

 どんなに素早い動きをしても、それを上回る鬼の足の速さ。判断力。錫杖だけで自分達を薙ぎ払ってしまう実力。勝ち目が見い出せない。おまけに無二の相棒はこの様だ。期待の妖祓も形無しだと朔夜は自嘲する。長達が知れば、現実も妖も決して甘くないと言って叱り飛ばす事態だろう。 

 できることなら羅刹丸を調伏し、操られた人間や幼馴染、そして優しい墓地の番人の仇をとってやりたい。


 しかし自分は弱い。

 羅刹丸に一発しか攻撃を食らわせることができなかった。逃げることすら危ぶまれているのに、調伏など到底無謀だ。いや絶望の淵に立たされようとも調伏してやりたい。何が何でも。心がそう叫んでいる。そうしなければ自分の気が済まないのだ。

 けれど怪我人がいる。もっと現実と向き合うべきだ。


 心折れる現状に嘆息。額に手を当て、「飛鳥だけでも避難させないと」独り言を零した。「いやだよ」予想だにしていなかった返事に目を見開き、顔を上げる。そこには気が付いた相棒が瞬きを繰り返していた。目覚めたようだ。

 「飛鳥!」良かった。目が覚めたのかと声を掛けると、「朔夜くんの意地っ張り」前触れもなしに相棒が悪態をついてきた。

 面食らう朔夜の額を左の手で叩き、自分には何でもお見通しだと彼女は力なく笑う。


「私が怪我したくらいで、どうして躊躇うの……首っ、とるんでしょ?」


 逃げる選択肢を取ろうとする朔夜に、そんな偽りの心など捨ててしまえと飛鳥はおどけた。

 「無理だよ飛鳥」自分達の実力じゃ無理だ、此処は逃げ延びて妖祓の玄人に任せよう。怪我を負っている飛鳥のためにもそれが一番良い。ちっぽけなプライドのせいで相棒の命が危ぶまれるのだけは嫌なのだ。

 朔夜がそう主張すると、「大袈裟だねぇ」少し出血したくらいでガタガタ言っているなんて、まったくらしくないと飛鳥。無理やり身を起こそうとするため、慌ててそれを制する。女の子なのだからもう少し体を大切にするべきだ。

 正論を述べてやったつもりなのだが彼女は両手で此方の頬を抓むと、「こういう時だけ女の子扱いとかないんだけどぉ?」眉をつり上げた。


「普段はちーっとも女の子扱いしてくれないじゃん? それなのに今更なあに?」


 アイタタタタッ、タンマだと降参の諸手を挙げるものの彼女の抓りは力を増すばかり。

 限界まで頬を抓り上げ、やっと飛鳥は両手を放す。赤くなっているであろう頬を怖々さすっていると、「意気地なし」そんなの朔夜くんじゃないと飛鳥は肩を竦めた。


「これくらいで挫ける朔夜くんなんて、私の相棒にはいないし知らないよ。逃げたいなら朔夜くん一人で逃げてよね。私が羅刹丸と決着をつけてやるから」


「なっ、何言っているんだい、飛鳥。勝算はあるのかい?」


 「ないよ」きっぱりすっぱり清々しく言う飛鳥だが、このまま何もせず逃げるよりかは百倍マシだと鼻を鳴らす。

 呆れ返って言葉を失う朔夜だが、「意気地なしくんよりマシ」飛鳥はひらひらっと手を振り、笑ってみせた。

 もし意気地“ある”くんが自分と一緒に戦ってくれるなら勝算も見出せるかもしれない。一人では無理でも二人なら何とかなる。例え片方が負傷したとしても、二人ならきっと乗り越えられる。今までだってそうしてきたではないか。長が課す厳しい修行も、自分達は泣きながら共に励んできた。なんだって乗り越えてきたのだ。まだ挫けるには早いと飛鳥は腕を組み、朔夜の心意を面に出させようとする。

 「大体女の子扱いをしてくれるなら普段からしてくれても」ぶつくさと文句垂れる相棒の喝により、朔夜も力なく頬を崩すことができた。怪我をして苦しい思いをしているのは飛鳥の方なのに。まったくタフで強く頼もしい相棒だ。


「分かった。此処で少し休みながら対策を練ろう。限界まで粘るつもりだけど、無理な時もある。その時は逃げる選択肢を取るよ飛鳥」


「うん、いいよ。朔夜くんにしては珍しく取り乱していたね。貴重だったよ」


 仕方がないではないか、目前で相棒が悲鳴を上げて鮮血を流していたのだ。動揺しないわけがない。

 赤裸々に心情を吐露すると、「怪我の手当て。朔夜くんがしたんだよね?」飛鳥が意味深に視線を流してくる。勿論だと頷く朔夜に可愛かったでしょう? と飛鳥が期待を込めて尋ねてきた。朔夜としては何が? である。

 きょとん顔を作る自分に脹れ面を作り、「下着だよ。可愛かったでしょう?」と飛鳥。今日はお気に入りでお高めのブラをしているのだとか。


(あ、アピール。こんなところで……飛鳥らしいけどさ)


 まったくもって余裕がなかった朔夜は見ていないと愛想笑い。

 見ていたとしても心に思うことはないだろう。幼馴染の体など幼少から見慣れているものだ、なんぞと余計なひと言を添えたために飛鳥が左手でバシバシ体を叩いてくる。


 「こういう時こそ!」「アイタッ!」「女の子扱い!」「い、痛いって飛鳥!」「するべきところなのに!」「き、傷に響くよっ!」「スカート捲りはしたくせに!」「それは僕とは無関係!」「デリカシーがない朔夜くんのおバカ!」「色々理不尽!」


 取り敢えず、ここまで喚けるのだから相棒は見た目以上に元気なようだ。

 叩かれた腕をさすり、朔夜は逸れた話題を戻すために話を切り出す。

 まずは羅刹丸と自分達の実力の差についてだ。ある程度の覚悟を持って相手に挑んだものの、敵は想像以上の強さを持つ。生半可な気持ちではまた返り討ちに遭うだけだろう。なにより羅刹丸は自分達の動きの先を読んで常に動いている。あれでは手も足も出ない。

 床に転がしているペンライトを拾い、顎に指を絡めて思案に耽る。どうすれば奴の動きを封じることができるのだろう。


「先を読んでいる、かぁ」


 セーラー服の上衣を器用にかぶり、袖に腕を通していた飛鳥が閃いたように口を開ける。

 それだと彼女は声音のトーンを上げ、羅刹丸は先を読んでいるのだと納得する。


「羅刹丸は高度な占術を使えるみたいだけど、きっと自身でも未来を予知する力を持っているんだと思う。所謂、予知能力ってやつかな。ほら、本人も未来を視通す千里眼があるとかなんとか言っていたじゃん? ……だから視えるんだよ、羅刹丸は私達の次の動きが」


 なるほど、朔夜は相槌を打つ。

 そう考えれば自分達の動きをことごとくねじ伏せた羅刹丸の素早さにも合点がいく。彼は視えているのか、自分達の未来の動きが。

 だとしたら厄介だ。先の先まで読んで行動しなければ羅刹丸を調伏どころか倒すことすら儘ならないではないか。とんだ曲者だと悪態を零してしまう。


 ふと朔夜は先程羅刹丸から感じた違和感を思い出した。

 飛鳥と鬼が対峙し、自分が妖の足を封じていたあの時――彼はイダテンのように速い足を封じられてもなお、飛鳥に視線を留めて放さなかった。文字通り釘づけで薙ぎ払う対象物だけをただただ見据えていた。紅の瞳孔が膨張と萎縮を繰り返し、飛鳥の姿を見据えていた鬼。

 そういえばバス停で占ってもらった時も、彼の相占いは対象物の瞳を覗き込んでいたっけ。瞳、もしや鬼は対象物の瞳を捉えることで未来を予知しているのか。

 導き出した結論を述べると飛鳥はそうだと強く頷いた。対峙した際、鬼は異様に自分を見つめていた。それはきっと未来を予知するための対象物の瞳を覗き込んでいたからだ。

 つまり、鬼の強みは未来を視通せる千里眼とも呼ぶべき“目”。並行して弱点も“目”なのだ。


「朔夜くん。相手の視界さえ奪ってしまえば、羅刹丸の力も半減するよ。それを狙おう」


 言わずもそれは分かっている。問題はどうやって相手の視界を奪うかである。

 当然のことながら羅刹丸は自分の弱点に気付いており、そこを死守してくることだろう。自分達が相手の弱点に気付いたとなれば、容易に隙を見せてくれないだろうし。


 朔夜は二人分の持ち物を調べてみる。

 今持っている物と言えば、ペンライトが二本、手鏡が二枚、魔除けの塩と清め酒(残り一人分)、飛鳥がコンビニで買ったチョコと飴玉。それから飛鳥の母が託してくれた護身呪符残り二枚に携帯電話。自分達の持つ法具くらいなもの。

 これで羅刹丸の弱点を突くことが果たしてできるのだろうか。朔夜は吐息をつき、携帯電話で時間を確認する。PM10:05と表記されたディスプレイが顔を出した。御崎ヶ丘一丁目に来て既に三時間が経過している。


「飛鳥。エネルギー補給をしておきなよ」


 怪我人に少しでも回復してやれる手立てとして、糖分を摂取するよう切り分けられたブロックチョコをひとつ差し出す。

 ありがとう。嬉しそうに笑みを零す彼女はそれを口に放りながら周囲をぐるっと見渡し、此処は狭くて何もない部屋だね、と感想を述べる。「修行僧の座禅部屋だったんじゃないかな?」ペンライトがなければ、視界すら儘らない場所だと苦笑を零す。板張りの小部屋には窓すらない。月や星明かりがある外界の方がまだ明るいのではないだろうか。手に持つ携帯の光が本当に眩しく思える。


 「あ」朔夜は持っていた携帯を見つめた。羅刹丸の目を封じることができるかもしれない。


 こつ、こつ、こつ、回廊から足音が聞こえた。

 身を竦めた二人は羅刹丸が自分達を探しに来たのだと生唾を呑む。狡賢い鬼は自分達が寺院内に逃げたことを容易に察したに違いない。錫杖を突きながら回廊を徘徊している。

 今は結界で気配を消しているが、時間が経てばすぐにばれるだろう。朔夜は一か八かの賭けだと携帯を握り、怪我人の飛鳥と行動を開始する。



 まず出入り口にありったけのチョコや飴玉をばら撒く。狭い出入り口だ。一面に敷いておけば必ず踏むだろう。簡単な警報装置のできあがりだ。

 次に各々自身に護身呪符を貼ると、怪我人である飛鳥は携帯を片手に出入り口の右へ。朔夜は片手に魔除けの塩を片手に左へ立つ。片膝を折ると、表に貼られている呪符の効果が切れるまでひたすら待つ。徘徊する足音には恐怖を抱くが、此方とて黙って胆を取られるわけにはいかない。この戦には己の生死が懸っているのだから。

 息を殺して辛抱強く待つこと数分。足音が扉の前で止まった。警戒心を募らせているのか、なかなか扉が開かない。


 ようやく扉が開く。鬼の草鞋が菓子を踏んだ。音により妖は下を向く。

 すかさず飛鳥が鬼の顔目掛けて携帯のライトを当てる。一瞬の眩みを覚えた羅刹丸に隙ができた。そこに朔夜が追い撃ちをかける。持っていた魔除けの塩を勢いのまま顔面にぶつけた。大きく飛躍して回廊に避難した羅刹丸は顔を振り、それがどうしたと言わんばかりにすぐさま態勢を立て直す。

 鬼が持っていた錫杖を構える。応戦するべく朔夜は小部屋を飛び出し、鬼に向かって数珠を撒いた右の手を振り下ろす。難なく避ける鬼だが違和感を覚えたようだ。ワンテンポ遅く朔夜の攻撃を回避する。そして聡い鬼は気付いたのだろう。自分達の目論見を。


 忌々しそうに睨みを飛ばしてくる羅刹丸に口角を持ち上げると、朔夜は今度こそ反攻するために数珠に念を送り始める。

 一直線上の回廊には幾度も回避するだけの幅はなく、反攻する側の朔夜達にとって好都合な環境だった。「妖金鎖」人差し指と中指を立て、鬼の足元に念の鎖を召喚する。蛇がとぐろを巻くように鎖は絶妙な動きで羅刹丸の片足を捕えようとする。鬼が錫杖の柄頭を使って弾いたところを、朔夜の背後で構えていた飛鳥が呪符を投げた。霊力が急速に膨張すると札は一気に発火、爆発する。

 回避しようのない幅は幾分、鬼にダメージを与えたようだ。朔夜は立ち昇る燻煙に飛び込む。思わぬ攻撃に体を軽く折っている鬼を見つけるや否や、懐に潜り込んで急所であろう鳩尾に拳を入れた。さっきのお返しだ。


 それだけでは気が済まない。

 胸部に肘鉄を入れると、飛び蹴りで相手の身を伸す。

 態勢を崩す羅刹丸が錫杖を構えようとすると、「天地陽明」それを蹴り、「四海常闇」両手で数珠を大きく開いて、「満天下陽炎の如く成りけれ」暗紫に発光する法具を鬼に向ける。


「さすれど翳と化す妖在り。即ち祓除の鎖とつかさん。妖縄妖縛!」


 詞に反応した法具が見る見る珠の数を増やす。

 連なる珠が増えることにより、数珠は二倍も三倍も長くのびた。「行け!」主の命により、数珠は宙を裂くように鬼の胴に巻き付く。相手が対応する前に数珠をしっかりと握り締め迸る霊力を注いだ。これを浴びる妖は感電するような気分を味わう。羅刹丸も例外ではない。

 小さな呻き声を合図に、「人間を舐めるな!」数珠を引き、あらんばかりの力を込めて拘束した妖の向こうの回廊に投げる。壁に叩きつけるつもりで相手を投げたのだが、軌道が逸れたようだ。鬼の体は壁ではなく扉を破って、先程いた小部屋の向こうへと消えてしまう。


 舌を鳴らして数珠を手中に戻す。

 怪我人を守るために飛鳥の前に出て、羅刹丸の出方を窺う。奇襲を得意とする鬼だ。どのように出てくるか分からない。


 しかし、意外なことに体勢を立て直した羅刹丸は小部屋を飛び出すと、二人とは反対側の回廊へ駆けてしまった。


 羅刹丸は視界のひらけた場所を戦場にしたかったようだ。

 急いで後を追い駆けるものの、妖は仏像が飾られている本堂で足を止めて自分達を待ち構える。闇ばかりが支配している本堂内の中央に立つ羅刹丸は、軽く目をこすり、「してやられたわ。こんな小細工を仕込むとは」対向する朔夜と飛鳥を睨む。


 朔夜は厭味ったらしく笑ってやった。

 闇夜に慣れた眼に強い光を当てれば、当然目は眩む。並行してしばし視界がぼやける。そこに妖の苦手とする魔除けの塩を顔面に投げてやったのだ。羅刹丸の視界は二重、三重にぶれているに違いない。

 更に自身に護身の呪符を貼っている。元々結界を貼るための呪符ゆえ、これを貼ったところで姿を消すことはできない。が、気配くらいは消すことができる。未来を視とおせる鬼にとって気配を消されては、対象物の瞳も見ることができず動きを察知する力が半減するだろう。

 動きを予知されなければ此方のもの。とはいえ羅刹丸の目の回復、呪符の効果によるタイムリミットがある。これは鬼に勝つための苦肉の策であり、一か八かの賭けだった。


「さっさと調伏してやるから、そこでジッとしていろよ。一思いにやってやるから」


 じゃら、じゃら、数珠を鳴らして羅刹丸に歩幅ひとつ分歩む。

 「戯言を」まだ余裕があるのか、妖はやれるものならやってみろと細い笑みを浮かべて錫杖で床を突いた。

 本堂内の四方八方、闇夜から無数の赤い点が現れ、自分達に殺意のこもった視線を送ってくる。見ずとも分かる。赤い点の正体は“目”であり、向けられる殺気はすべて邪鬼だ。この期に及んで応援を呼ぶとは卑怯な。

 憶測だがきっと羅刹丸は自分達にタイムリミットがあることを見越している。邪鬼はそのための時間稼ぎなのだろう。


 数の多い邪鬼を一瞥、「飛鳥。やれるかい?」頼れる相棒に雑魚を任せたいと願い申し出る。

 「言うと思ったよ」相棒は苦笑した。どちらにせよ、利き肩を負傷している自分では羅刹丸と互角には渡り合えないだろう。飛鳥は雑魚の始末は自分がすると言い、朔夜は大将だけに集中するよう促す。もしもの時は自分が呪符で援護する、彼女は意気揚々と一笑した。

 無数の雑魚に敗北する気すら起きないのだろう。さすがはかけがえのない“相棒”だ。幼少から共に修行をしてきただけある。


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