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<十七>星回りの羅刹丸(参)



 並木道ならぬ並墓道を猪突猛進していた朔夜は誓う。



 あの妖の亡骸は自分達の手で埋葬しよう。行き場のない同族に手を合わせてくれた妖の亡骸は自分達の手で。嗚呼、あの妖が殺されなければならなかったのだろう。羅刹丸にとって河童は同族であろう。なのにどうして。

 混乱と憤りが脳内で花火のように散っては消え、また花火のように散っては消えていく。

 目前に柳の枝が現れると数珠を撒いた右の手で払い、柳の枝が土を盛り上げているとそれを飛び越えて、目的地を目指す。二人の足を止める術など何処にもない。


「朔夜くん。あれ!」


 飛鳥が前方を指さした。

 暗いくらい道中、歪みの激しい道のりを照らすように天から明かりが差す。


 顔を上げれば鬼火達が若い妖祓を誘導するように列をなしていた。少しでも早く目的地に着けるように。

 番人の仇を討って欲しいと懇願し、自分達に“視界”をくれているのかもしれない。ならば任せて欲しい、やられた相手が幾ら妖であろうと此方にも人情はある。必ず鬼を祓ってみせよう。


 月も星明りもない空の下、二人の前に廃れた寺院が見えた。

 苔だらけの石段に、歪んだ段差。腐れかけた山門。倒れそうな柳。見るからに廃墟だ。

 二段越しに石段を駆けのぼると石畳の参道。奥には朽ちてしまった本堂。側らには鐘楼(しょうろう)が建っており、錆びれた鐘が侘しく夜風に吹かれている。そして本堂の前には袈裟を身に纏った人の良さそうな青年、袈裟を身に纏った坊主が錫杖を片手に自分達を待ち構えていた。



 東雲千景――星回りの羅刹丸だ。



 彼は此方の姿を捉えるや否や、二人を導いた鬼火達に向かって錫杖を振る。

 逃げる間もなく彼等は錫杖から生まれた刃の風の餌食となり、掻き消えてしまった。身を散り散りにされてしまった鬼火達はきっと再生することもできず、消滅する他ないのだろう。


「よくぞ参った」


 懇切丁寧な挨拶を一蹴し、朔夜は数珠に霊力を溜めて妖に直進。構えを取る妖から自分を守るため、飛鳥が指に挟んでいた呪符を放った。

 風に乗って呪符が朔夜よりも先に標的に辿り着く。錫杖で器用に呪符を薙いだ羅刹丸の懐に入ると、「散!」掛け声ともに数珠に蓄積していた霊力を解放した。珠一粒一粒に溜められていた霊力は四方八方に飛び散り、妖の身を調伏するための刃と化す。

 霊力の刃を錫杖で弾いた妖は人間ではあり得ないであろう脚力で夜の空に舞い、宙を返って朔夜達と距離を置く。「せっかちな小僧達だ」愛想のよい笑みが剥がれ落ち、皮肉が似合いそうな冷徹な面持ちが自分達を見下した。


「羅刹丸っ、お前」


 殺気立つ朔夜に、どこ吹く風でどうしたと尋ねてくる妖は非常に小憎たらしい。

 何故自分が腹を立てているか、容易に見当がついているだろうに。

 今すぐにでも祓ってやりたい気持ちを必死に噛み殺し、朔夜は肩を並べてくる飛鳥と共に星回りの羅刹丸と呼ばれた鬼と対峙する。意気揚々と錫杖の先端を向けてくる妖は口角を持ち上げ、ようやくここまで辿り着いたこと、待ちくたびれていたことを口にした。

 次いで、此方の怒りを煽るように聞くのだ。余興は楽しめたか、と。


 脳裏を巡り巡るのは毒を盛られた力なき幼馴染の利用。邪鬼達による人間の傀儡に凶暴化した同族の暴動。そして真新しい記憶に刻まれた番人の無念。あれが余興だというのか。迷惑極まりないあの出来事達が自分達を愉しませる余興とでも? そうだとしたらとんだ茶番だ。鬼は単に妖祓の肉を狙っただけでなく、無関係の者達を次々に傷付けたのだ。自分達の憤怒を愉しむための余興だというのならば笑止千万である。


「何故あの此処の番人を。お前の同族だろう?」


 感情を押し殺し、朔夜は質問を投げかける。

 人間の自分達は別として、墓場の番人はこの騒動とは無関係者であり人畜無害の妖。自分達の味方でもなければ、敵意を見せていたわけでもない。墓を守る番人として職をまっとうしていただけだ。殺す必要など何処にもなかった筈なのだ。

 それなのに星回りの羅刹丸は無慈悲に手を掛けた。同族というべき此処の番人を。それは何故だと朔夜は詰問する。

 口調を強める若き妖祓を嘲笑うように鬼は言う。「奴は妖としてあるまじき行為をしていた」結果的に天誅が下ったのだと一笑、すべては星の回り合わせだったのだと肩を竦める。


「あやつは相容れぬ人間を肩入れした。理由はそれだけのこと」


 行き場のない人間達の骨を埋葬し、長年管理していた。それだけの理由であの番人は瞬く間に命の灯火を掻き消されたというのか。

 怒りにわななく相棒は「どうして?!」悪いことなどしていないではないかと喝破した。あの妖は人情を持って人間を埋葬していた。例え相容れない存在と分かっていようと、誰も参ってくれない人間に同情し情けを掛けた。それだけのことではないか。命を奪われる意味など何処にも無いと飛鳥は悔しそうに唇を噛み締めた。

 すると鬼はそれこそが重罪なのだと錫杖の柄頭で地を叩く。しゃんしゃん、錫杖が音を奏でた。


「妖と人は相容れぬ。それは古来より伝えられた関係であり、揺るがぬ平行線。下等な人に肩入れするなど妖として言語道断よ」


 妖の口調はつとめて古風で(おもんばか)りの空気を纏っている。

 それを一蹴するように朔夜は鬼を鼻で笑い、「少なくともお前よりかは優等だったよ」目いっぱい毒づいてやった。どうもこの妖は目線高く物事をほざく生き物のようだ。まるで自分の意が正当だと言わんばかりの態度、胸糞悪いったらありゃしない。


 そんな自分を優等だと思っている鬼に聞きたい。

 此処まで手を込んだ芸当を仕込むことで何を得たいのだ? 妖祓の肉が欲しいならば実力で奪えば良い。それを妖や人を巻き込んで自分達を此処まで誘い込んだ理由はあるのだろうか? 是非とも理由を聞きたい。

 「奇策を仕掛けないと僕等に勝てない自信でも?」皮肉を浴びせてやると、「余には未来が視える」貴様等の敗北する姿は手に取るように分かる鬼はせせら笑う。己の持つ“目”と英知ある占術で視えない未来などない。ゆえに若き妖祓の胆を手に入れることは容易。


 しかし簡単に手に入る力など面白味も何もない。苦労して手に入れてこそ、力は意味がある。

 なにより、自分の進み道には“いわく”の運命がついているのだ。細心の注意を払って入手しなければ、自分の輝かしい運命が穢れてしまうと羅刹丸は錫杖を握りなおした。


「餓鬼共。貴様等は余の道を塞ぐ障害であり、余の糧となるべき存在。その体内に流るる力は然るべき者の手に委ねるべきであろう」


「お前は一々言い方がクドイんだよ。要約するとあれかい? 妖を祓う人間の存在は邪魔だけど、体内に流れている霊力の塊は欲しいって?」


 ご名答だと羅刹丸。

 袈裟の袖を夜風に靡かせると天を仰ぎ、「余は妖のため未来のために頂点に立つ」それが星の導きであり、運命なのだと語る。自分もそれを臨んでいるため異論はない。必ずや妖を統べる覇者となるのだと信じて疑わない。

 だが未来は蜃気楼のように不安定で揺らぐもの。少しでもずれが生じれば未来は一変してしまう。


 そう、だから羅刹丸は未来を揺るがぬものにするために邪魔立てする者は排除し、力の糧となるものはすべてものにしようとしているのだ。未熟な手腕を持つ若い妖祓を狙ったのも、確実に力を得るため。

 そのために朔夜と飛鳥は羅刹丸に狙われた。若く未熟な新人妖祓であるがゆえに。二人にとって傲慢且つくだらない理由なことこの上ない。


「細心の注意にしては悪趣味すぎるよ……貴方の言い分は独りよがり。ショウくんに毒を盛る必要もないし、人間達を操る理由もないし、貴方の同族を殺す理由にも当てはまらないもの! 特にショウくんは私達の大切な幼馴染っ、よくも彼をっ」


 ふざけた理由にしか聞こえないと飛鳥が新たな呪符を両指に挟んだ。

 不敵に笑う鬼の眼は徐々に変化していく。白い肌は一層青白く変色。白目の部分は黒に染まり、瞳は紅に染まっていく。頭部の左右に鋭利ある角を生えさせ、同じように尖った長い舌を出して鬼は返事した。


「ひとつ貴様等に助言してやろう。あの小僧、あれは貴様等にとって“凶星”でしかないぞよ。それこそあの時“死”を与えてやれば良かったと思うほどに」


 生きとし生ける者は星の運命の下、ある程度生きる道が定められている。

 どのような環境に放られようと星はその者の運命を決め、それに導こうと(いざな)うのだ。


「あやつは末恐ろしい“星”を持つ」


 己の占術は未来を予知する千里眼、生ける者の運命の全体像を視通すことができる。

 占術で様々な者の運命の全体像を視てきたが、あれほど凶悪な星を持つ人間も珍しいと羅刹丸は細い眉をそっと寄せた。否、凶悪な星にしているのは二人の傍にいるせいだと妖は此方を指さす。

 運命は他者によって左右される。あの少年の凶星は、まぎれもなく朔夜と飛鳥によって生み出されているのだと羅刹丸は切れ長の目を細めた。


「いずれ貴様等によって邪悪な星が生まれる。貴様等の手にすら負えない邪悪な星がのう」


 それがあの少年の運命であり、揺らぐことのない未来だと鬼は冷笑。

 二人はいずれあの時、見殺しておけば良かったと後悔することだろう。そう、己のせいで邪悪な星が生まれたことを嘆き悔いるのだ。

 「ほざけ」そろそろ黙れと吐き捨てる朔夜を無視し、鬼は語りを続ける。二人にとって逆鱗に触れるべき語りを。


「余にとっても奴は計算外の男じゃった。心を制御したと同時に、邪鬼に小僧を哀れな自決を演出するよう命じておったというのに。目の前で幼馴染とやらが死ねば、貴様等がどのような顔をするか。毒を盛られた人間を救えもせず、さぞ見物な顔になったろうのう」


 向かい風だった夜の風の流れが、背を押す追い風となる。

 それが走り出す合図だった。これ以上、妖の語りを聞いていると鼓膜が腐敗しそうだったのだ。

 先陣を切ったのは飛鳥だった。羅刹丸に向かって直進し、両手に挟んだ呪符を追い風に乗せて放つ。十枚もの呪符は纏っている飛鳥の霊力により急速に膨張、妖を至近距離で捉えると勢いよく爆ぜた。

 爆発により生まれる煙幕。鬼の姿が掻き消えた。


 しかし妖気は手に取るように分かる。

 朔夜はその場で数珠を揺すり、「天地陽明」珠一粒一粒に霊力を蓄積。「四海常闇」術を発動させるための詞を唱え、「満天下陽炎の如く成りけれ」それを具体化させる。

 右の手に纏っている数珠がすべて暗紫に変色すると、宙を切り、それを翳した。


「祓除の刃、即ち業火の制裁。霧散霧消!」


 数珠を絡ませた右の手から光が放たれる。

 暗紫に発光していた光は宙に放出された瞬間、闇を掻き消すような強い光を生み、目の眩むような紅の光と生まれ変わった。

 矢の如く、鋭い紅い筋を描いて煙幕に向かう。未だに煙が立ち昇るそこを術が貫通するものの手ごたえの無さを感じ、「避けたか」朔夜は急いで数珠の持った右の手を引く。


 大抵、目前に煙幕が立ち昇った場合、相手は高確率で視界を得ようと一つの逃げ道に飛び込むもの。

 「空だな」迷うことなく天を仰いだ朔夜は飛躍して術を回避した妖を見つけると、素早く飛鳥の名を口にする。相棒は分かっていると言わんばかりに、新たな呪符を取り出すと十枚すべてを空に放つ。錫杖を構えた羅刹丸がそれを叩き落としているようだが無駄な努力だ。


 飛鳥の呪符は攻撃力こそ低いものの、朔夜の持つ数珠と違い、飛び道具や身を守る護身、妖の拘束など用途が多岐に渡る。霊力を呪符に蓄積することによって多少の制御も可能なのだ。

 叩き落とそうとする素振りを見せようものなら、彼女が手早く霊力を膨張させて呪符ごと爆ぜさせてしまう。呪符を駆使した術は楢崎家ならではだ。

 和泉家のように攻撃重視の型ではないため、此方に足りない部分はすべて楢崎家の手腕を頼る。代々そうやって和泉家と楢崎家は妖祓の相棒として繋がり、支え合ってきた。


「無駄だよ。私の呪符から逃れられない」


 霊力を膨張させようと飛鳥が握り拳を作った、刹那。

 彼女の動きを上回る速さで羅刹丸が錫杖を振るう。暴風をも起こす一振りと瞬きすら許さない素早い動き。錫杖が呪符を薙ぎ払うと同時に飛鳥が術を発動させた。


 するとどうだろう、暴風と共に跳ね返った呪符がすべて飛鳥に向かう。

 急速に霊力が膨張した呪符は主に従い破裂。術者を巻き込んで爆発してしまう。相棒の微かな悲鳴が聞こえたが、それすら爆音に掻き消されてしまい、彼女の安否が分からない。


 血相を変えた朔夜が相棒の下に向かおうとするが、参道に着地した羅刹丸が有無言わせずに飛び込んでくるため安否を確認することが許されない。

 錫杖に対して数珠を撒いた右の手で応戦するものの、鬼の棒術は巧みで回避することで手いっぱいだ。どうにかして相手に一撃を食らわせてやりたいが、向こうの方が遥かに上手(うわて)。霊気を溜めようと数珠に力を籠めようとすれば、その手を狙い、集中力を霧散させてくる。

 未だ鬼は妖術も何も使っていない。体一つで妖祓と張り合っている。体一つで。

 狡い手ばかり使うので、本人の力自体は弱いと高を括っていたのだがそれは見当違いだったようだ。


(くそっ、速い。なんて速い動きをしてくるんだ)


 鬼の錫杖を右に左に体を反らし、紙一重に避けて攻撃を流す。

 鋭い眼で標的を捉える鬼は一切合財視線を逸らすことなく、朔夜の動きを封じようと狙いを定めた。不気味なほど自分を見据えてくる鬼の眼、手さばきは一段と速くなり、避ける行為がより一層難しくなる。まるで此方の動きをすべて読んでいるように避ける地点に錫杖を構え、一振りをかましてくるものだから堪ったものではない。反撃の余裕すら向こうは許してくれない。

 「遅いぞよ」羅刹丸が錫杖の柄頭を地に突き刺す。そこには朔夜の左のスニーカーがあり、柄頭が地に突き刺さることはなかった。足を引こうとしていた朔夜の体は柄頭によってバランスを崩し、右に傾いてしまう。


 しまった――思う間もなく鳩尾に敵の膝小僧が入った。呼吸の仕方すら忘れる痛烈な一撃、悲鳴も言葉も判断力も念頭から消えてしまう。激痛のせいで世界から音さえ消えてしまった。



「さ、朔夜くん……」



 ようやく鼓膜に飛び込んできた音は相棒のかすれた声。

 本堂側に向かって横っ腹を蹴り飛ばされたのだと理解するまでに回復した朔夜は、いつの間にか倒れていた体を起こそうと肘を立てるものの力が入らない。鬼の一蹴りが急所に入ったせいで、呼吸が苦しいのだ。

 それでもどうにか落ちていた眼鏡を拾い、ぼやけた視界を取り戻す。

 嘔吐きたくなるような痛みに咽ていると「弱いものよ」妖祓とはそんなにも弱い職なのか、問いが頭上から聞こえてくる。

 同時に柄頭が痛む腹部を容赦なく突いてきた。なけなしのプライドを掻き集め、どうにか悲鳴を嚥下すると朔夜は見下してくる鬼に向かって虚勢を張った。


「後で……ほえ面……かかせてやる」


 今はお前に華を持たせているだけだと言い、乾いた唇の端を舐める。

 可愛くない餓鬼だと嘲笑する鬼は気味の悪い目玉をきょろっと動かし、錫杖に自重をかけて意図的に重くする。それにより朔夜の漏らす呻き声が多くなった。

 物は先端の面積が狭いほど鋭利となる。

 例えそれがそこら辺に転がる棒切れだろうと、力の加減によっては身を貫く。ましてや力を掛けているのが妖だ。下手をすれば腹部を貫かれる。


 決して自分の身を逃がさない鬼を睨むと、「苦しいじゃろうな」羅刹丸が小ばかにしたように鼻で笑った。


 人間の身など脆い。それは霊力を持っても同じこと。

 人間とは下等で弱小の種族なのだとせせら笑い、隙を見て数珠に霊力を集めようとする朔夜の右の手を同じ側の足で踏む。錫杖をそのままに、足で右手を踏みにじる鬼。朔夜はくそっ、と相手に毒づく。今できる精一杯の抵抗だった。

 「小賢しいな手じゃのう」ばっさりと斬り落としてしまおうか。自分が欲しいのは妖祓の胆それだけなのだから。羅刹丸が細く微笑む。

 冗談じゃない。何が悲しくて人に胆を分け与えなければならないのだ。鬼の都合で生死を揺さぶられるなど真っ平御免だ。身を捩り、どうにか反撃を見出そうとする。

 しかし右の手は踏みにじられ、腹部は錫杖の柄頭が捉えている。思うように動けない。


「これほど実力の差を見せつけても、絶望にはまだ遠いか」


 絶望しているのならば、一思いに殺してやっても良かったのに。

 しごく残念そうに眉を下げる羅刹丸に唾を吐きかけたくなった。誰が絶望するものか。これくらいで絶望するほど自分“達”もヤワではないのだ。

 シニカルに笑う朔夜の瞳に月夜と、瞬く星と、プリーツを靡かせ羅刹丸の背後を音なく取る飛鳥が映った。射抜くような眼光を向け鬼に呪符を構える飛鳥。それに対抗するために羅刹丸が錫杖を持ち上げた。腹部が軽くなると共に朔夜は寝返りを打って、自分の手を踏みつけている鬼の足を左手で掴んで動きを封じる。


 同刻で飛鳥の呪符と羅刹丸の錫杖が衝突し、霊力と霊気の火花が散った。

 足を封じられても鬼の視線は飛鳥に釘づけだ。それどころか、薙ぎ払う対象物だけを見据えていた。羅刹丸の紅の瞳孔が膨張と萎縮を繰り返している。足元になんぞ眼中がないようである。


 違和感を覚える朔夜を他所に羅刹丸が錫杖を宙で切った。それによって生み出される刃の風は飛鳥のセーラー服のスカートを切り裂く。

 構うことなく飛鳥は右の手、左の手と交互に持っていた呪符を投げる。「封印の呪符か」先程の術とは異なることを察知し、羅刹丸は朔夜の身を蹴って飛躍した。それによりダメージを受けるも晴れて自由の身となった朔夜は両手で地を叩き、身を起こして飛鳥と共に反攻を開始する。

 一足先に羅刹丸の懐に入ろうと躍起になる相棒は、妖気を纏った錫杖を呪符で受け止めては受け流し隙を窺っていた。飛鳥を女だと思って甘く見ていると痛い目に遭うことだろう。彼女の柔術は男を伸してしまう腕前なのだから。そして朔夜もまたそれは同じことが言える。


 前方を取っている相棒とは反対側を受け持ち、朔夜は数珠を持った右の手で鬼の身に打撃を与えるために拳を振り下ろす。

 背後を一瞥してきた鬼が錫杖を胴回りで回して攻撃を回避した。忌まわしい錫杖を奪うために柄を掴もうとすると、それを阻止するように羅刹丸は錫杖を天高く真上に投げてしまう。袈裟の袖で突っ込んでくる自分達の身を受け流すと、朔夜の右腕、飛鳥の左腕を掴んで持ち前の怪力を発揮。錫杖と同じように軽々と二人の身を真上に投げた。

 瞠目する二人の後を追い、地を蹴って飛躍する鬼はこれほど弱いとは思わなかったと嫌味を吐いて交互に妖祓の背を蹴り落とす。

 無残にも参道の石畳に叩きつけられる朔夜と飛鳥を余所に、錫杖を掴んで優美に着地する羅刹丸はこれが人間と妖の実力の差だと鼻を鳴らす。霊力を持ったところで所詮人間は人間、下等な生き物は下等にしか過ぎないのだと嘲笑う。


「もっと戯れてもみたかったのじゃが」


 ここまで弱いと戯れる気にすらなれない。

 羅刹丸は目的を果たすことにすると告げ、傍らに転がっていた飛鳥に歩むと胸元を掴んで易々と持ち上げる。まだ衝撃の余韻で動けない相棒を必死で呼んで抵抗するよう促すのだが、呻いている彼女の反応は薄い。


「くそっ」


 強い打撃を受け、身が思うように動けない。朔夜は早く動けと己の体を叱咤した。

 余所見をしていたほんの瞬きの間、甲高い悲鳴が寺院の夜空を満たしたことにより朔夜の視線が戻る。

 「飛鳥!」相棒の名を口ずさんだ朔夜はめぐりめぐる血液がすべて凍ってしまうような恐怖と衝撃に襲われた。鬼の鋭利ある長い爪が飛鳥の右肩付け根を貫いていたのだ。激痛のあまりに痙攣する獲物を細く笑い、鬼は手の甲から腕に渡って伝う滴る鮮血を舌で舐めた。霊力の宿った血は極上だと感想を述べている。


「霊力を持った貴様等は、こうして妖の糧となるために生まれたようなものよのう」


 弱者でありながら、ある意味凡人の人間よりかは優秀だと羅刹丸は皮肉を零した。

 朔夜は言葉を失ってしまう。はくはくと切れ切れに呼吸をし、生理的な涙を流す飛鳥の悲痛な面持ち。勝利に酔いしれている鬼。身勝手な戯言。すべてが夢のように思えた。

 何が妖の糧だろうか、朔夜は内なるところで何かが切れる。体の痛みも、傷付く恐怖も忘れ、朔夜はさめざめとした殺意を抱いて鬼に向かって走る。


 爪を引き抜く羅刹丸が左の手で飛鳥を持ったまま錫杖を構えた。

 目を細め、素早く背後に回ろうと地を蹴る。読んでいたかのように振り返って来る羅刹丸だが朔夜の方がコンマ単位で速かった。数珠を巻き付けた右の手を鬼の横っ腹に入れると、「散ッ!」瞬く間に数珠に霊力を溜め、それを放出させる。


 相手の余裕が崩れ驚きの顔となるが目には入らない。

 獲物を持つ手が緩んだその隙を見て相棒の身を奪い返すと、飛鳥のスカートのポケットから呪符を取り出し、それに己の霊力を注ぐ。急速に膨張させたところで参道の石畳に叩きつけると呪符が発破した。煙幕を生み出すことで相手の視界を奪い逃げる隙を作る。

 朔夜は負傷した飛鳥を背負うと身を隠すところが多いであろう本堂に向かった。一刻も早く相棒の手当てをするために。悔しいが態勢を整えなければ、此方に勝ち目はない。

 何より、相棒の傷口を止血しなければ命が危ぶまれる。本堂を通って何処かで身を隠し、飛鳥の傷の手当てをしなければ。


「飛鳥。ごめん、すぐ手当てするから。頑張ってくれよ」


 震えそうな声を必死に抑えつつ、朔夜は煙幕の向こうにいるであろう鬼に背を向けて走る。自分の手腕の無さに下唇を噛みしめながら。


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