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<間>本当に執着しているのは



「南条。まーた拗ねているのかよ?」



 彼、南条(なんじょう) (かける)は授業合間の休み時間中、自分の席に上半身を預け、拗ねた顔を作ってスマホを親指でタッチしていた。


 ぶすくれた気持ちを抱いてゲームアプリのドラパズをプレイしている最中にクラスメイトから声を掛けられる。

 翔は視線だけ持ち上げた。そこには入学してから何かとつるんでいる悪友と称すべき男、米倉(よねくら) 聖司(せいじ)が愉快気に此方を見下ろしている。

 視線を戻してゲームに集中しようとするものの、「あいつ等にフラれたんだろう?」くつくと喉を鳴らすように笑い、米倉は机の上に尻を載せた。

 “あいつ等”とは彼等のことだろう。米倉は翔の気持ちを知っているため、それに対して揶揄を飛ばしてくる。ますます不機嫌になった翔を余所に、「あーあ。可哀相に」米倉は大袈裟に肩を竦めて諸手を挙げる。


「お前はこんなにも幼馴染達との時間を大切にするのに、あいつ等ときたらお前の誘いを三回に一回は断るんだもんな。お前の片恋相手なんて、いーっつも“朔夜くん!”だしさ。お前の気持ちもつくづく報われねぇな」


 まあ、南条も“幼馴染”達に構い過ぎで痛いけど。


 翔の機嫌など眼中にも入れない米倉は、ただただ面白半分に“幼馴染の気持ち”をからかってくる。

 「るっせぇよ!」ついにキレた翔が肘鉄を米倉の横っ腹にお見舞いするものの、行動を読んでいたようで彼は右の手の平で暴行を受け止めた。ケタケタと笑い、「しょーがねぇじゃんか」米倉は憤っている翔の首に腕を絡め、あいつ等も忙しいんだよ、と肩を竦める。

 幼馴染以外の時間だって過ごしたい多感な思春期だと教師口調に諭し、週末は空いているかと言葉を重ねた。日曜に他校の女子校と合コンをする予定なのだと米倉。気晴らしに来てみないかと翔を誘った。


 つまるところ、人数が足りずにメンバーをかき集めているらしい。

 まだ怒りの芯が残っていた翔だが、これ以上苛立ちを募らせても馬鹿を見るのは自分だと肩を落として嘆息。合コンには興味がないと片手を振って誘いを断る。不満の声を上げたのは米倉だった。


「お前が来たら絶対盛り上がるのに。南条の気が利く性格を女子にアピールしたら、ぜってぇモテるぞ!」


 「へいへい。あんがと」軽く受け流す翔に、「まじだって」机から飛び下りた米倉はお前の性格は女子受けするのだと熱弁。顔の好みは女子によって意見が分かれるだろうが、その性格は武器にして良いと米倉は大音声で主張した。

 合コンの人数集めに必死な悪友を白眼し、まったく取り合わない翔は廊下を一瞥。おもむろに腰を上げる。


 何処に行くのだと声を掛けてくる米倉を無視すると、教室の後ろ扉に足先を向けて扉を開けた。扉を挟んだ向こう側には学習委員を担っている女子が立っていた。クラス分のノートを持っていたために両手が塞がっていたのだ。

 わざわざ移動して扉を開けてくれたのだと気付いた女子がありがとうとはにかむ。翔は笑みを返し、「ご苦労さん」と声を掛けて自席に戻った。なんてことのない一連の動作だが、それを始終見ていた米倉の第一声がキザである。

 「はあ?」単に親切心を向けただけではないか。ノートを置いて扉を開けるなんて面倒だし。そう反論すると、「お前って損しているよな」まじ勿体ない。米倉が机上で頬杖をついた。


「幼馴染に執着していない性格を抜かせば、普通に彼女ができている得な性格なんだぜ。なんでお前に告白がこないと思う? お前があからさまに隣のクラスの楢崎のことが好きだって態度で示しているからだよ。楢崎を諦めれば、今頃薔薇色の高校生活を送れていただろうに。小悪魔の毒牙って怖いねぇ」


「あんまり飛鳥を悪く言うなって。これは俺が勝手に抱いている気持ちなんだから」


 既にばれている己の気持ちを弄られるのは、あんまり気分が宜しくない。

 話題を断つために言い返すものの、「出た。一途な南条くん」悪友は呆れ半分、面白半分に笑声を漏らした。その一途がなんて甘いのかしら、なんぞと鼻のかかったような甘い声で囁いてくるものだから翔はついつい米倉の弁慶を爪先で小突いた。ほっとけである。

 しかし翔にとって米倉は心を見せることのできる友人の一人。付き合いは短く、悪友というポジションで位置づけているが、馬はすこぶる合う男だ。

 表情を素に戻すと、「俺も悪い性格とは思っているんだ」つい思っていた気持ちを彼に吐露する。それは一途な性格のことではなく、幼馴染に対して執着する自分の性格についてだった。


「俺は昔から朔夜と飛鳥にべったりでさ。何かあれば、すぐ一緒にいたがって過ごしてきた。あいつ等に執着してばっかりなんだ。最近は誘っても断られるばかりで、その度に拗ねたり、落胆したり、無視してみたり。も、ガキな自分に嫌気が差すよ」


「まんまガキだっつーの。俺も幼馴染がいるけど、南条ほど執着してねぇし。第一高校まで一緒にするか?」


 仕方がないではないか、二人が此処の高校を受験すると言ったのだから。

 そのために猛勉強をしたほどだと翔は苦笑い。当時の自分の学力では此処の高校は受からなかったのだ。幼馴染達が行くと言ったから、だから努力した。米倉に過去を語ると、「引くレベルだぞ」彼も苦笑い。そこまでして一緒にいたいのか? と、問い掛けられる。

 「やっぱり?」「ああ、もうドン引き」そう言って互いに笑声を上げる。呼び鈴が鳴ったため、米倉が自分の席に戻った。


 話は後でまた聞いてやると手を挙げてくる彼に返事し、翔はスマホを急いで通学鞄に突っ込む。


(そう、なんだよな。引くレベルなんだよ。俺の朔夜と飛鳥に対する一緒にいたい気持ちは)


 先程拗ねていた気持ちも、今週末に遊べるかとLINEで送り、ものの三分で二人にフラれてしまった。たった三分で終わった誘いのやり取り。


 断る言い分は決まって塾、家庭教師があるから、である。そしてそれはドタキャンする時も一緒だ。

 本当は塾や家庭教師以外の用事があるのだろうと翔は察している。追究はしたことないが、なんとなく勘で気付いている。二人だって他に友人と遊んだり、約束を結んだり、家族と過ごす一日があったり。幼馴染以外の時間を過ごしたいことだろう。

 翔はそれを理解している。しているのだが、二人とは離れがたいし誘いは継続して行っている。

 だって自分は二人のことが大好きだから。米倉の言うように、ドン引くレベルに達するほど幼馴染達のことが好きなのだから困ったもの。執着している性格に何度親から呆れられたものか。


(けど、二人はそうじゃねえもんな)


 あっさり断りを入れ、ドタキャンを繰り返す二人に翔は寂しい気持ちを抱いた。飛鳥に引き続き、幼馴染達の関係にも片思いをしている気分だ。



 帰りのSHRが終わると、米倉が翔の下にやって来た。

 話の続きを聞いてくれる彼は所々引くだの、笑えないレベルだの、揶揄を飛ばして暗い空気を飛ばしてくれる。語り手にとっても楽になる“彼”なりの気遣いだった。

 彼と廊下に出た翔は、三つ奥の教室前で談笑している幼馴染達を見つける。否、それは談笑と呼び難い表情だった。

 何かしら声を掛けてみたいものだが、ああいう表情をしている彼等はあまり自分を話の輪に入れたがらない。長い付き合いだ。空気で容易に察することができる。

 翔は片隅で常に二人に疑問を抱いていた。“朔夜と飛鳥は自分に何か隠し事をしているのではないか?”と。


(直接聞いたことはない。でも、なんとなく感じるんだ。二人が何かを俺に隠しているんじゃないかって……隠し事も何もなく、何でも言える仲になりたいって言ってるのにな)


 自分だけが抱く一方的な願い、一方的な気持ち、一方的な望み。

 もしも二人が自分の前から消えてしまったどうなるのだろうか? 幼少から二人の後を追うように追い駆けてきた、その背がいなくなってしまったら。追い駆けるなと拒絶されてしまったら。いつか、そんな日を迎えそうな気がする。

 だから翔は二人に強く聞けずにいる。彼等の違和感を。自分に何か隠しているのではないかという、その疑問を。嗚呼、いつから自分は二人がいないとダメになってしまったんだっけ?


 軽く目を伏せ、頭部を掻いて吐息を零すと、隣に立っていた米倉が何を思ったのか、「南条。今日暇だろ?」ちょっと俺に付き合えと飛びつくように首に腕を絡めてくる。

 間の抜けた声を上げる翔を無視し、ファミレスに行かないかと米倉。

 どうせなら面子を集めようと教室にいる仲の良い生徒に声を掛け、男子は角川や磯部、女子は木下や的場を呼び出した。この面子で寄り道をしようと言ってくる米倉のペースに翔は完全に呑まれてしまった。


 彼の呼んだ面子は比較的、翔も親しくしている生徒である。

 教室で駄弁って談笑を楽しんでいた彼等を呼び寄せることで、自然と話の輪に入る。

 米倉を中心に他愛もないことで盛り上がり、集まった仲間は笑声を上げた。翔も笑声を上げ、ついつい調子に乗って語り手と組んで馬鹿をした。昇降口に移動する際も、集った彼等と馬鹿騒ぎをして廊下を喧騒にさせる。

 周囲の生徒達はやや迷惑そうな顔をしていたが、グループで動くとそれすら気に掛けないものだ。



「あ、ショウくん」



 一緒に帰ろうと手を振って来る飛鳥と、輪に入って来ることを待っている朔夜に気付けなかったのは米倉が忙しなく話を振って来るからだ。


 「南条と俺で文化祭のステージに出る予定なんだぜ。なあ?」「いま思いついただろそれ」「俺とお前の仲だろ! カマバンドするっつったじゃん!」「言ってねぇ! 誰得だよそれ」「バッカ。俺とお前の女装を待つ人間が目の前にいるぜ? 皆のためにパンチラサービスしたる」「きめぇ!」

 

 お前だけでしろよと、げらげら腹を抱える翔は気付かない。

 最後尾を歩いていた米倉が後ろを振り返り、幼馴染達に向かってあっかんべーと舌を出していたことを。「なっ、何あいつ」顔を引き攣らせる飛鳥に向かってシッシっと手を振っていたことを。呆けている朔夜にもザマーミロと挑発していたことを。

 「南条発進!」どこ吹く風で前方を向いた米倉が翔の背中に飛びつく。「重ぇんだけど!」文句垂れる翔だがしっかり悪友をおぶると、「加速装置発動!」と言ってダッシュ。大笑いのパレードだった。


 その日集った仲間達とファミレス、カラオケに行っていつまでも馬鹿をして盛り上がった。それだけでなく米倉は翌日も翔を誘い、別の仲間達と共に友人の家でゲームを楽しんだ。翌々日は米倉と二人でゲーセンに行き、UFOキャッチャーではしゃいだ。

 幼馴染達を忘れさせるための気遣い、そして元気づける行為だと理解していた翔は米倉に心底感謝する。彼の優しさによって持ち前の明るさが戻ったのだから。



「あ、そこにいるのは南条が大切にしている幼馴染さま達じゃないですかぁ」



 金曜の帰路でのこと。


 今日は自分の家に米倉を呼ぶ約束を取り付けていた翔は、彼と共に下校をしていた。

 その途中で幼馴染達と会う。基本的に朔夜と飛鳥は登下校を一緒にしている。家が近いからだ。自分はそれに付いたり、単独で帰ったり、とまちまちだ。二人の家と自分の家はちょっとだけ距離があるのだ。

 前方を歩いている二人を見つけた米倉はあくどい笑みを浮かべ、翔を置いてニタニタと彼等の前に回る。

 「らぶらぶですねぇ」見るからにまったく進展のない関係だ。ぷぷっと笑って相手をからかう米倉によって飛鳥の機嫌が悪くなった。翔は困った奴だと頭部を掻く。

 米倉と飛鳥は馬が合わないのだ。彼女から直接話を聞いているため、翔としては気まずいものである。


「なんで米倉くんが此処にいるの? 方角が違うでしょ」


 唸るように食い下がる飛鳥に対し、「今日も南条くんとおデートなの俺」米倉が鼻で笑う。

 「ショウ?」朔夜が振り返って来る。「よっ」微苦笑を零しながら、片手を挙げて歩調を上げた。


「米倉。一々二人に絡むなって。困ってるじゃんかよ」


「えー、俺はべつに困ったことなんてしてねぇぜ? ま、困っているなら余計に絡んで困らせてやるけど」


 調子づく米倉は飛鳥と朔夜に投げキッスを送って、片目でウィンク。

 あからさま引いている飛鳥と、引き攣り笑いを浮かべている朔夜にげらげらと笑い、「行こうぜ南条」お前の家に行くのは初めてだから楽しみだと米倉。アスファルトを蹴って先を進む。道など分からないくせに、おいておいでと手招きをして自分を急かしてくる。

 翔はそんな米倉に呆れたり、眦を和らげたり、頬を崩したり。本当に悪友には敵わない。付き合いこそ浅いが、彼のあの明るさには救われている。


「なーんーじょーぉー! 早く案内しろよ! 俺がお前の家に行けないだろ?!」


「偉そうに。わーったわーった、今行く。じゃあな、朔夜。飛鳥。また来週の月曜に会おうぜ」


 背後にいるであろう幼馴染達に手を振り、翔は小走りで米倉の後を追う。

 彼の隣に立つと、「とびっきりのエロ本があるんだろ? 期待しているぜ」脇腹に拳を入れてきた。「お前が献上してくれるんじゃねえの?」拳を返してはしゃぎ合う。

 出逢った人間の中で彼ほど共に馬鹿をできる人間はいない。良くも悪くも馬鹿ができる彼こそ、翔にとって“とびっきりの悪友”他ならなかった。幼馴染達とでは過ごせない時間を米倉はくれる。


 ふと翔は首を捻って後ろを一瞥。

 まだ足を止めて自分達を見送っている幼馴染達に気付き、つい足を止めそうになってしまった。どうしてそんなにも物寂しそうな顔をしているのだろう?


 心に引っ掛かるものを感じながらも翔は米倉に急かされ、家路を進む。

 彼と馬鹿騒ぎすることで引っ掛かるモノもすぐに消えてしまったのだが、夜にLINEのグループ“幼馴染”から連絡が来ることでそれは思い出される。

 中身を開いてメッセージを確認すると、朔夜が曜日の変更を求めていた。日曜は無理だが、別の日に遊べることは可能だという。釣られたように飛鳥も曜日の変更と遊べる日程を簡単に記してきた。


 断りだけの返事から、手の平を返したように曜日の変更が飛んでくるとは予想外だった。

 翔もそれは考えていたのだが、ドタキャンをされては敵わないと聞くことは遠慮していたのだ。自分から動けば、三回のうち一回はドタキャンをされかねない。


(またドタキャンを……するんじゃ)


 二人のことは大好きだが、ドタキャンされた時のむなしさは計り知れない。

 それならきっちり約束を守ってくれる米倉達と馬鹿騒ぎをして遊んだ方がマシなのだ。ドタキャン後の時間をどう潰そうか、毎度悩ましいのだから。

 しかし翔は思い出す。二人の物寂しそうな表情を。あれは保育園に置いて行かれた子どもが、仕事に向かう母親の背を見送るような顔だ。度々二人はそんな顔を作る。どうしてそんな顔を作るのかは分からない。ただ寂しそうなのだ。

 家で何か遭っているのかもしれない。彼等の家族関係は良好な方であるが、勉学面では鬼のように厳しいと聞いている。


「しゃーねぇな。計画を立ててやっか」


 つくづく幼馴染には甘いな、微苦笑を零してLINE上の会話の輪に入った。

 自分がメッセージを送ると数秒もせずに既読が二つ付く。此方の返事を待っていたようだ。簡単な返事やスタンプが送られてくる。

 ご機嫌になってしまった。こんなにも返事が早いと二人も自分と同じ気持ちを抱いているのではないかと思ってしまう。自分ほど、幼馴染に執着しなくとも心のどこかで思ってくれているのだと錯覚してしまいそうだ。

 来週の木曜日に遊びに行くことが決まり、翔はその日をとても心待ちにした。学校があるために、がっつり遊ぶことはできないが三人で過ごせる時間ができたのだ。嬉しくないわけがなかった。


 事を悪友に報告すると、米倉は意味深長に相槌を打ち、「執着しているのは南条だけじゃないわけか」独り言を漏らす。

 「え?」目を丸くする翔の存在を忘れたかのように、彼はこう言葉を重ねた。


「本当に厄介なのはあいつ等なのかもしれねぇ。南条はやっぱ性格で損している」


 米倉の言っている意味がよく分からなかった。

 頬を掻いて独り言をぼやいている彼の横顔を見つめていた翔だったが、廊下から朔夜の呼び声が聞こえたために席をはずした。米倉の独り言は翔の耳には届かない。



「お前の気の利く性格が、なにかと南条を頼る幼馴染達を放っておけないと思わせているんだよバーカ……ずりぃよな、お前の幼馴染達。そうやって南条をいつまでも縛っているんだから」





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