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<七>御崎ヶ丘一丁目の某アパート


 御崎ヶ丘一丁目。


 最寄りのバス停から約二十分掛けてその地を訪れた朔夜と飛鳥は、早速情報収集に精を出すことにした。暮夜のことである。

 日暮れに家を発ったため、見知らぬ地は視界が悪い。自己主張の激しい人工的な明かりや気弱な月明かりだけでは一帯に何があるのかを事細かに把握するのは難しく、顔のよく似たマンションやアパート、個人経営の店を見てもしっかりとした印象には残らない。

 帰り道は携帯を頼りにするとして、今は漂ってくる妖気を頼りに右へ左へ足を動かす。目指すは翔の話していた寺院、もとより彼と接した坊主だ。


 さて意中と二人きりになるチャンスを得た飛鳥だが、その面持ちは大変不機嫌だった。


 それもこれも出発前のやり取りのせいだ。

 膨れ面を作って朔夜と肩を並べる。隣から微かな嘆息が聞こえたが、聞かなかった振りをして口を曲げていた。


 だが相棒はすっかり仕事モードにスイッチを切り替えているようだ。

 飛鳥の機嫌には眼中がないらしく、忙しなく周囲に目を配って微弱の妖気を拾おうとしている。こうなれば最後、彼から折れることはない。飛鳥が折れなければ話は進まなくなる。


 惚れた弱みだと小さな苦言を漏らして、仕方がなしに仕事に加担する。闇雲に歩いても夜が更けるだけだ。


 飛鳥は足を止めて肩に掛けていたポーチから道具を取り出す。

 人がいないことを重々確認すると道の真ん中に四つの石を置いた。何処にでも転がっていそうな変哲な石だが、それらには各々青、白、紅、玄と色の名が彫り込まれている。これは方角の代名詞だ。順に東西南北を示している。

 中央に呪符を添え、飛鳥はその紙の真上に両手を翳す。

 微弱な妖気を頼りに主をサーチすることは飛鳥の得意分野のひとつなのだ。事件の主犯を見つけ出す力はないものの、この辺り一帯に漂う妖気の主を探すことくらい容易なのである。


「時、その邪に染められし刃を示し給え。邪、即ち我が祓の一光が天誅を下さん」


 ぼんやりと臙脂色に染まる呪符が“玄”の石と同色した。黒に染まる呪符は“北”を示している。

 微かに肌を叩く妖気の持ち主は北の方角にいると飛鳥は前方を指さす。「さすがだね」眼鏡のブリッジを押し、相棒は自分の仕事の腕前を称賛した。


「君の探索能力には恐れ入るよ。僕の探索能力より、遥かにサーチする範囲が広い」


 好きな人に褒められると損ねていた気持ちも霧散してしまうもの。

 単純だが、いつまでも不機嫌にいるよりは良いだろう。飛鳥は素直に笑顔を零すと石を拾い、足軽に北へ飛躍した。手招きをして彼に早く来るよう催促する。朔夜はおかしそうに一笑を零すと肩を竦めて歩調を速めた。


 こうして同じことを二度、三度、繰り返す。

 察知する妖気が幼馴染と接した妖だと断言することはできないが、今日の目的はあくまで情報収集。

 この地にいる妖と接することで何らかの情報が得られるかもしれない。飛鳥は呪符に念を送り、石が指し示す方角へ朔夜と足を向ける。見知らぬ地の住宅街は侘しく、どことなく不気味だった。それこそ“何か出そう”なほどに。此方は“何か”が出てくれた方が良いのだが。


 石の導きが止まる。

 必然的に足を止めることになった飛鳥と朔夜の前に一件の錆びれたアパートが現れる。

 見るからに年期の入った木造二階建てのアパートだ。郵便受けらしき金属の箱がコンクリート壁にくっ付いているのだが、そこには配布物が窮屈そうに身を寄せ合っている。誰も住んでいないのだろうか? 雨風に打たれて色あせてしまった配布物には悲壮感が纏っている。

 また出入り口であろう小さな鉄門は閉め切られ、ここしばらく開けられた様子がない。取っ手を掴んで前後に動かしてみたが、金属の擦る音が響くだけで開く気配がない。施錠がされているのかと思いきや、それは杞憂。

 どうやら飛鳥の力が弱かったようで、朔夜が力任せに取っ手を前後に動かすと格子の鉄門はゆっくり後退し、アパートへの道を開けた。


(ぶ、不気味だな)


 飛鳥は無意識に朔夜の方へ寄る。

 こういう場所には必ずと言っていいほど死霊が出るのだ。自分達は妖祓である。

 そのために妖という化け物を視ることが可能だ。並行して、人間の未練がましい霊も視ることができる。心霊スポットに足を運べば、大量の霊と出くわしては憑かれたり、具合を悪くしてしまったり、時に悪霊と化した霊を祓わなければならない。飛鳥は死霊を苦手としているため、できることならアパートに入りたくなかった。


 だがバス停から漂っていた微弱の妖気は此処から漏れているようだ。ひしひしと直に妖気を感じ取れる。

 法具が入っているポーチを握り締め、飛鳥は朔夜に視線を流す。「入ろうか」妖気にあからさまな嫌悪感を見せている朔夜は素っ気なく鼻を鳴らすと、先にアパートの敷地に足を踏み入れた。やはり入るようだ。無理だとは思っていたが、是非とも引き返したかったと飛鳥は心中で涙を呑まずにはいられない。


 死霊が出たら朔夜に祓ってもらおう。守ってもらおう。あわよくば親密度を上げよう。

 小さな下心を抱きながら朔夜の後を追う。ぴったりと彼の背中に張り付きながら、アパートの玄関へ。さすがに引き戸式の玄関には鍵が掛かっていた。


 しかし此処で諦めるには気が引ける。

 妖気は中から漏れてくるため、どうしてもアパートの中には入りたい。そこで二人は正面からの侵入を諦め、アパートの裏に回って中に入れる所がないか調べることにした。伸び放題の雑草を踏み分け、アパートの裏手に回る。中庭らしき切り開かれた場所にも、ぼうぼうと草が生えていた。草を踏む度に眠っていた虫が飛び起きる。

 その虫を払いながら、近場の窓に歩んでみる。カーテンすらされていない窓にも鍵が掛かっており、ガラスの向こうは闇ばかりが広がっていた。

 けれども大丈夫。妖祓の仕事ではよく闇に悩まされるため、常日頃ペンライトを所持している。ポーチからペンライトを取り出し、中を簡単に一望。見るところ、六畳ほどの小さな部屋と炊事場がある程度の狭い部屋のようだが。


 次の瞬間、施錠されている鍵が音もなく解除された。

 目を丸くして相棒に視線を流すと、「招いてくれているのかもね」だったら願ってもないことだと朔夜は冷笑を零し、窓を開けて難なく侵入してしまう。もう少し警戒心を持った方が良いと思うのだが、今の彼には坊主を追うことで頭が一杯なのだろう。困った相棒だと吐息をつき、飛鳥も後に続いた。


 土足で畳の上に立つ。

 その行為は非常識ではないかと脳裏をよぎるものの、塵埃まみれの一室で靴を脱ぐ気にはなれない。管理すら放置されたアパートなのだろう。一室をもう一度見渡した後、朔夜と廊下へ出てみる。狭い通路が顔を出した。

 ヒト一人がようやく通れるような狭い通路。右に行けば玄関のようだ。すりガラスの引き戸が肉眼で微かに捉えることができる。

 左に行けば、個室部屋が四つ。それから二階へ続く階段が一つ。内、個室の二つは異臭が漂う和式トイレと垢だらけの風呂だった。此処は共同生活用の下宿アパートのようだ。トイレと風呂は共同で使用し、少しでも家賃を安く済ませるアパートの造りとなっている。

 だが人の気配はない。もう此処には誰も住んでいないようだ。


「アパートの管理人は何をしているんだろうね? 此処は全然掃除もされていないみたい。タイツが汚れちゃうよ」


 埃っぽいアパートのせいで、お気に入りのタイツが汚れそうだと苦言する飛鳥。自分のタイツで廊下の表面を拭き、そこを綺麗にしているような錯覚さえ覚える。

 相棒は仕方がないよ、と苦笑いを返し、二階に行ってみようとペンライトで階段をさした。

 一階には誰も何もそれこそ化け物もいなかった。が、妖気は未だに感じる。きっと二階に自分達を招き入れた犯人がいるのだ。

 飛鳥は気乗りしないまま返事をし、朔夜と段の深い階段を一段一段のぼる。敵の罠に進んで飛び込んでいる錯覚を覚えるのだが、このままあれよあれよと進んで大丈夫だろうか? 飛鳥の不安は尽きない。


 二階にも個室部屋が見受けられる。

 全部で三つ。内、真ん中の部屋から禍々しい妖気が漏れていた。

 並行して音が聞こえてくる。音、いや歌のようだ。楽器に合わせて三つの歌声が二人の鼓膜を震動させる。アイコンタクトを取り、二人は持ち前の法具を右手に持つと部屋の前に立ち、朔夜がドアノブに手を掛けた。

 ゆっくりとノブを回して中を覗き込むように扉を開ける。『お手を拝借』『お手を拝借』『お手を拝借』一室の奥で三つの声が音頭を取っていた。


『あいや我等は喜怒哀楽に流されし与太者。同胞の皮を愛用として歌う者。下らぬ余興を楽しむ者』


『皮肉や皮肉。同胞の皮が最高の音を奏でる。それで歌を歌う我等は何者楽しむ者与太者』


『かつての同胞のためにも歌おうか。我等の哀しきも愛しき歌。聞く者は踊れや踊れ、日が身を焦がし、月が(むくろ)を照らし出すまで』


 糸の弾く音が三つ、音頭が三つ、そして妖の気配が三つ。

 朔夜がペンライトで向こうに光を当てると、男とも女とも取れぬ中性的な歌声が止む。

 目を凝らして窓辺の前に座る化け物の姿を確認、「お前等は」相棒が目を細める。そこには行儀よく足を折り畳んで藍の小袖に腕を通している化け物が三匹。三味線を抱えた化け物の容姿は、人間と視線が合った瞬間、大きな口をつり上げた。


『ようこそ。わっちの宴へ』


 右の化け物が口を開いた。

 姿かたちは人間であれど、その頭と顔は犬そのもの。種類は分からないが毛並みは柴犬を彷彿させる。


『あっし共のねぐらによくぞおいでまし』


 左の化け物が口を開いた。

 同じく姿かたちは人間であれど、その頭と顔は犬そのもの。此方は毛並みが全体的に黒い。


『このような場所までご足労頂き、えらい恐縮ですわ。しかしかて、わて達にとっては招かざるお客さんのように見えはりますが?』


 中央の化け物がくっくっくと喉を鳴らすように笑う。

 同上、同じく姿かたちは人間であれど、その頭と顔は動物そのもの。両脇にいる犬達とは違い、猫の容貌をしていた。日本猫だろうか。灰と黒の縞・白の毛並みが目を引く。


 彼等は“動物憑き”だろう。飛鳥は冷静に妖を分析した。

 動物憑きとは動物の霊が人に憑りつくことをさす。動物が化け物と化した妖狐や猫又とは違い、生霊、死霊となった動物の霊が人に憑りついて身を支配してしまうのだ。それにより憑かれた人間は異常な精神状態となる。

 勿論、動物の霊を祓ってしまえば、憑りつかれた人間は正常な精神を取り戻すことだろう。


 しかし“動物憑き”にも種類があり、長年その人間に憑くことによってその肉体すらも己のものにしてしまう。彼等はその類いなのだろう。

 人間の肉体を手に入れ、己のものにしたがゆえにその容貌が犬猫をしている。魂と肉体が同化した証拠だ。人間の魂はもはや欠片も残っていない。自分達と同じ二足歩行でありながら、顔が動物の顔をしている。見ているだけで気味が悪いものだ。飛鳥は朔夜の後ろに隠れながら渋面を作った。

 ふと猫の化け物と視線が合う。相手がジッと自分を見つめてきたため、飛鳥はこそこそと朔夜の背に顔を隠した。


『立ち話もなんやし、お座りになられてはどうですえ?』


 猫の化け物が右前足を前に出した。

 指示に従うことは癪だが、此処は相手の陣地。下手な真似は得策ではないだろう。

 目分、三歩ほど距離を置いて埃っぽい畳に腰を下ろす。依然、朔夜を盾にしている飛鳥を余所に、相棒の方は冷然と三匹を見つめ、皮肉を口にした。


「犬猫が三味線弾きだなんてどんな洒落だい?」


 すると猫の化け物、猫憑きの正八(せいはち)が声を上げて笑う。


『まったくどす』


 犬猫が三味線を弾くだなんて、それこそお笑い草。与太話も良いところだと正八はけらけら笑った。


 けれども、この道具を作ったのは人間ではないか。

 三味線の皮に動物の皮を使用するだなんて、嗚呼、極悪非道この上ない!


『自分達も猿に衣を着た動物でっしゃろうに。人間は奇妙な生き物どす』


 まあ、人間の知恵によって自分達は面白おかしく三味線を弾いているのだと正八。

 同胞のためにも歌っているのだと猫の化け物はニンマリ大きな口の端を持ち上げる。つられて、両脇にいる柴犬の毛並みを持つ犬憑きの右近(うこん)、同じく犬憑きの黒犬・左近(さこん)も笑みを浮かべた。憎々しい厭な笑いだ。


『あんさん方は何をしに此処へ? 土足で家に上がり込むなんて非礼な人達ですわ』


 質問者のバトンが代わる。

 毒を含んだ疑問を口にする正八は自分達の宴に参加してくれるのかと首を傾げる。

 だとしたら大歓迎、夜が明けるまで歌い明かそう。それこそお互いが“されこうべ”になるまで。どちらが先に身の皮を剥がすか、これは大層見物な宴になることだろうと正八。『一夜七夜では足りひん宴どす』くつり、くつりと笑うその姿は一々不気味だ。

 化け物の申し出に冷ややかな眼を作りつつ、相棒は単刀直入に自分達の目的を告げる。邪鬼を扱った妖、もしくは邪鬼と関係する妖が周辺にはいないか? と。事情により、袈裟を纏った坊主を追っている。それはきっと妖、正八達の同胞だろう。


 その妖の情報を持っていたら教えて欲しい。

 自分達は坊主を追っているのだと朔夜は幾分声を低くして伝える。纏う空気は脅しも含まれており(相棒が数珠を握り締める様子で一目瞭然だ)、向こうも当然それに気付いている。

 しかし物ともせずに右近と左近がくつりと笑い、意味もなしに三味線の弦を銀杏形の(ばち)で弾く。その姿は態度で知っていると、此方に教えてくれるように思えた。


『わっちが仮に知っていても、お前さん方に教える義理はないんじゃねえかい?』


 同胞の情報を人間に売るほど、自分達も薄情ではない。右近はクンと鼻で鳴き、撥で弦を弾く。


 大体その妖を知ってどうするのだ? 左近が質問に便乗した。

 知ったところで同胞を始末するのだろう? であれば、情報を与えた自分達も用が済み次第殺されるのだ! なんとも恐ろしや恐ろしや。左近は大袈裟に身を震わせ、二の腕をさすった。

 「人間に被害を与えなければ調伏はしないよ」交渉を買って出ている朔夜は苛立ちを垣間見せながら、三匹にこう物申した。


「お前達がアパートの乗っ取り“勝手”に住みついていようとも、人間に危害を加えなければ僕達も目を瞑っておく。本当は人間の生活から出て行って欲しいところだけどね」


『嫌やわ。わて達を下賤扱いにして。人間がこの住まいを捨てはったから、わて達が使っている。それだけどす』


 人間は目新しいものが好きな生き物。

 新しい住居ができると、右へ引越し、左へ引越し、古いものなどすぐに忘れてしまう。おかしな生き物だ。此処だってまだまだ使える住まいだというのに、嗚呼、哀れな家屋。こんなにも部屋があり、風呂があり、(かわや)があるというのに。

 だから自分達が使用しているのだと正八は一笑を零した。家屋の生活は非常に快適で、流浪人の妖達の憩いの場になっている。自分達はある意味で家屋の番人、取り壊そうとする人間には牙を向く。もう何人、愚行を犯す人間を食らったか! まさか妖祓の真の目的はそれか? だったら牙を……おっと口が滑った。正八は大袈裟に諸手を挙げる。


 とにもかくにも人間は此処を捨て、自分達が家屋を拾った。ゆえに此処は自分達のねじろ。荒らす者は許さないと猫憑きは低く鳴く。


「ふうん。結局のところ、人間に危害を与えてまで自分達の家屋とやらを守っているのかい?」


 なら、妖祓として調伏の対象だと朔夜はシニカルに笑みを浮かべた。

 「けどね」今の自分達に低級の動物憑きなど眼中にない。依頼を受けているわけでもないし、業務上で被害が遭ったと耳にしたわけでもない。今のはあくまで妖の私情で耳にしたまで。自分達の目的は先程も述べたとおり、袈裟を纏った坊主なのだ。

 此処に坊主の格好をした妖はいるのか。邪鬼と直結に関係する妖はいるのか。

 それが知りたいのだと相棒は三匹に伝えた。情報を得次第、自分達はおとなしく此処を出て行こう。眼鏡のブリッジを押し、朔夜は交渉を進める。


 物怖じせず、妖怪と交渉する勇ましい相棒の姿に飛鳥は頼もしいなと、ついつい頬を崩してしまう。やっぱり朔夜はカッコよくて頼れる。乙女心が分かってくれたら完璧な男だ! いや、欠点がある方が人間味があって良いとは思うけれど!

 と、また正八と視線がかち合った。何故だろうか、先ほどから正八とばかり目が合うのだが。飛鳥は身を引きたい気持ちで一杯だった。


 さて低級と称された動物憑き達は仲間内で視線を交し合うと、正八が何やら思案。三味線の弦を撥で弾いて考え事を始める。

 三匹の内、正八が三人の中の纏め役なのだろう。右近と左近が視線で意見を煽っている。

 彼等だって妖祓と一戦は交えたくないだろう。このようなところでひっそりと生きているのだ。きっと静かに暮らしたい筈。人間に危害を加えているうんぬん発言には物申したいところがあるが、朔夜の言うとおり、今は坊主に目的を絞らなければ。

 「結論は?」じれったくなったのか朔夜が口を開く。てん、てけてん、てん、てけてんと弦を弾いていた正八がうんっと一つ頷き、結論を出した。


『若い妖祓。わて達も命は欲しゅうどす。命あっての物種、人生は長生きしてこそ得るものがありますえ』


「じゃあ、交渉成立で良いのかな?」


 てん、てけてん、てん、てけてん、正八は三味線の弦を弾きながらかぶりを振る。


『同胞の情報を教えることは容易ではないどす。わて達、妖にも事情がありますえ。もし抵抗もなく情報を教えたと“妖の頭領達”の耳にでも入れば、身内を売ったと罪に問われるかもやしれんどす。そこで若い妖祓、わて達に弁解の措置を作って欲しゅうどす』


 「弁解の措置?」朔夜が眉を寄せる。

 『せや。弁解の措置どす』正八は大きく首肯した。

 この地を統べる“妖の頭領達”の耳に事が知れても、言い逃れのできる弁解を共に考えて欲しい。

 上手い弁解を考えてくれたら、自分達も情報を提供しよう。正八がこのような条件を突き付けてきたため、「なら簡単じゃないか」朔夜は持っている数珠を翳し、脅されたと言えば良いと笑顔を作る。

 我が身可愛さに口を滑らせてしまった。これ以上の言い訳があるだろうか? 相棒の意見に飛鳥はうんうんと頷く。まったくもってそのとおりだ。


 けれども正八は首を縦には振らない。


 曰く、身内の情報を“抵抗なし”に与えるという行為に罪悪を抱くのだという。相手の素性を知らなくとも、それこそ相手を知らなくとも簡単に情報は渡せないと猫憑きは肩を竦めた。妖同士でも仲間意識というものは存在するようだ。

 ではどうすれば良いのだ。自分達が軽く三匹を伸せば話は終わるのか? 朔夜の問いに、正八はそれしかないようだと頷く。

 自分達と“情報提供”を賭け事に勝負をし、此方に敗北を与えれば、罪悪も何もなく我が身可愛さに情報を与えたと頭領に言い訳ができる。とはいえ、自分達に得のない勝負をする気にもならない。折角ならば此方にも得のある勝負をしよう。


 正八はそう言うと、『嬢ちゃん。歳はなんぼどす?』飛鳥を指さして質問を投げた。突然のことに頓狂な声を上げてしまうが、今年で16だと返答することには成功する。

 『花盛りどすな』ニタァと口を開け、正八は初めて猫らしくにゃあと鳴いた。





『若い妖祓、勝負をしまひょ。わて達に勝てばどんな質問にでも答えるさかい。ただし、わて達が勝ったら嬢ちゃんを戦利品にもらいますえ』






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