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「戦力を優先する」―そう言われて勇者パーティーを抜けた俺は、最後の報告書だけを残した

掲載日:2026/10/28

本文に生成AIを使用しています。

 魔王城へ向かう前夜、勇者ガレスは俺を呼び出した。


 王都にある宿の一室だった。明日の朝には魔王城へ向けて出発するというのに、部屋の中には妙に重たい空気が漂っている。ガレスの隣には見慣れない女が立っていた。銀色の髪に王宮魔術師の制服。どうやら王宮から派遣された魔術師らしい。


 向かいの椅子には、戦士のドランと魔術師のセリアが座っている。二人とも、いつになく口数が少なかった。


「リード。突然呼び出して悪かったな」


「いえ。何かありましたか?」


 俺が椅子に腰を下ろすと、ガレスは一度だけ視線を逸らしてから口を開いた。


「明日の出発についてだ。魔王城攻略に向けて、パーティーの編成を見直すことになった」


「そうですか」


「その結果、お前にはここでパーティーを抜けてもらいたい」


 部屋の中に沈黙が落ちた。


 驚きはしたものの、怒りは湧いてこなかった。十年間も一緒に旅をしてきたガレスが、こういう言い方をするときには、すでに結論を決めていることを俺は知っていたからだ。


「理由を聞いても?」


「単純な話だ。魔王城は、これまで俺たちが相手にしてきた魔物とはわけが違う。これから先は、本当の意味で命を懸けた戦いになる。だから……戦えない人間を連れていく余裕はない」


 ガレスの言葉は、もっともだった。


 俺は勇者でもなければ、剣の達人でもない。魔法だって最低限しか使えない。この十年間、俺が担当してきたのは戦闘そのものではなく、その前後に必要となる仕事だった。


 遭遇した魔物の種類と生息地、攻撃方法、弱点、使用した薬草。ダンジョンの構造や危険な場所、過去に同じ場所へ挑んだ冒険者たちの失敗例。そうした情報を記録し、次に同じ敵と遭遇したときに役立つよう整理してきた。


 けれど、魔王城を前にすれば、剣を振るえない俺が足手まといになるという考えも理解できる。


「俺たちには王宮から最新の資料も提供されている」


「魔王軍についても、王宮魔術師団が長年にわたって研究しています。あなたが個人的に作った記録がなくても、攻略に支障はありません」


 そう言ったのは、ガレスの隣に立つ銀髪の女だった。


「そうですか」


 彼女の名前はエリナ。王宮魔術師団から派遣された優秀な魔術師だと聞いている。


 それなら、俺がいなくても大丈夫なのだろう。


「リード……」


 セリアが不安そうな顔で俺を見る。


「本当に、それでいいの?」


「いいよ。十年間、十分に一緒に旅をしたから」


 俺が笑うと、セリアは何か言いたそうに口を開きかけた。しかし、結局は何も言わずに俯いた。


 ドランも気まずそうに頭を掻いている。


「まあ……そういうことなら仕方ねえよな。お前、戦えないし」


「そうだな」


 俺は苦笑した。


 ガレスが立ち上がる。


「今までご苦労だったな。十年間、助かった」


 その言葉だけは、嘘ではないのだろう。


「こちらこそ、ありがとうございました」


 俺も立ち上がり、荷物をまとめ始めた。


 部屋を出ようとしたところで、ふと思い出したことがある。俺は鞄の中から一冊の分厚い本を取り出した。


「そうだ。これを置いていきます」


 表紙には、『魔王城攻略・最終報告書』と書かれている。


 ガレスが受け取ると、ずしりと重そうに両手で支えた。


「なんだ、これ?」


「これまでの調査結果をまとめたものです。魔王城までの地形、魔族の巡回経路、確認されている罠、過去の討伐隊の記録。それから、魔王城内部について分かっている範囲を全部まとめました」


 ガレスが数ページめくる。


 隣から覗き込んだエリナが、感心したように眉を上げた。


「……随分と細かいですね」


「十年かけて作ったので」


「ですが、王宮の資料があります」


 エリナは淡々と言った。


「これほど古い個人記録に頼る必要はないでしょう」


「そうですね」


 俺は素直に頷いた。


「ただ、王宮の資料には載っていないこともあります。実際に現地へ行った人間にしか分からないことですから」


「例えば?」


「魔王城の西側通路は、古い地図では通行可能になっています。でも、十年前の地震で一度崩落しています。その後、魔族が補修している可能性がありますから、通るなら注意してください」


「……分かりました」


 エリナは答えたものの、それ以上は何も言わなかった。


 ガレスも本を閉じる。


「分かった。ありがたく使わせてもらう」


「はい」


 俺は頭を下げた。


「では、皆さん。お気をつけて」


 それが、十年間を共にした仲間たちへの最後の言葉になった。


     ◇


 翌朝、俺は一人で王都を出た。


 勇者たちは東へ向かい、俺は反対の西へ向かう。街道を歩きながら何度か振り返りそうになったが、そのたびに思い直した。


 もう、俺には関係のないことだ。


 そう自分に言い聞かせながら、小さな村を目指して歩いた。しばらくそこで休み、これから何をするか考えるつもりだった。


 ――勇者たちが魔王城へ向かっていることなど、もう考えない。


 そう決めていた。


 だが、その三日後。


 勇者一行は、魔王城へ続く山岳地帯に入っていた。


     ◇


「地図では、この先を右だ」


 ガレスが王宮から渡された地図を広げる。


「待って」


 セリアが眉を寄せた。


「この地形、少しおかしくない?」


「どういう意味だ?」


「山の形が資料と違うの。地震でもあったのかしら」


 エリナが地図を覗き込む。


「王宮の最新資料です。間違いありません」


「なら、右だ」


 ガレスは迷わず進路を決めた。


 しばらく歩いたところで、ドランが足を止める。


「……妙に静かじゃねえか?」


 次の瞬間、岩陰から無数の魔物が飛び出した。


「来るぞ!」


 戦闘になった。


 敵は数十体に及んだが、勇者たちの実力なら倒せない相手ではない。ガレスが前衛を押さえ、ドランが横から叩き、セリアとエリナが魔法で援護する。ほどなくして最後の魔物が地面に倒れた。


 しかし、戦闘を終えたセリアは肩で荒く息をしていた。


「……こんなところに群れがいるなんて」


「珍しいのか?」


 ドランが倒れた魔物を見下ろす。


「ええ。王宮の資料では、この辺りは生息域じゃないわ」


「じゃあ、何でここにいる?」


 誰も答えられなかった。


 その夜、野営をしながらセリアが焚き火を見つめていた。


「……リードなら知っていたかも」


 ガレスの手が止まる。


「何?」


「前にも似たことがあったでしょう。魔物の生息域が移動していたとき、リードが原因を見つけたじゃない」


「……ああ」


 ガレスはしばらく黙っていた。


「でも、今回は問題ないだろ」


 そう言ったものの、その声には以前のような自信がなかった。


     ◇


 翌日、一行は魔王城へ続く地下通路に入った。


 入口からしばらく進んだところで、突然、壁の隙間から白い霧が噴き出した。


「毒霧!」


 セリアが叫ぶ。


 全員が反射的に結界を張ったものの、霧は思った以上の速さで通路を満たしていく。


「どうすればいい!?」


 ドランが叫ぶ。


「待って、考えるから!」


 セリアは魔法を維持しながら必死に周囲を見回した。しかし毒霧は少しずつ結界を侵食している。このままでは魔力が尽きるほうが早い。


 そのとき、ドランが何かを思い出したように顔を上げた。


「……そういや、リードが言ってた」


「何を?」


「この辺の毒霧は、魔法で防ぐより薬草を染み込ませた布を使ったほうが効くって」


 全員が黙った。


「……薬草は?」


 セリアが尋ねる。


 ドランは荷物を探したが、すぐに首を横に振った。


「持ってねえ」


 当然だった。


 それはいつもリードが用意していたものなのだから。


 結局、一行は大量の魔力を使って毒霧を抜けることになった。


 通路を抜けた頃には、全員が疲弊していた。


「こんなことで……」


 ガレスが息を整えながら呟く。


 誰も答えなかった。


 だが、魔王城に入ってからも同じことは続いた。


 王宮の地図には存在しない崩落。


 資料に記載されていない魔物。


 何気ない床板に仕掛けられた罠。


 魔力を吸収する特殊な石。


 進むたびに、彼らは立ち止まることになった。


 そして、そのたびに同じ言葉が出た。


「リードなら知っていた」


     ◇


 魔王城の第三階層。


 古びた壁画の前で、セリアが足を止めた。


「これ……」


 壁の隙間に何かが挟まっている。


 引き抜いてみると、一枚の紙が落ちてきた。


 セリアは紙に書かれた文字を見て、目を見開く。


「……リードの字」


 ガレスが振り返った。


「何で、こんなところに?」


 紙には簡単な地図と、細かな注意書きが記されていた。


『西側通路は三十年前に崩落。現在は魔族が補修して使用している可能性あり』


『第二階層の魔物は満月の夜だけ行動範囲が広がる』


『この壁画に触れると隠し通路が開く。ただし、開いた後は五分以内に通過すること』


 セリアは言葉を失った。


「……これ、全部……」


 ドランが紙を覗き込む。


「リードが書いたのか?」


「そう」


 セリアは紙を握りしめた。


「十年間、あいつはずっと調べてたんだ」


 さらに紙をめくる。


 そこには、攻略情報だけではなく、彼ら一人一人についての記録まで残されていた。


『ガレスは危険を見つけると正面突破を選ぶ傾向がある。退路を最低三本確保しておくこと』


 ドランが思わず苦笑する。


「……その通りだな」


 ガレスは何も言わなかった。


『ドランは負傷しても戦い続けるため、戦闘後には必ず傷の確認をする』


『セリアは魔力を温存するより、仲間を助けるために使い切る傾向がある。回復薬を多めに用意すること』


 セリアの目が潤んだ。


「私たちのことまで……」


 それは単なる攻略情報ではなかった。


 十年間、彼らと旅をしてきた人間だからこそ書けた記録だった。


 ガレスは紙を受け取り、しばらく眺めていた。


「……俺たちは、何を見ていたんだろうな」


 誰も答えられなかった。


     ◇


 そして、一行は魔王城最深部へ辿り着いた。


 巨大な扉の向こうには、玉座に腰掛けた魔王がいる。


 黒い鎧をまとった巨体が、ゆっくりと立ち上がった。


「よく来たな、人間ども」


 ガレスが剣を抜く。


「ここで終わりだ、魔王!」


 戦いが始まった。


 最初の一撃は通じた。


 だが、二度目から魔王は攻撃を避け始めた。


 三度目には完全に読まれている。


「なぜだ……!」


 ガレスが叫ぶ。


 魔王は笑った。


「貴様らの動きは、すべて知っている」


 勇者の剣も、セリアの魔法も、ドランの突撃も、すべてが読まれていく。


 そして魔王の一撃がガレスの肩を切り裂いた。


「ぐっ……!」


「ガレス!」


 セリアが駆け寄る。


 その瞬間、彼女の頭に一つの記述が蘇った。


 リードの報告書にあった、魔王についての一節。


『魔王は、過去に一度受けた攻撃を解析し、次回以降の回避率を大幅に上昇させる』


 そして、その下にはこう書かれていた。


『ただし、初見の攻撃に対する対応速度は、通常の魔族と大きく変わらない』


「……そういうことか」


 セリアが立ち上がった。


「ガレス!」


「何だ!」


「今まで使ったことのない魔法を使う!」


「そんな魔法、使えるのか!?」


「リードが術式を残してくれていた!」


 セリアが杖を構える。


 それは旅の途中、リードが古い魔導書から見つけ出した未完成の術式だった。実戦で使えるかどうかも分からず、ずっと封印されていたものだ。


 セリアが魔力を流し込む。


 複雑な術式が空中に浮かび上がり、見たこともない光が魔王へ向かって走った。


「何……!?」


 魔王が初めて動揺する。


 ほんの一瞬。


 それだけで十分だった。


「ドラン!」


「任せろ!」


 ドランが正面から突っ込み、魔王の動きを止める。


 ガレスが剣を構えた。


「これで終わりだ!」


 渾身の一撃が魔王の胸を貫く。


 巨大な身体がゆっくりと崩れ落ちた。


 静寂が訪れた。


 誰も、すぐには動けなかった。


 やがてセリアが、ぽつりと呟く。


「……あいつがいなかったら、私たちはここまで来られなかった」


 ガレスは床に落ちた剣を見つめる。


「……違う」


 ゆっくりと首を振った。


「ここまで来られたんじゃない」


 ガレスは目を閉じる。


「ここまで来させてもらったんだ」


     ◇


 魔王討伐から三週間後。


 リードは小さな街にいた。


 宿の一室に置かれた机の上には、一冊の本がある。


『冒険者のための魔物生態記録』


 十年間にわたって書き続けた記録を整理し、誰でも読める形にまとめ直したものだった。


 ある日、宿の主人が本を覗き込んだ。


「それ、売らないのか?」


「売る?」


「こんなに詳しい魔物の本なんて、俺は見たことがない。冒険者に売れば、きっと欲しがるぞ」


 リードは少し考えた。


「……そうですね」


 最初は十冊だけだった。


 ところが、それを買った冒険者たちの評判が広がり、次は百冊、その次にはさらに多くの注文が届いた。新人冒険者からは「この本のおかげで死なずに済んだ」と手紙まで届くようになった。


 やがて王都からも注文が届き始めた。


 自分の知識が誰かの役に立っている。


 そう思うと、不思議と嬉しかった。


 そんなある日の夕方。


 宿の扉が開いた。


「……リード」


 聞き慣れた声だった。


 振り返ると、ガレスたちが立っていた。


 以前より少しだけ疲れた顔をしている。


 ガレスが一歩前へ出た。


「魔王を倒した」


「そうですか」


「お前の記録がなかったら、俺たちは死んでいた」


 リードは何も言わなかった。


 ガレスは深く頭を下げた。


「……すまなかった」


 その声には、以前のような迷いはなかった。


「お前を必要ないと言ったことを、後悔している」


 しばらく沈黙が続いた。


 やがてガレスが顔を上げる。


「もう一度、俺たちと来てくれないか」


 リードは窓の外へ目を向けた。


 夕暮れの街並み。その向こうには、まだ一度も訪れたことのない土地が広がっている。


 少し考えてから、リードは首を横に振った。


「……ごめんなさい」


 ガレスの表情がわずかに曇る。


「もう、あなたたちの記録係ではありません」


 ガレスは何も言わなかった。


「これからは、自分のために記録を書こうと思っています」


「……そうか」


「でも」


 リードは穏やかに笑った。


「皆さんが無事に帰ってきてくれて、本当によかったと思っています」


 それ以上、言葉を重ねる必要はなかった。


 ガレスたちは静かに頭を下げ、宿を出ていった。


     ◇


 翌朝。


 リードもまた、街を出た。


 以前とは違い、荷物はずっと軽い。必要なものだけを詰め込んだ鞄と、新しいノートが一冊。それだけを持って、まだ見たことのない土地へ向かう。


 街道の途中で立ち止まり、リードはノートを開いた。


 最初のページは真っ白だった。


 十年間、誰かのために記録を書いてきた。


 けれど、これからは違う。


 誰かに必要とされるためでも、誰かの役に立つためでもない。


 自分が見たいものを見て、自分が歩きたい場所を歩き、そのすべてを自分自身の記録として残していく。


 リードはペンを取り、最初の一行を書いた。


『世界の果てまでの旅――第一記録』


 書き終えると、ノートを閉じる。


 そして、前を向いた。


 その先には、まだ誰も記録したことのない道が続いている。


 リードは振り返らなかった。


 かつて自分を必要としなかった者たちではなく、これから出会う人々と、まだ見ぬ世界のために――。


 いや。


 今度は、誰かのためですらない。


 ただ、自分自身の人生を記録するために。


 リードは新しい道へ歩き出した。

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