あなたの名前も大概でしてよ
ちょっとお下品な名前にまつわるお話。
銀魂風に言えば結野アナ的な。
アマンドの花が咲き乱れ、カラッと晴れた今日の良き日。
ヴェンキィ小国、国立魔法学園の卒業式は恙無く執り行われていた。
ついでに私、フォンヴォルト=エィディルの一年間の交換留学も期日を迎えたため、本日は私の修了式も兼ねていたりする。
学園長により卒業生が次々と名を呼ばれ、卒業証書が手渡されていく中、とうとう私の修了証書が手渡される番となった。
「……続きまして、交換留学の修了証書授与を行います。キルヴァルト帝国より一年間、我が国で学んでいただきました…… え、えーと、えぇ〜〜……」
しかしそれまで淀み無く朗々と進行していた司会が言葉に詰まったことで、辺りが小さくざわめいた。
その様子に私は何度目かわからないため息をついた。
どうもこの国の人々には我が国の言葉は発音が難しいらしいのだ。
そのせいで侮辱とも取れる言い間違いばかりされるのだけど、言葉と文化が違うからと、今日までは仕方無いわと大目に見てきたのだけど。
(修了証書まで言葉に詰まるだなんて、外交問題として訴えられてもおかしくないことよ)
叔父様に知られたら大事だわ、と痛む頭を押さえるよう額に指先を当て、ふぅと小さく息を吐いて自己申告しようと立ち上がりかけた、その時。
「何を言い淀んでおるのだ。フンバルト・ヘーデルだろうが」
本年度卒業生代表の第二王子殿下が立ち上がり、尊大な態度で嘲るように声を張り上げたのだ。
よりにもよって、何度も訂正を訴えた侮辱極まる発音で。
途端、誰かが小さく吹き出したことにより、困惑のざわめきは抑えきれない忍び笑いに様変わりし、不躾な視線や嘲笑が私の身に振り注いだ。
帝国といえども、たかが子爵家、と周りに侮られていたのは知っている。だから何度訂正してほしいと抗議しても軽んじられていたのだ。
でも、流石にこれは黙っていられない。こう何度も侮辱され、晴れの舞台まで貶められては帝国貴族の誇りに関わるもの。
それに第二王子殿下も周りも理解しているのだろうか。
留学生の修了式典ということは、帝国大使も来賓として列席しているということを。
ちらりと大使へ視線をやれば、案の定甘さを削ぎ落としたような真顔で第二王子殿下を睨めつけていた。
(あぁ、これはもうこの国も終わりね)
すぐに叔父様の知るところとなるのだろう。御愁傷様、大して残念でもないけれど。
ほんの少し、この馬鹿のせいで大変ねと哀れむように、来賓席で言葉も出ず真っ青になっている王太子殿下に視線をやって、私は未ださざ波のようにクスクスとざわめく周囲を振り切るように立ち上がった。
「第二王子殿下、何度も訂正を申し上げておりますが、私の名はフォンヴォルト=エィディルですわ。わが国では頭文字のhは発音しませんの。いくら殿下のお勉強足らずでありましても、一年もの間訂正し続けてきたのです。帝国語が難しかろうといい加減名前くらいは正しく発音されてはどうですの?これ以上は侮辱と受け取りますわ。殿下はわが帝国を軽んじておられますのね」
じっと抗議の視線で見つめるも、第二王子殿下、もう馬鹿殿下でいいですわ、はフンと鼻を鳴らし顎を反らした。
「何を言う。そもそも先に王国の綺羅星たる私を軽んじたのは貴様ではないか。この私が、直々に相手をしてやると申し出てやったのに慇懃無礼に断ったのを忘れたとは言わさんぞ」
「忘れてはおりませんわ。『ヘーデル家に女のくせにフンバルトなんぞ、下品で珍妙な名だが見目だけは良いではないか。私の妾にしてやってもいいぞ。貴様の様な子爵令嬢如きには過ぎた栄誉だろう?』と申されましたのでお断りしたまでです」
「そして殿下はいつまでも勘違いをされているようですが、わが国は姓が先、名が後にございます。そして極大魔法の簡略化に成功した功績で私が陞爵され子爵となりましたので、子爵令嬢ではなく私が子爵です。これも自己紹介の際に申し上げたはずなのですが……」
片手を頬に当て眉を下げ、いかにもおっとりとワタクシ困っていますわァを演出し反論した私の言葉に、好奇に満ちた空気が一気に水を打ったように静まり返った。
漸く周囲も理解したのだろうか、たかだか小国のスペアの王子が帝国貴族当主にナメた口を叩いていた事に。
(もう、やっちゃってもいいかしら)
もう一度、来賓席の大使へと視線をやれば、険しい顔をした大使は大きくひとつ頷きを返した。やっちまえの合図ですわね。
私も小さく頷き返すと、青褪め静まり返った周囲の様子にたじろぐ馬鹿殿下をキッと睨めつけた。
「もうこの国とは御縁が切れますので、最後に今まで受けた侮辱をそっくりそのままお返しいたしますわ。殿下を含めこの国の方々は私の名を嘲っておられましたけど、あなた方の名も大概でしてよ。我が国や帝国同盟国に影で笑われていたのをご存知?
あなた方の国名、我々の発音ではベンキでしてよ。ベンキはご存知ですわよね? 御不浄のアレですわ。
それにふんぞり返って居られる第二王子殿下、貴方のその大層なクォーメンと言う名もこちらからすれば肛門ですわ。絶対に我が子に付けるような名ではございませんわね。御不浄を連想しますもの。ですが文化と言語の違いということでこちらは今まで何も申しませんでしたのに」
――ちなみに王太子殿下はオットン様と仰るのですが、ヴェンキ小国は頭文字のbを発音しないので、わが国の発音に直せばボットン様、末っ子の王女殿下はハニァル様と仰るのですが、わが国の発音に直すとア◯ル様となりまして、帝国淑女としましては口に出すのも憚られるお名前となってしまうのだ。
閑話休題
私の言葉に、真っ赤な顔で拳を震わせるコウモン殿下は侮辱だの外交問題だと喚き散らしているけれど、一年前から現在まで御自分が既に問題を起こしていることは彼の中では棚上げされている模様。
まぁ、もうどうでもいいことなのだけど。
コウモン殿下のせいで式典どころでは無くなった事ですし、こんな程度の低い国の修了証書など必要無いのでさっさとお暇させていただきましょうかね。
私は振り返り、青褪めるどころか蒼白となっている卒業生や在校生、保護者の方々をぐるりと見渡すと、スカートを摘み綺麗な淑女の礼を披露した。
「最後に申し上げますが、私自身は子爵の身ですが生まれは帝国大公家の三女ですの。現皇帝陛下、キルヴァルト=ミィディル様は私の叔父ですわ。小さな頃から大層可愛がっていただいたので、此度のことがお耳に入ればどうなることか…… あぁ、安心してくださいませ、こちらの国の留学生は丁寧に扱わせていただきますわ。……無礼打ちにされていなければ、ですけど」
そう、にっこり微笑んで、声も無く息をすることも忘れたような式典会場を颯爽と退出すると、数拍遅れて火が着いたようにワッと悲鳴や怒号が沸き起こった。
けれど、そんな事私の知るところではないし、恨むなら散々侮辱してきた馬鹿殿下を恨んでちょうだいとしか言えない。
後のことは大使館の者達が何とかするだろうし、私は迎えの馬車に乗ってさっさと国元に帰るだけだ。先に下宿先を引き払って荷物も送り返しておいて良かった。
帝国製の揺れの少ない高級馬車に乗り込み、ふかっとした背もたれにお行儀悪く背を預け、ふぅと小さく息を吐いて、私は唇を尖らせ悪態をついた。
「そもそも極大魔法を簡略化するなんて偉業を成し遂げた私が小国の魔法学園如きに留学する必要なんて無かったのよ。叔父様も叔父様よ。やったことも無い思いつきの異文化交流と良かれと思っての押し付けは金輪際やめていただきたいわ」
帰国したら最初から最後まで失礼な馬鹿殿下の事もだけど、叔父様にもしっかり抗議しなくては。
私はふんすと決意を新たにすると、車窓からもう二度と見ることも思い出すことも無い景色を流し見しながら故郷に思いを馳せたのだった。
フンバルトヘーデル
キッバルトミーデル
そういう人名っぽく見える言葉を御令嬢モノにしてみた結果こうなりました。
多分従兄弟にゲーデル=ハイタとか居そうですね。




