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【ホラー都市伝説】鎮魂の子守唄――深夜の公衆トイレの個室で響く謎めいた子どもの歌声  作者: 如月妙美


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鎮魂の子守唄――深夜の公衆トイレの個室で響く謎めいた子どもの歌声

プロローグ:徹夜明けの歩行

 深夜2時、終電を逃したひとりのサラリーマン・浩は、タクシー代を節約するために自宅まで6キロの距離を歩いていた。町外れに差し掛かる頃、トイレに行きたくなり、24時間営業の大型ショッピングセンターの公衆トイレに駆け込んだ。無人の広いトイレは清潔に保たれていたが、奥に並ぶ個室のドアはいずれも閉ざされており、蛍光灯の白色光がひんやりと空間を照らしている。

 浩は慌てて一番奥の個室に駆け込み、用を足そうと中に入った。ドアを閉め、着席した瞬間、漏れ聞こえてきたのは自分の心拍音だけのはずだった。だが、次の瞬間、かすかに「♪ねんねんころりよ、おころりよ…」と、子守唄らしき低いメロディーが壁を伝って漂ってきた。まるで誰かが個室の外から囁くように、しかし声はどこから発せられているのか分からない。不自然なほど静まり返ったトイレ空間の中で、その子守唄はくぐもった音色で繰り返し流れた。

 浩は血の気が引く思いで腰を浮かし、個室のドアをノックしたが、外側は無人で、応答はない。再び個室に閉じこもった状態で耳を澄ますと、声は微かにだが止むことなく続いていた。浩は急いで手を洗い、出口の方へ足早に向かった。ドアを開けて200メートル離れたバス停まで猛ダッシュしながら、その子守唄はまだ耳に残っているような気がしてならなかった。

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第1章:最初の通報

 翌朝、夜勤明けの清掃スタッフ・美紀が早朝の清掃業務を開始した。トイレの個室をひとつずつ消毒しながら、昨夜の出来事が彼女の脳裏をよぎった。深夜3時ごろ、彼女はゴミ捨て場から戻る途中、同じ公衆トイレの前を通りかかり、ブザー音に混じって「♪ねんねんころり…」という不快な調べを聞いたという。「深夜に子守唄?」と訝ったものの、人通りの少ない深夜であったために気にも留めず、そのまま通り過ぎた。ところが、今朝になって同僚から「深夜、個室の中で女性が泣いている声がする」と連絡があり、以前別の深夜業務に携わっていた同僚も「人通りのない時間に変な声を聞いた」と訴えてきた。

 美紀がトイレ内を点検すると、どの個室にも異常はなく、照明も正常に点灯し、スピーカーや拡声器の設置も見当たらなかった。だが、午前6時の清掃途中で再び「♪ねんねんころりよ…」という子守唄が、個室の床下からかすかに聞こえてきたという。美紀は恐怖で声を失い、手を止めたままじっと耳を澄ませたが、音源を確認する手がかりはまったくなく、音は徐々に消えた。その音を聞いた従業員数名も口をそろえて「子守唄のようだった」と証言したため、清掃会社は「調査委員会」を設置し、本社に報告を行った。

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第2章:専門家による技術調査

 調査委員会は、音響専門家の江藤を招へいし、個室内にマイクロフォンや振動センサー、赤外線カメラを設置して録音・録画を実施した。対象となったのはトイレ最奥の3つの個室で、深夜1時から翌朝5時まで連続記録を行う厳戒態勢を敷いた。江藤は、録音機材を個室上部の換気口付近や床下にしのばせ、音源を特定しようと試みた。

 最初の夜、午前2時45分に監視が行われている個室のうち、中央の個室で再び「♪ねんねんころりよ、おころりよ…」という低い歌声が録音された。声は録音機材から約4メートル離れた場所から聞こえているように解析され、音量レベルは-30dB前後で、人間の肉声としては非常に微弱かつ低音域に集中していた。振動センサーは床下の木材がかすかに軋む程度の微弱振動を感知し、温度センサーでは個室の温度が一時的に約1.5℃低下していることが確認された。赤外線カメラに映る映像には、個室の床のタイルが一瞬わずかに揺れるように見えたが、人影らしきものは一切映らなかった。

 江藤は解析を重ねた末、「この声は録音された過去の音声が定期的に再生されているわけではない」「生物的な声帯の振動ではなく、床下の木材が共振して生じる“空気振動のノイズ”が、子守唄のメロディーに似た形状を示している可能性が高い」と結論づけた。しかし「このノイズを人間の意図なしに自然に発生させるメカニズムは不明であり、もしかすると当初の放火や事故などで封じられた過去の怨念的要素が関与しているかもしれない」とも付言した。

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第3章:トイレ建設時の不祥事と封印の記録

 地区の都市開発資料室を訪れた記者の理沙は、公衆トイレが建設される前に同じ敷地で発生した事件を掘り起こした。1970年代後半、このショッピングセンターの前身であった古い建物が立ち並ぶ一帯では、夜間に複数の少年たちが「不可解な誘拐事件」に巻き込まれたという未解決事件があった。警察の当時の記録には、「深夜、用足しでトイレを借りた中学生が行方不明になり、その後も数名が同様の状況で消えた」という概要だけが残っていた。結局、実際の遺体は発見されず、犯人逮捕にも至らなかった。

 後にショッピングセンターへの再開発工事の際、事件現場とされた公衆トイレ付近で「異物混入の痕跡」が見つかった—とは噂だったが、公開された証拠資料には「不明の粘着性物質が地中から検出されただけ」と語句はぼかされていた。それ以上の内部調査報告書は表に出ず、関係者は口を閉ざしたままだった。

 梨沙はさらに聞き込みを行い、当時の工事担当者の証言を得たという。「夜間に穴を掘っていると、子どものおもちゃの人形らしきものが出てきたので、気味が悪くて作業を中断した。しかし、雇い主の指示でその人形は別の場所に埋め戻した」と。その人形は小さな木製のこけしで、顔に謎の刻印が彫られていたとだけ語られ、その刻印は「子どもを鎮める呪文」のような古い伝承に関わるものとされている。

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第4章:地元住民の声と祈願の開始

 公衆トイレの建設当時、地元住民たちは深夜のトイレ利用を避けるよう伝えていたという老人・吉村は続ける。「あの場所一帯は、昔から子どもを誘う何かがあると言われてきた。駅前通りで迷子になった子どもを探しに行ったら二度と戻らなかった、とか、霧のような気配が追いかけてきたとか…」。

 吉村はさらに、「誘拐事件の時に使われたかもしれないおもちゃのこけしを風葬地から引き上げ、そのまま公衆トイレを建てるために埋め戻した。供養をしなければ、霊は安らかに眠れない」という地元の口承を語った。地元では公衆トイレの奥の壁際に小さな供物台が作られ、毎年冬至の日に地元の寺の住職が「子どもの霊を鎮めるため」と称して簡単な法要を行ってきた。しかし、それも数年前から形骸化し、誰も参加しなくなっていた。

 地元の住民有志は「子どもの霊を鎮める儀式を再開しよう」と決意し、再び寺院の協力を得て、本格的な慰霊行事を企画した。檀家や近隣住民に呼びかけられた数十名は、深夜0時にショッピングセンター管理事務所前に集まり、寺院から運ばれた仏像と鍋崎かがりびを手に持ってトイレ裏手へと向かった。

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第5章:深夜の祈願と最終の対峙

 12月の冬空は冷え込み厳しく、周囲に人っ子一人いない道路は白銀色に凍える霜で覆われていた。慰霊行事の参加者は静かにトイレの奥の壁際に設けられた供物台に蝋燭を灯し、僧侶が唱える真言を聞きながら手を合わせた。風が木々を揺らす音だけが囁くように響き、やがて僧侶は低く重い声で祈祷を始めた。

「子らよ、ここに留まりしことなかれ。安らかに眠り給え…」

 その祝詞が終わると、最奥の個室から久々に「♪ねんねんころりよ、おころりよ…」というか細い歌声が響いた。参加者たちは声を飲み込んで祈りを続け、僧侶は続けざまに読経した。その瞬間、個室のドアがかすかに揺れ、床下から「ガタガタ」と振動が伝わる。一同は息を潜め、そのわずかな揺れをじっと見守った。

 やがて、子守唄は徐々にフェードアウトし、個室内の蛍光灯がチラついて消えたかと思うと、静寂が深まった。壁際の供物台に手を合わせた子どもの顔に、かすかに表情が浮かんだように見えた。やがて温かな微風のような気配が走り抜け、個室内を包む寒気が消えていった。

 一同は深い安堵の息を吐きながらも、その場を動けずにいた。やがて僧侶が静かに頭を下げ、「これにて、子どもの怨霊は解放されたものと見なす」と告げると、数名が嗚咽を抑えきれずに涙を流した。

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エピローグ:深夜の静寂と余韻

 慰霊行事から以降、深夜の公衆トイレの個室から子守唄のような声は一切聞こえなくなった。ショッピングセンター側も深夜の利用を再び促し始め、清掃は通常どおりに戻り、個室の異常記録は途絶えた。

 しかし、寺院の僧侶・大輔は、祈祷後にひとり残り、供物台の前でこう呟いたという。

「霊は鎮まったかもしれない。しかし、怨念を呼び込むきっかけを作った『こけし』はいまだ地中に留まっている。根深い供養が継続されなければ、いつかまた子どもの歌声が蘇るだろう」

 地元住民たちは、冬至に限らず毎月最終金曜日に小さな法要を行う取り決めをし、商店街の夜警や警備会社にも協力を要請した。深夜2時を前後に、公衆トイレの前を通りかかると、遠くからかすかな鈴の音が微かに聞こえてくるような気がするという者もいる。

 そして今夜も、街灯に照らされた公共トイレの前で、風がそっと木々を揺らし、かつての子守唄が囁かれた深夜の余韻だけが、静かに空気の中に漂っている――。

 完。


※この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件等とは一切関係ありません。

※コメントやレビューは、みなさまに平等にお返しができないため、OFFといたします(ご了承ください)。

【動画】 YouTubeにて公開しています。Noteにも順次公開の予定(時期未定)です。



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