問題は婚約破棄ではなく、あたしを可愛くないと言ったことです!
王城の広間は今日も変わらずきらきらしていた。
首が痛くなるほどに見上げる高い天井、そこから下がる巨大なシャンデリアから光が降り注ぐ。
床は磨き上げられていて、立っているだけで可愛い自分の姿がはっきりと映っていた。
……ふふ、あたしは今日も完璧。
そんな煌びやかなパーティーを楽しんでいる最中だった。
「君とは、婚約を破棄する」
そう言ったのは、あたしの婚約者。
ロゼルフ・アルフォード。
公爵家の嫡男で、王都でも名の知れた貴族の一人だ。
家柄は申し分なく。顔立ちは驚くほど整っていて、初めて会った時は思わず瞬きを忘れたほどだった。
——だから、両親から勧められたこの縁談を承諾した。
政略結婚? よく分からない。
でも、あれだけの美形なら、あたしの隣に並ぶのも悪くないと思った。それだけのこと。
なのに。
「今、なんと言いました?」
あたしは反射的に聞き返していた。
自分でも驚きの表情を隠せていなかったと自覚している。
あたしの聞き間違いじゃなければ、彼から出た言葉は生まれて初めて言われたものだったから。
「婚約破棄を——」
「そこは全く問題ありません! その一つ前に言ったことです」
「も、問題ない、だと?」
「婚約破棄なんて心底どうでもいいです! その前に言った言葉をもうお忘れですか!?」
あたしは一歩、彼に近づいた。
顔をじっと見る。
うん。やっぱり整っている。
——でも、今はそれどころではない。
彼の口から聞かなくてはならない。
「もう一度聞きます、婚約破棄の前になんと言いましたか?」
「……君は、俺に釣り合うほど可愛くない、と言った」
……。
…………。
………………やっぱり。あたしの聞き間違いではなかった。
胸の奥が、ぎゅっと音を立てた。
驚きと怒りが同時に押し寄せて、思考が一瞬止まる。
だってあたしは、ティエラだ。
生まれつき頭が悪いことは自覚していた。
政治の話はさっぱり分からないし、王国の未来について語られても「へぇ……」の一言しか出てこない。
でも、容姿だけは違う。
幼い頃から、褒められなかった日は一日もない。
両親も、使用人も、親戚も、舞踏会で会う見知らぬ貴族たちも、全員が口を揃えて言った——『ティエラが世界一可愛い』と。
それが世界の常識だと思って生きてきた。
あたしが疑う余地なんて、どこにもなかった。
それなのに、このイケメンときたら……。
「はぁぁああああああああ!?」
気が付けば、広間にあたしの声が響き渡っていた。
ついでに、シャンデリアが揺れた……気がする。
まぁ今はそんなことどうでもいい。
あたしは彼の宝石が埋まっているかのような青い双眸を見る。そして疑問に思う。
「……あなたの目は、死んでますの?」
「なっ!?」
本気で心配になったから、そう言った。
冗談ではなく、嫌味でもなく。
その瞬間、空気が変わった。
貴族たちの視線が一斉に集まり、ひそひそと囁く声が広がっていく。
——あら。
これは、楽しくなってきましたわね。
どちらが間違っているのか、観客に聞いてみましょう。
「皆さま。ロゼルフ様の今のお言葉、お聞きになりまして?」
あたしはにこっと笑って、周囲を見渡す。
「公爵家の嫡男、ロゼルフ・アルフォード様が、このあたしを可愛くないとおっしゃいましたの」
ざわ、と空気が揺れた。
周囲の視線が完全に彼へと向かう。
あたしは続ける。
あくまで、明るく。
「このあたしに可愛くないと言って婚約破棄を言い渡す……もしこれが貴族の間で噂になったら、どうなるのかしら?」
首を傾げる。
あたしの純粋な疑問に、彼の顔色がはっきりと青ざめた。
「ま、待て! 今のは言葉のあやだ!」
慌てた声。
ようやく状況を理解したらしい。
「婚約破棄は……やめよう! 今のは本心じゃない」
…………は?
「は?」
ロゼルフが何を言っているのか分からず、あたしは無意識に素で返事をしてしまった。
この人は勘違いしているみたい。
「ロゼルフ様。婚約破棄は、するに決まってます」
胸を張って、堂々と言う。
「あたしを可愛くないと言う方と婚約を続ける理由が、どこにありますの?」
少し考えて、あたしは結論を出した。
「あたしは、毎分毎秒、可愛いと言ってくださる殿方を探します。あなたとは違って、心の底から可愛いと言い続けてくれる人を——」
だって、それが普通でしょう?
可愛いもん、あたし。
「では、後日正式に婚約破棄に関する書類を提出しますわ。ロゼルフ様、さようなら」
そう言って、あたしはくるりと踵を返した。
きらきらした広間を背に、迷いなく歩き出す。
婚約破棄なんてどうでもよかった。
最初から顔以外に彼への興味はなかった。
——でも、問題は一つだけ。
それはあたしを可愛くないと言ったこと。
たったそれだけです!
やっぱり政略結婚なんてよく分からないものはダメね。
あたしの相手は、あたしを世界で一番可愛いと即答で断言してくれる人じゃないと!
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