第九章 君の残響(遥視点)
帰国してからの日本の空は、やけに低く感じた。
アメリカの広場の青を思い出すたび、
遥は無意識に空を見上げていた。
旅を終えてからも、あの数日間の音が耳から離れなかった。
蓮と過ごした夜、初めて聴いたあの“声”。
今もはっきり思い出せる。
冷たい風の中で震えていたのに、どこか温かかった。
遥は美容師の仕事を辞め、街の片隅にあるライブバーでピアノを弾くようになった。
週に一度だけ。
客は少なく、拍手もまばら。
それでも音を出すたびに、あの夜の残響が胸に広がった。
「君のギター、誰かを探してるみたいな音がする。」
自分があのとき言った言葉を思い出す。
今思えば、それは自分自身のことだったのかもしれない。
ある夜、演奏を終えたあと、店のオーナーが声をかけた。
「遥くん、この曲、SNSに上げてみたら?
最近は動画がすぐ広まるからね。」
軽い気持ちでスマホを取り出し、ピアノを弾く姿を録った。
投稿にはこう書いた。
> “ある人に出会って、音が変わった。”
翌朝、スマホの通知が止まらなかった。
コメントの多くが同じ言葉を口にしていた。
> 「このピアノ、あの広場の音に似てる。」
> 「まるで続きを聴いてるみたいだ。」
――“広場の音”。
アメリカのあの広場から、どんどん拡散されていった。
驚いた。
あの夜、たった一度きりの“初めての演奏”が、
こんな形で人の心に残っているなんて。
遥はスマホを見つめながら、胸の奥が熱くなるのを感じた。
「……ねぇ、蓮。」
小さく呟く。
「僕たちの音、まだここにあるよ。」
そして、彼は知らない。
その頃、海の向こうで――
蓮がすでに教授職を辞し、日本行きのチケットを手にしていたことを。




