第五部 第二章 分かっていなかったのは自分たちだけ
最初に異変に気づいたのは、俺たちじゃなかった。
練習を終えて片づけをしていると、店長がこちらを見て言った。
「……君たち、少し外を見てこい。」
言われたまま外へ出る。
SOLEILの前には、数人が立ち止まっていた。
「さっきの音、誰だよ。」
「なんか、普通じゃなかったよな……。」
俺たちは顔を見合わせた。
「……そんなに違いました?」
俺が聞くと、店長は首を横に振る。
「違うんじゃない。
届いてるんだ。」
遥が首を傾げる。
「届く?」
「君たちの音が、ここに収まってないってことだ。」
店長ははっきり言った。
「ユメトセツナは、ここで終わる器じゃない。」
胸が少しだけざわついた。
「……買いかぶりすぎですよ。」
「いや。」
店長は断言する。
「お前たちは、自分たちがどのレベルにいるかを知らなさすぎる。」
その日の夜、店長は続けた。
「俺の知り合いが、
日本でも上位クラスのフェスを運営している。
一枠、ねじ込んでやる。」
「……え?」
「お前たち自身が、確かめろ。
どこまで通用するか。」
俺たちはまだ半信半疑だった。
ユメトセツナは、ある程度知られている。
若手ではトップクラスと言われることもある。
でも、誰もが知っている存在じゃない。
「フェスの客が、俺たち知ってるとは思えませんけど。」
そう言うと、店長は笑った。
「だからいい。」
数週間後。
フェスのリハーサル会場。
スタッフは事務的だった。
「ユメトセツナさんですね。
時間はこの枠で。」
淡々とした対応。
名前は知っている。
でも、特別扱いではない。
――演奏が始まった。
最初の一音で、空気が変わった。
誰も言葉を発さない。
スタッフの一人が、無意識に腕をさすった。
「……鳥肌。」
誰かが小さく言った。
終わったあと、責任者が近づいてきた。
「……すみません。
構成を変更させてください。」
「え?」
「あなた方を……非公開枠にして、トリに回します。」
意味が分からなかった。
「……トリ?」
「はい。
誰が出るか伏せておいて、
最後にあなた方を出します。」
俺たちは顔を見合わせる。
「……なんで?」
責任者は、真顔で言った。
「これを途中に出すと、
後が持ちません。」
正直、混乱した。
なぜ?
どうして?
何が起きている?
店長は少し離れたところで、静かに頷いていた。
本番当日。
夜。
ステージ前は、ざわついていた。
「トリ、誰なんだ?」
「海外アーティストって噂だぞ。」
「サプライズらしい。」
俺たちは、暗い舞台袖でその声を聞いていた。
(……俺たちのことだなんて、誰も思ってないよな。)
遥が小さく言う。
「場違いじゃないかな……。」
瑠美も緊張している。
「でも……出るんだよね。」
亜香里は、静かだった。
そして、呼ばれた。
ライトが当たる。
歓声が一瞬止まる。
「……誰?」
その空気の中で、俺たちは音を出した。
一音目で、ざわめきが消えた。
誰も喋らない。
誰も動かない。
ただ、音だけが支配する。
途中で、泣き出す人がいた。
口を開けたまま動かない人がいた。
最後の音が消えたとき、
数秒の沈黙。
それから、爆発。
拍手、歓声、叫び声。
後日、テレビもネットも、どの局も取り上げた。
《正体不明のトリ》
《新人とは思えない完成度》
《フェス最大の衝撃》
俺はスマホを見ながら呆然とした。
「……もしかして。」
遥も、瑠美も、亜香里も黙っていた。
「……俺たちって。」
誰も否定しなかった。
「……やばいレベルまで来てる?」
その沈黙が、答えだった。




