第五部 第一章 静かな完成
前書き
お久しぶりです。
また「ユメトセツナ」の続きをお届けできることを、嬉しく思います。
少し間が空いてしまいましたが、
その理由は――正直に言うと、
ハーメルンにて新しい二次小説の執筆にどっぷりハマってしまい、
そちらを優先して書いていました。
気づけば時間が過ぎ、
「ユメトセツナ」の音から、少しだけ離れてしまっていましたが、
頭の片隅ではずっと、
彼らの続きを考えていました。
もしよければ、
その二次小説の方も覗いてもらえると嬉しいです。
まったく違う題材ですが、
“物語を書く楽しさ”は、どちらも同じでした。
さて、物語は第五部へ入ります。
ここからは、亜香里という天才ドラマーが加わり、
大きな事件や劇的な変化が前に出るというより、
本人たちがまだ気づいていない「違和感」や、
外の世界との距離が、少しずつ変わっていく過程を描いていくつもりです。
四人は、まだ何者でもありません。
けれど、音は確実に別の段階へ向かっています。
久しぶりの更新になりますが、
また少しの時間、
ユメトセツナの音に耳を傾けてもらえたら嬉しいです。
それでは、
第五部を始めます。
昼の SOLEIL は、夜よりも音が裸になる。
歓声も照明もなく、演奏の粗も癖も、そのまま浮かび上がる場所だ。
ステージには、見慣れた三人分の楽器と、
ひとつ多いドラムセットが置かれていた。
亜香里がスティックを持って入ってくる。
「……今日から、よろしくお願いします。」
少し硬い声。
でも、視線はまっすぐだった。
「こちらこそ。」
俺はギターを肩に掛けて答える。
「正式に、ユメトセツナへようこそ。」
遥は鍵盤の前に座り、短く言う。
「細かいことは後でいい。
まずは、音を出そう。」
瑠美もベースを構えた。
「うん。
合わせてみよう。」
説明も、確認もなかった。
曲名も言わない。
亜香里が椅子に腰を下ろし、
軽くスティックを回す。
――カウント。
音が重なった。
ドラムは前に出ない。
でも、拍の芯が一切ぶれない。
瑠美のベースが自然に乗り、
遥のピアノが空間を整える。
俺のギターは、考える前に指が動いていた。
(……やりやすい。)
それが率直な感想だった。
派手さはない。
奇跡みたいな感覚もない。
ただ、
音が滞らず、当たり前に前へ進む。
曲が終わる。
誰もすぐに言葉を出さなかった。
「……うん。」
遥が小さく頷く。
「問題ないね。」
「四人になった感じは、ちゃんとする。」
瑠美もそう言って、弦を押さえた。
亜香里は少し照れたように笑う。
「……浮いてないなら、よかった。」
俺はギターを下ろしながら思う。
(確かに、良い。)
でもそれは、
想像していた範囲の“良い”だった。
“いつもの三人”に、
“とても上手いドラマーが入った”。
それ以上でも、それ以下でもない。
そのとき。
スタジオの奥で、
ずっと黙って聴いていた店長が、
静かに息を吐いた。
「……君たち。」
低い声だった。
四人が同時に振り返る。
「今の演奏、どう思った?」
「普通に、良いと思います。」
瑠美が素直に答える。
「初合わせとしては、十分です。」
遥も続けた。
亜香里は少し考えてから言う。
「やっと、同じ場所に立てた気がします。」
店長は、しばらく黙っていた。
そして、ぽつりと言う。
「……なるほど。」
一歩前に出て、ステージを見渡す。
「君たちは、
“普通に良い”と思っている。」
視線が、俺たちを順に捉える。
「でもな。
外から聴くと、違う。」
俺は眉をひそめた。
「違う、って……?」
店長は淡々と続ける。
「今のは、日本のトップレベルだ。」
空気が止まった。
「……それは、さすがに。」
思わず、俺が言う。
店長は首を振る。
「誇張じゃない。
宣伝でもない。」
亜香里を見る。
「天才ドラマーが入った、
って話でもない。」
次に、俺たち三人を見る。
「最初から完成度の高い三人に、
同じ速度で音を理解する人間が加わった。
それだけだ。」
誰も言葉を返せなかった。
店長は、少しだけ笑った。
「自分たちで気づいていないのが、
一番怖いところだ。」
そう言って、
何事もなかったようにカウンターへ戻っていった。
しばらく、誰も動けなかった。
「……大げさじゃない?」
瑠美が小さく言う。
遥も肩をすくめる。
「店長は、いつもそうだ。」
亜香里は少し不安そうに笑った。
「そんな……
まだ始まったばかりだよね。」
俺は何も言わず、
ギターの弦を軽く鳴らした。
音は、さっきと同じように、
当たり前に響いた。
俺たちはまだ知らない。
この“当たり前”が、
どれほど異常な完成形なのかを。




