第四部 第九章 最後のステージ
会場の周りには、夕暮れの匂いが漂っていた。
俺と遥と瑠美は、フードを深くかぶりながら並んで歩く。
「……本当にバレないよね?」
瑠美が小声で不安そうに言う。
「バレないよ。顔出してないんだから。」
遥は淡々としているが、どこか緊張が混ざっていた。
今日は――
一ノ瀬亜香里が、今のバンドで叩く最後のライブ。
次からはユメトセツナのドラマーとして、俺たちと共に立つ。
でもその前に、彼女がずっと守ってきた場所をちゃんと見届けたかった。
スタッフに案内され、
俺たちは客席から少し離れた、目立たない場所へ通された。
「……すごい。満員だ。」
瑠美が息をのむ。
照明が落ち、会場がざわめき始める。
(始まる……)
スティックを握った亜香里がライトを浴びて立つ。
その姿だけで、客席の空気が変わった。
──一打目。
空気を切り裂くようにスネアが響く。
「……前より強い。」
俺は思わず呟いていた。
遥が静かに頷く。
「SOLEILで聴いたときより、深くなってる。
覚悟が音に出てる。」
瑠美は目を潤ませながら、震える声で言った。
「……すごい。こんな音、初めて聴いた。」
派手さはない。
でも、一打ごとに“気持ち”が乗っていた。
これが、今のバンドとの最後の音。
それに気づいてしまうから、余計に胸に響いた。
(……やっぱり、この人だ。)
曲が終わるたび、拍手が嵐みたいに広がる。
亜香里は涙をこらえながら、でも笑顔でステージに立っていた。
最後の曲が終わり、
ライブハウス全体が立ち上がって拍手を送った。
(終わった……)
でもこれは、終わりじゃない。
(ここから、亜香里の新しい始まりなんだ。)
俺たちはスタッフに声をかけ、
楽屋にサプライズで挨拶したいと伝えた。
案内された廊下は静かで、
扉の前に立つと心臓の音がやけに大きく聞こえる。
(驚くかな……
でも、ちゃんと伝えなきゃ。)
ノックをし、扉が開いた。
「亜香里、お疲れ。」
亜香里がこちらを向いた瞬間、
驚きで大きく目を見開き――
ゆっくりと涙を浮かべた笑顔に変わった。
「……来てたんだ……」
遥が手を軽く上げる。
瑠美は目の縁を赤くしたまま微笑んだ。
後ろにいたバンドメンバーが、俺たちを見て言った。
「えっと……もしかして君たちが、
亜香里ちゃんの“次に行くバンド”の人たち……?」
「はい。そうです。」
俺は一歩前に出た。
「改めて――
俺たち、ユメトセツナです。」
静寂。
その次の瞬間、
三人の表情が一気に崩れた。
「えっ……今……なんて……?」
「ユメトセツナって……
あの、SNSで話題の……!?」
「最近、若手No.1って言われてる……あの……!?」
亜香里は小さく笑って、少し胸を張った。
「うん。
次は、蓮くんたちとやる。」
三人は目を潤ませ、震える声で亜香里を見つめた。
「……そっか。
行くんだな……」
「本当にすごいよ、あかり。
誇りだよ。」
「あなたなら絶対大丈夫。
本気で応援する。」
亜香里の涙がぽたぽた落ちた。
「……ありがとう。
いままで一緒に音を作ってくれて、本当にありがとう。
私、全力で頑張ってくる。」
俺たちは深く頭を下げた。
「一ノ瀬さんを、大切にします。」
「頼んだよ……」
温かい空気が楽屋を包む。
これは、“最後”の日であり――
同時に
新しい四人の物語が始まる合図だった。




