第四部 第八章 決意の鼓動(亜香里視点)
三日後の夕方。
スタジオに向かう足取りは重いのに、
胸の奥だけがやけに整っていた。
今日、伝える。
“次のライブで最後にする”と。
ずっと一緒にやってきた仲間だからこそ、
誤魔化しも嘘もつきたくなかった。
「亜香里、今日は早いな。」
ギターの篤史が明るく手を挙げる。
ベースの沙耶と、キーボードの俊もこちらを見る。
「……あの、話があるの。」
その言い方で、三人の表情がすぐに変わった。
わたしが“何かを決めた”顔だって、多分気づいたんだと思う。
深呼吸して、真正面から言った。
「……次のライブを、最後にしたい。」
静かに、スタジオの空気が落ちた。
篤史が、いつになく真剣な声で聞く。
「理由、聞いてもいい?」
「……うん。」
胸の奥の揺れを抑えながら、ゆっくり言った。
「わたし……
“自分が一緒に立ちたい音”に出会ったの。
その瞬間、迷いがなくなっちゃった。
“ここじゃない”って。」
沙耶はすぐに目を伏せ、
そして静かに笑った。
「……やっと、やな。」
「え?」
顔を上げると、沙耶が優しく言う。
「亜香里、ずっと実力あるのに…………
自分から『行きたい』って言わへん子やったやろ?
日本のバンドでもトップレベルのドラマーやのに、
いつも遠慮して……人のために叩いてた。」
その言葉に、喉がきゅっとした。
俊も腕を組んで、小さく頷いた。
「正直、俺らは分かってたよ。
“ここに収まる子じゃない”って。
悔しいけど……
でも、亜香里が“自分の気持ちで動いた”の、
初めて見た。」
篤史が、少し笑いながら言う。
「……そういう意味では、やっとやな。
やっと、自分で選んだんやなって思った。」
胸が熱くなった。
悲しませたくなかったのに――
悲しませたことが、こんなにも優しく返ってくるなんて思わなかった。
「……ごめん……ほんとに……」
言葉が震えた瞬間、
沙耶がスティックを置いて、わたしの肩に触れた。
「謝らんでいい。
亜香里が“自分の居場所”を見つけたなら、
それ以上に嬉しいことないよ。」
俊も笑う。
「次のライブ、ちゃんと叩けよ。
トップレベルの“うちのドラマー”の最後なんやから。」
篤史が指で涙をぬぐう仕草をしてみせる。
「寂しいけど……誇らしいわ。
最後まで一緒に音出そな。」
涙があふれた。
でも、それは悲しみじゃない。
“行ってこい”と背中を押してくれる優しさに触れたから。
「……ありがとう。
みんな、本当に……ありがとう。」
帰り道、
SOLEIL の前を通ったとき、
思わず胸に手を当てた。
三人の音が、心の奥でまだ鳴っている。
「蓮くん……瑠美ちゃん……遥くん……
待っててね。
次のライブが終わったら……
本当に、本当に行くから。」
その呟きを、夜風がそっと連れていった。




