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第四部 第五章 息吹(亜香里視点)

 SOLEIL の照明が落ち着いた空気をつくり、

 ステージの上に立つ三人を柔らかく照らしていた。


 私は丸椅子に腰を下ろし、

 胸の前で組んだ指にそっと力を込める。


 さっき自分のドラムを叩いたときよりも緊張していた。

 “プロとして聴く”という意識が、

 心のどこかを静かに締めつけていた。


「じゃあ……始めようか。」

 蓮くんの低く落ち着いた声が響く。


「曲名、聞いていい?」

 私は自然にそう尋ねていた。


 蓮くんは少しだけ目を伏せて、

 穏やかな声で答えた。


「――『息吹』。」


 その瞬間、胸がドクンと跳ねた。


(……息吹?

 え……待って……)


 深夜、眠れないままスマホをいじっているとき、

 突然流れてきた“あの曲”。


 正体不明。

 顔出しなし。

 光でステージが隠された三人組。


 気づけば何度も再生して、

 お気に入りに入れていた。


 そのタイトルが――

 今、蓮くんの口から出た。


「行くぞ。」

 蓮くんの声で、思考が現実へ引き戻された。


 次の瞬間。


 ギターが、そっと息をした。


 柔らかいアルペジオが空気を震わせ、

 遥くんのピアノが光を差し込むように重なる。


 瑠美ちゃんのベースが、

 大地みたいに低く優しい音で土台を作る。


(……うそ……

 まって……これ……)


 指先が震える。


 この音の重なり方。

 この呼吸の間。

 この揺れ方。


(似てる……いや……同じ……?)


 そして。


 蓮くんが、目を閉じて息を吸い――


 歌い始めた。


 その声が響いた瞬間、

 胸の奥が一気に熱くなった。


(……この声……

 ずっと聴いてた……

 あの動画の……

 あの歌声……)


 温かくて、まっすぐで、

 聴くたびに泣きそうになった声。


 蓮くんが歌っていたなんて、

 想像もしなかった。


 三人の音が重なり、

 “息吹”が満ちていく。


 最後の音が溶けるように消えたとき、

 私は呼吸の仕方すら忘れていた。


「……どう、だった?」

 蓮くんが少し不安そうに声をかけてくる。


 私は唇を震わせながら問い返した。


「……今の、“息吹”だよね……?」


「ああ。」

 蓮くんは真っ直ぐにうなずいた。


「じゃあ……」

 胸がぎゅっと締めつけられる。


「……三人が……“ユメトセツナ”なんだね。」


 遥くんも瑠美ちゃんも目を見開き、

 蓮くんだけがゆっくりと頷いた。


「……そうだよ。」


 涙が勝手にあふれそうになる。


「なんで……

 言ってくれなかったの……

 ずるいよ……

 ずっと動画見てたのに……

 本物が、こんな近くに立ってるなんて……」


 蓮くんは少しだけ視線を落とし、

 静かに息を吸った。


「……黙ってて、ごめん。」


 その言葉は優しくて、

 誤魔化しも嘘もなくて、

 ただまっすぐだった。


 私は涙を指で押さえ、

 首を横に振った。


「……ううん。

 逆にね……嬉しかった。」


 蓮くんが驚いたように瞬きをする。


「もし最初から“ユメトセツナだよ”なんて言われてたら、

 私は今日みたいに素直に音を聴けなかったと思う。」


 胸に手を当て、熱を確かめる。


「知らないまま聴いたから……

 本当に“すごい”って思えた。

 誰かの名前じゃなくて、

 三人の“音”そのものに、感動できた。」


 蓮くんの表情が、

 少しだけ柔らかく崩れた。


「……教えてくれてありがとう。

 そして……黙っててくれて、もっとありがとう。」


 そう言った瞬間、

 三人の音が胸の奥で再び鳴り出した。


 今日、私は――

 一人のリスナーじゃなく、

 一人のドラマーとして、

この音に惹かれていた。

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