第四部 第四章 最初の鼓動
夜の SOLEIL は、静けさが似合う店だった。
客のいないフロアは薄暗く、
ステージの灯りだけが楽器たちを照らしている。
「……ここで少し叩いてみてもいいの?」
亜香里がスティックケースを胸に抱えたまま、三人を見る。
「もちろん。店長に許可は取ってる」
蓮が迷いなく答える。
「亜香里の音、ちゃんと聴きたい。」
「僕も楽しみ。」
遥が柔らかく笑う。
「めっちゃ上手いんよ、亜香里ちゃん。」
瑠美は胸を張る。
「専門のときから、叩き始めた瞬間に空気変わるって有名やったもん。」
「やめて……緊張するじゃん。」
亜香里が少し照れたように笑い、
ステージへ上がるとゆっくりドラムスローンに腰掛けた。
深呼吸をひとつ。
そして――最初の一打。
パシッ。
鋭いスネアが空気を切り裂き、
バスドラが床を震わせ、
ハイハットが繊細に光を散らす。
派手じゃないのに、迷いが一つもない音だった。
蓮は思わず息を止め、
遥はその動きをじっと目で追い、
瑠美は誇らしそうに頷く。
短いフレーズを叩き終えると、
最後の音が静かに消えていった。
「……こんな感じ。」
亜香里が控えめに笑う。
「やっぱりすごい。」
瑠美が息を漏らす。
「うん。綺麗で、芯がある。」
遥も頷いた。
蓮はしばらく言葉が出なかった。
ただ胸の奥が温かくなる。
そのとき、店の奥から足音。
「いい音だった。」
店長が姿を見せる。
腕を組んだまま、ゆっくり四人に近づいた。
「聴いてたんですか?」
遥が少し驚く。
「ここは何処にいても聴こえるさ。」
店長は優しく笑った。
「君、しっかり練習やり込んでる。
音が真っすぐ届いてた。」
「ありがとうございます。」
亜香里は照れながら頭を下げる。
店長は蓮たち三人へ視線を向ける。
「で、今日はどうするんだ?これで終わりか?」
三人は少し言いづらそうに視線を交わした。
今日ここに来たのは、
“決める”ためじゃなく、
“まず会って、知る”ためだったからだ。
その空気を察したように、
亜香里が静かに口を開く。
「……あのね。」
三人の視線が集まる。
「私、一応プロとして叩いてるから……
気持ちだけで決めるのは違うなって思ってるの。」
言葉はまっすぐで、迷いがない。
「だから、まずは三人の演奏を聴かせてほしい。
三人がどんな音楽をやってるのか……
ちゃんと知った上で判断したい。」
瑠美が小さく微笑む。
「それが一番やと思う。うん。」
「僕らも、その方が嬉しい。」
遥が頷く。
蓮はゆっくりと息を吸い、亜香里を見る。
「……わかった。
次は──俺たちの音を聴いてもらおう。」
亜香里が穏やかに笑った。
「うん、楽しみにしてる。」
SOLEIL の灯りが柔らかく落ち、
四人の影が静かに交じり合うように伸びる。
まだ“バンド”ではない。
でも確かに、新しい何かが動き出そうとしていた。




