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第三部 第九章 はじめての依頼

 SOLEILの扉を押して入ると、いつもの軽い空気とは違う緊張が漂っていた。


 カウンターにいた店長は、腕を組んだまま俺たち三人をじっと見つめている。


 「……来たか。」


 その声音だけで、ただ事じゃないと分かった。


 瑠美が恐る恐る聞く。


 「店長さん、どうかしたんですか?」


 店長は自分のスマホを差し出した。


 「これ、見てみろ。」


 画面には、SOLEIL宛てのDMがずらりと並んでいた。

 ひとつやふたつじゃない。十件以上。すべて“出演依頼”の文字。


 遥が息を呑む。


 「……え、全部うちに?」


 「お前ら、昨日“ユメトセツナ”として正式に名乗ったろ。

   あれで一気に話題になったんだよ。

   顔出さない三人組、ってな。」


 俺たちは顔を見合わせた。

 一日でこんな反応がくるなんて考えもしなかった。


 店長は一つのDMを開いて見せる。


 「特にこれだな。CrossPointからの正式依頼だ。」


 CrossPoint。

 SOLEILの十倍の収容数を誇る巨大ライブハウス。

 プロが最初に立つ目標のひとつ。


 瑠美が小さく息を飲む。


 「……本物だ……」


 俺も心臓の音がうるさいほど響いていた。


 店長がゆっくり言う。


 「CrossPointは“技術”が要求される。

   SOLEILみたいに音がまとまらない。

   広い箱は、音が逃げる。

   感情だけじゃ届かねぇ。」


 遥が真剣な顔になる。


 「……つまり、今のままじゃ通用しないってこと?」


 「悪いが、そうだ。

   でも──」


 店長は口角を少し上げた。


 「それでも声がかかったってことは、

   もうお前らは“外のバンド”として見られてるってことだ。」


 その言葉に、胸の奥がじんわり熱くなる。


 店長は続けて言った。


 「それと……前から話してた“地域イベント”のほうは、もう正式決定してるからな。」


 瑠美が頷く。


 「うん。あれが最初のステージだよね。」


 「そうだ。その本番が近い。

   で、そのタイミングでCrossPointから新しい依頼が来た。

   二つ同時に来るなんて、普通じゃねぇぞ。」


 三人は一瞬、言葉を失った。


 最初のステージはすでに決まっていて、

 その上で、まるで追い風のように大きな依頼が舞い込んだ。


 嬉しさ、不安、期待、緊張。

 いろんな感情が同時に胸を揺らす。


 店を出たあと、春の夜風が妙に冷たく感じた。


 遥が静かに聞いてくる。


 「……蓮。

   CrossPointって、本当にそんな大きいの?」


 「デカいぞ。

   SOLEILの十倍だ。

   音を“飛ばさない”と届かない。」


 瑠美が下を向き、ぽつりと言う。


 「三人で……行けるのかな。」


 その不安は分かる。

 でも、俺は迷わなかった。


 「行けるかどうかじゃない。

   行くしかないだろ。

   俺たち、昨日、自分たちで“外に出る”って決めたんだ。」


 遥が小さく笑う。


 「うん……怖いけど、楽しみでもある。」


 瑠美も顔を上げて言う。


 「私も。逃げない。

   あのステージ、三人で立ちたい。」


 その言葉だけで、怖さよりも熱が勝った。


 その夜、俺たちはCrossPointへ出演を承諾する返信を送った。


 こうして──

 決まっていた地域イベントに加え、

 “外の世界への本格的な一歩”が始まった。


 ユメトセツナの音は、

 もう止まらなくなっていた。

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