表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/31

第三部 第八章 名前を掲げる夜

SOLEILを出た夜、

 街は春の気配をまとっていた。


 聞き飽きたはずの風の音が、

 今日は少し違って聞こえる。


 三人で鳴らした音が、

 店の外の世界に少しずつ届き始めている──

 そんな確信のようなものがあった。


 駅に向かって歩いていると、

 遥がふいに口を開いた。


 「……そろそろさ、

   僕たちも“名乗る”べきじゃない?」


 その声は静かだったけど、

 何かを決めた人間の温度を帯びていた。


 瑠美がぴたりと足を止め、

 遥のほうへ振り返った。


 「名乗るって……

   公式に“ユメトセツナです”って言うってこと?」


 遥はゆっくり頷く。


 「うん。

   噂だけで動くのも悪くないけど……

   もう、向こうから音を見つけてもらってる。

   だったら、僕たちからも歩き出していいと思う。」


 その言葉に、

 胸の奥が静かに熱くなるのを感じた。


 俺は前に一歩踏み出し、


 「……よし。

   公式アカウント、作るか。」


 と言った。


 瑠美の目が少し揺れ、

 でもすぐに柔らかく笑った。


 「ついに……“外”に出るんだね。」


 駅前の小さな公園へ移動し、

 三人はベンチに並んで座った。


 俺はスマホを取り出し、

 Xの新規アカウント画面を開く。


 遥が肩越しに覗き込む。


 「アイコンどうする?

   影の写真でもいいけど、

   ロゴ作るって手もあるよね。」


 瑠美が手を挙げた。


 「あたしが作る!

   デザイン好きだし、得意だよ。」


 遥が意外そうに目を丸くする。


 「え、そんな特技あったの?」


 「うん。高校デザイン部だったの。

   バンドロゴとか、めっちゃ描いてた。」


 それを聞いた瞬間、

 三人の音がまた少し繋がったような気がした。


 アカウント名の入力画面。


 俺はゆっくりと文字を打った。


 @yumetosetsuna_official


 画面にそれが表示された瞬間、

 三人の間に静かな空気が流れた。


 瑠美が小さく言う。


 「……ほんとに始まったんだね。」


 遥も息を吐くように笑う。


 「噂の名前が、

   僕たち自身の名前になったんだ。」


 その言葉に頷き、

 俺は作成ボタンを押した。


 ──アカウント作成完了。


 真っさらな画面が、

 逆に一番まぶしく見えた。


 初投稿をどうするか。

 三人で少し悩んだ。


 遥が言う。


 「僕ら、顔出ししてないから……

   飾るより、シンプルにしたい。」


 瑠美が続ける。


「でもちゃんと“自分たちの言葉”で名乗りたいよね。」


俺はスマホを持ち直し、

 文字を打ち始めた。


 【お知らせ】

  影として音だけを届けていた三人です。

  本日より“ユメトセツナ”として正式に名乗ります。

  顔は出しません。

  でも、音は全力で届けます。

  よろしくお願いします。


 三人で画面を見つめ、

息を合わせて投稿ボタンを押した。


 投稿してすぐは静かだった。


 でも──

 十数分後。


 通知が、爆発した。


 《え、本物!?》

 《影の二人組ほんまやん!!》

《三人になったってほんとだったのか》

《顔出しなし続けてくれるの嬉しすぎる》

《ユメトセツナって正式名……震えた》

《音だけで勝負するバンド、めっちゃ応援する》


 瑠美が驚いた声を上げた。


 「なにこれ……

   めっちゃ反応きてる……!」


 遥がスマホを見つめながら息を飲む。


 「ほんとに……見つかったんだな、僕たち。」


 俺はゆっくりと空を見上げた。


 「今日、

   俺たちは正式に“外”に出た。」


 三人は言葉を失って、

 ただ春の夜の空気を吸った。


 名前を掲げた夜。

 噂の二人組は、

 本物の三人組になった。


 そして世界は、

 もう少しだけ俺たちに近づいていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ