第三部 第六章 音が変わる瞬間
「じゃあ次は、強弱だけ意識してやってみようか。」
店長のその声で、
三人は再び音を合わせた。
最初に鳴ったのは遥のピアノ。
静かに始まり、波のように少しずつ強くなっていく。
そこに俺のギターが寄り添い、
瑠美のベースがじわりと底を支えた。
同じ曲なのに、
さっきより“外”を向いている音 がした。
店長が腕を組んで言う。
「よし、じゃあ今度は“遠くに人がいるつもり”でやってみな。」
瑠美が緊張したように笑う。
「人がいるつもり……って、どうイメージすれば?」
店長はにやりと微笑んだ。
「簡単だよ。
“この店より10倍広い場所で、
一番後ろの人に音が届くかどうか”
それを想像して鳴らせばいい。」
瑠美は大きく息を吸い、
ゆっくりとベースに手を置いた。
再び曲が始まる。
さっきより、音が伸びる。
広がる。
遠くまで飛んでいく感覚が、
三人にも店長にも分かった。
遥が鍵盤を叩くように言う。
「……分かる。
なんかさっきより“抜ける”音になってる。」
店長は満足そうに頷いた。
「そう。外だと“濁った音”は前に行かない。
だから遥、指を少しだけ立ててみな。
鍵盤への入り方が変わる。」
遥は言われた通りにして、再び弾く。
音がクリアになる。
より前へ押し出されるように響いた。
「……うわ。変わる。」
「それそれ。」
店長は笑いながら親指を立てる。
次は俺の番だった。
「蓮、お前は“歌”がある。
ギターと歌をどう混ぜるかが勝負だ。」
「混ぜる……?」
「歌は前に出る。
ギターは広がる。
この二つの“場所”を見つけないと、
どっちも弱くなる。」
言われてみれば、
昨日のライブでは無意識にそれができていた気がする。
遥が俺の横から言う。
「蓮、呼吸で分けてみたら?
歌う前はギターを少し引いて、
歌い終わった瞬間にギターを押し出すとか。」
それはまるで、
ピアニストとしての遥の“呼吸”の理論だった。
俺は試しにやってみた。
歌う直前、
ギターの音を少し抑え、
歌声を前へ押し出し、
歌い終えた瞬間に、
ギターを強く弾く。
音が、
波のように前後へ動きはじめた。
店長が小さく口笛を鳴らす。
「……いいじゃねぇか。
外でも十分通用するぞ、その合わせ方。」
最後に、瑠美のベース。
店長はベースを指さして言う。
「瑠美、ベースは外だと“主役級”に重要だ。
でも強くするだけじゃダメだぞ。」
「じゃあ、どうすればいいんですか……?」
店長は顎に手を置きながら言った。
「リズムじゃなく、“世界”を作れ。」
瑠美が息を呑む。
「世界……?」
「外のステージは広い。
三人だけじゃ埋まらない。
だからベースが、
“空間の床” を作るんだ。」
瑠美は目を大きく見開いた。
「……やってみます。」
ベースの弦を軽く叩く。
音が低く、深く、ブワッと広がる。
遥が驚いたように目を見張った。
「瑠美ちゃん……今の、すごい。」
俺も同じことを感じていた。
店長は静かに頷いた。
「それでいい。
外ではベースが“空気の色”を変える。
瑠美、お前ならできる。」
瑠美の目に、
嬉しさと決意が静かに宿った。
三人がそれぞれ
外へ向かう音を掴んでいく。
いつものSOLEILのステージなのに、
もうそこは“外へ続く入口”のように見えた。
店長は照明をゆっくり落としながら言った。
「いいか。
これから鳴らすのは“未来に届く音”だ。
三人ならきっと、どこへでも届く。」
ライトが暗くなり、
ステージに残った三人の影が
ゆっくり重なっていく。
初めて、
“外の天井”が見えた気がした。




