第三部 第三章 同じ明日を見た夜
SOLEIL を出た三人は、店の前でひとまず別れた。
まだ何かを話したいような、それでいて言葉にならない空気が流れていた。
「また連絡するね。」
遥が少し照れたように言い、歩き出す。
瑠美も「バイトあるから」と小さく頭を下げ、
反対側の道へと消えていった。
残された俺は、
店長の言葉を反芻しながら帰路についた。
——三人の音には“続き”がある。
その一言がやけに重く響き、
胸の奥をじわじわと温めていた。
◇
自室に戻り、ギターを膝に置く。
弦に触れなくても、今日はずっと音が耳に残っていた。
スマホが震える。
《遥:今日、おつかれ》
《遥:店長、なんか嬉しそうだったね》
思わず笑ってしまう。
《蓮:ありがたいよな》
《蓮:あそこで練習できるのは大きい》
少しして返事が来た。
《遥:うん。
……ねぇ、蓮。》
《遥:来月のイベント、本当に出たいと思ってる?》
しばらく画面を見つめた。
まだ“外”に立ったことはない。
今日の話はあくまで“提案”だ。
慎重に考える人だっているだろう。
けれど──
胸に浮かぶ答えは一つしかなかった。
《蓮:出たい。
三人で、ちゃんと音を外に出したい》
返事はすぐだった。
《遥:僕も。
瑠美ちゃんもきっと前向きだと思う》
《遥:あとは、三人で話して決めよう》
“決める”という言葉が、静かに心に沈んだ。
瑠美はベッドの上で、
今日の演奏を何度も思い返していた。
蓮の歌。
遥のピアノ。
自分のベース。
三つの音がひとつになった瞬間のこと。
スマホが震えた。
《遥:おつかれ。ライブイベントのことどう思った?》
瑠美はすぐには返信できず、
天井を見つめたまま大きくひとつ息をついた。
あの瞬間、自分は本当に“音になれた”のだろうか。
そんな不安ばかりが胸を巡っていた。
やっとの思いで返信した。
《瑠美:ありがとう
嬉しいと思ってる。でも、正直まだ頭が追いついてない》
すぐに返信。
《遥:追いつかなくていいんだよ
追いつかないくらいの出来事だってこと》
少し笑ってしまう。
《瑠美:……うん
でもその為にもっと上手くなりたい
二人の音に負けないように》
《遥:じゃあ、また練習しよう。
そのために店長が鍵をくれたんだから》
その言葉が胸の奥の不安をそっと撫でた。
その夜、
三人はそれぞれ違う場所で、
それぞれの光に照らされていた。
まだ“外”には出ていない。
まだ何も証明していない。
ここにあるのは、
ひとつの提案と、
それに向けて静かに灯り始めた決意だけだ。
けれどその火は、
もう揺らぐことはなかった。
三人の中で、
同じ明日がゆっくりと輪郭を描き始めていた。




