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第三部 第二章 三人の変わり目

 昼過ぎ、SOLEIL の扉を開けると、

 春の光が店内に静かに差し込んでいた。


 いつもと変わらない店の景色。

 なのに、空気だけが少しだけ色を帯びている気がした。


 「お、来たね。」


 カウンター奥で店長が手を挙げた。

 だが、その表情はいつもより少し深い。


 「昨日の演奏、聴いたよ。

  ここにいると、全部聞こえてくるからね。」


 店長はグラスを拭きながら言った。


 「蓮と遥、二人だけのときから思ってたんだ。

  “なんだこの完成された二人は”って。」


 遥が苦笑する。


 「完成……ですか?」


 「そう。

  二人の音ってさ、最初から形になってたんだよ。

  プロ歴が長い人間が組んだのかと思ったくらいだ。」


 そう言って、店長は俺の方を見る。


 「でも、二人の音は“狭い”と感じてた。

  完成していても、世界がまだ閉じているというか……

  そんな印象だったんだ。」


 遥が小さく頷いた。


 「だからね、瑠美ちゃんが入ったとき、

  “この二人の世界が広がるかもしれない”と思った。」


 店長はステージを指さす。


 「そして昨日、ついにそれが形になった。」


 瑠美が驚いたように息を飲む。


 「形に……?」


 「ああ。

  二人で完成していた世界に、

  三人目の“色”がようやく溶けたんだよ。」


 店長の声は、確信に満ちていた。


 「昔からミュージシャンをたくさん見てきたけどね、

  昨日みたいな“変わり目”は滅多にない。

  三人の音が、初めて同じ場所を見てた。」


 胸がじんわりと熱くなる。


 店長は軽く笑って続けた。


 「顔を出してなくても問題ないよ。

  いい音ってのは、姿が見えなくても伝わるからね。」


 その言葉はストンと胸に落ちた。


 「それで、本題。」


 店長はカウンターに手を置いた。


 「三人が練習したいときは、いつでも店を使いな。

  勤務前でも、営業時間外でも鍵貸す。」


 瑠美が目を丸くした。


 「そんな……ありがたすぎます……」


 「いや、三人の音が昨日でまたひとつ次の段階に入った。

  続きがある音だよ。

  だから応援したいんだ。」


 その“続き”という言葉が胸に静かに染みる。


 店長は指を一本立てた。


 「来月、小さなライブイベントがある。

  外の空気を吸うにはちょうどいい場所だ。

  三人がよければ出てみないか?」


 遥が息を吸った。


 「……挑戦してみたいです。」


 瑠美もうなずく。


 「私は……出たいです。」


 俺もその二人の表情を見て、自然に言葉が出た。


 「お願いします。出たいです。」


 店長は満足そうに頷いた。


 「よし。

  三人とも、いい顔してるよ。

  ここから、三人の本当の旅が始まる。」


 SOLEIL の小さなステージ。

 二人で完成していた音。

 そこに昨日、三人目の“色”が宿った。


 その瞬間を聴き続けてきた店長だからこそ、

 気づいた変わり目だった。

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