第二部・第三章 光と影のはざまで
ライブの翌日、
SNSは“ユメトセツナ”の名前で溢れていた。
> 「顔を出さない二人組、誰なんだ?」
> 「あの夜の音楽、忘れられない。」
> 「たった一曲で泣かされた。」
映像には逆光のステージ。
ギターとピアノだけが光に浮かび、二人の顔は一切映っていない。
けれど――そこに“存在”があった。
「……すごいことになってるね。」
遥がスマホを見ながら呟く。
俺は答えず、窓の外を見ていた。
朝の光が眩しすぎて、少し目を細めた。
「嬉しくないの?」
「嬉しいさ。でも……なんか違う。」
「違う?」
「俺たち、顔も名前も出してないのに、
“誰”かであろうとしてる人が多いんだ。」
SNSには、ファンが作った推測アカウント、
過去の映像を漁って“特定”しようとする動き。
“彼らは元プロだ”“正体は海外帰りの天才だ”――
勝手な噂が増えていた。
「……音だけでいいのにな。」
俺が言うと、遥はゆっくり首を横に振った。
「音だけで生きるのは、綺麗すぎる理想だよ。
でも、理想だからこそやるんだ。」
その言葉に、少し救われた気がした。
遥はいつだって現実を見ている。
そして、俺は夢を見ようとする。
だからこそ、バランスが取れているのかもしれない。
だが、その夜。
スマホに届いたひとつの通知が、胸をざわつかせた。
> 「“ユメトセツナ”の正体、判明か?」
という記事タイトル。
クリックすると、どこかの音楽メディアが俺たちのライブ映像を分析し、
“指の動き”や“掛け声”から、特定の名前を挙げていた。
――“元大学教授・天才数学者、星野蓮ではないか?”
背筋が冷えた。
教授という肩書きを捨てたはずなのに、
過去の影がまた音に追いついてきた気がした。
「どうする?」と遥が訊いた。
俺はしばらく黙り、そして小さく笑った。
「……隠さなくていい。でも、名乗る気もない。」
「つまり?」
「俺たちは俺たちの音で証明する。それだけだ。」
遥は安心したように微笑んだ。
「それが“ユメトセツナ”だね。」
光は眩しく、影は深く。
そのはざまで、
俺たちはまた音を鳴らした。




