第二部・第一章 残響のはじまり
ここから第二部の物語が始まります。
広場で生まれた音は、静かに街へと広がり、
“ユメトセツナ”という名の小さな波を起こしました。
まだ誰も知らない。
顔も、過去も、未来も。
けれど、確かに“音”はそこにあって、
誰かの心を震わせ始めている。
これは、あの日から続く“その先”の物語。
夢と現実の狭間で、それでも音を鳴らし続けた人間たちの、
新しい残響のはじまりです。
動画が拡散されてから、一週間が経った。
“ユメトセツナ”という名前は、まだ誰も知らない。
けれど、SNSでは確かに何かが動き始めていた。
> 「あのギターとピアノの二人、誰?」
> 「もう一度、あの音を聴きたい。」
> 「“ユメトセツナ”っていうらしい。」
──まだ、誰も顔を知らない。
けれど、確かに“音”だけは届いていた。
それだけで十分だった。
誰かの心の奥で、小さな火が灯る音がした。
俺と遥は、都内の小さなスタジオを借りた。
壁は傷だらけで、窓から差し込む光も少ない。
けれど、あの広場の風を思い出すような空気がここにはあった。
「……やっぱり、いいな。」
俺が呟くと、遥は小さく笑う。
「何が?」
「音だよ。日本の空気でも、ちゃんと響く。」
「当たり前でしょ。」
遥はピアノの鍵盤に指を置きながら言った。
「場所じゃなくて、人が出すんだよ。音は。」
その言葉に、俺は静かに頷いた。
そうだ。
俺たちはどこにいても、音で繋がっている。
たとえ顔を出さなくても、名前を知られなくても。
──それでも、現実は静かに近づいていた。
「ねぇ、蓮。」
遥が少し真剣な顔をした。
「ライブのオファー、来てる。」
「ライブ?」
「この前のBar SOLEILの店長から。
“二人の音をもっと聴かせてほしい”って。
顔出しなしでもいいかって聞いたら、“音さえあればいい”って。」
胸の奥がかすかにざわめいた。
あの夜の再会が、また新しい“始まり”を呼んでいる。
「やるしかないな。」
「うん……でも、少し怖い。」
「怖い?」
「広場のときと違って、今は“聴かれる”覚悟がいる。
SNSで知られたってことは、もう逃げられないってこと。」
その言葉に、俺はギターの弦を軽く弾いた。
響いた音が、壁に反射して部屋を満たしていく。
「なら、逃げずに弾こう。
俺たちは、音楽で生きていくんだろ?」
遥は少し間をおいてから、鍵盤を叩いた。
その音が俺のギターに重なり、空気が震えた。
──再び、あの風が吹いた気がした。
広場で始まった音が、
いま、都会の喧騒の中で新しい残響となって息づいていく。
誰の顔も知らないまま、
ただ“音”だけが、静かに歩き出していた。




