第十一章 ふたりの始まり
夜が明けかけていた。
街の空気が少し白み、ビルの屋根の向こうに朝陽が顔を出す。
ライブバー「SOLEIL」の前で、俺と遥は並んで立っていた。
演奏を終えた店内から、まだ拍手の余韻がかすかに聞こえる。
「……まさか、本当に君が来るなんて。」
遥が笑った。
ピアノを弾いたあとの手が、まだ微かに震えていた。
「帰ってきたんだ。もう一度、お前と音楽をやりたくて。」
「僕はずっと、あの夜の続きを探してた。」
俺たちは無言のまま、朝焼けを見上げた。
風が吹く。
冷たいはずなのに、どこか温かかった。
「これから、どうするの?」
「まだ考えてない。でも、やりたいことははっきりしてる。」
「音楽、だよね。」
「……ああ。」
遥がポケットからスマホを取り出した。
SNSには、昨夜の演奏の動画がすでに投稿されていた。
コメント欄が次々に更新されていく。
> 「“二人の音楽”が帰ってきた!」
> 「ピアノとギター、まるで会話みたい。」
> 「この二人、また聴きたい。」
「もう、始まってるみたいだね。」
遥が微笑んだ。
「……何が?」
「“ふたりの音”が。」
俺は笑った。
その言葉が、朝の光よりもまぶしく感じた。
「じゃあ、もう一度始めよう。」
「名前、どうする?」
「名前?」
「バンドの。君と僕の音の名前。」
少し考えたあと、俺は空を見上げた。
青と橙が溶け合うその境目。
その色が、ふとあの日のギターを思い出させた。
「……“ユメトセツナ”はどうだ。」
遥が目を瞬かせた。
「夢と刹那?」
「あの夜のこと、ずっと夢みたいだった。
でも、確かに生きてた。
夢のようで、刹那みたいな時間だった。」
遥は静かに頷いた。
「いい名前だね。儚いのに、ちゃんと残る。」
朝の光が、二人を包む。
ピアノとギター、そして声。
すべてが再びひとつの“音”に戻っていくようだった。
「行こうか。」
「どこへ?」
「次の場所へ。僕たちの音を、もっと遠くまで。」
俺は頷いた。
ギターケースを背負い、遥と並んで歩き出す。
風が背中を押した。
その風は、もう寒くなかった。
こうして――
ユメトセツナは、ここから始まった。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
これで「ユメトセツナ」はここまでを第一部として、一旦区切らせていただきます。
しかし、彼らの物語は、まだ続きます。
夢の続きを、次の章で一緒に見届けてください。




