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柊と美咲シリーズ

教育実習に来た先生は、近所の憧れのお姉さんでした。

作者: ひわ

 考査翌日の昼休みの終わり、クラスの男子はざわめいていた。

 教育実習の物理の先生が可愛いらしい。

 物理で女の先生って多分珍しい。


 物理の物部先生が、答案用紙の入った封筒を持って入ってきた。

 後ろに若い女の人がいる。


「!?」


 美咲さんだ。

 家の近所の、憧れのお姉さん。


「教育実習の先生が来ました。今日は挨拶だけしてもらって、答案返却見ててもらいます。 …ではお願いします」


「◯◯大学工学部、材料学科からきました。佐藤美咲と言います。2週間、物理を担当します。よろしくお願いします」


 拍手が沸き起こった。


「3年生の物理を全クラス見てもらうけど、物理・化学選択者らしいよ。大学のこととか、理工系のこととか、あるいは受験のこととか、色々教わるといい」


 はーい。とノリの良い生徒が返事した。


「じゃあテスト返すぞー。1番から取りにきて。相澤ー」


 美咲さんをそっと観察する。

 肩下くらいの黒髪を簡単にひとつ結びにして、隙なくスーツ着ている。

 化粧は薄いファンデくらい?

 飾り気は全然ない。

 女子大学生、と聞いてイメージするのとはまるで違う。

 そう言えば、地元の国立大って優秀だけどイモっぽいって評判だったなーと思い出した。

 でも美咲さんは、華やかさはないけど美人だ。


「長谷川ー」


 あ。次だ。

 席を立って教卓に向かう。


「平間ー」


 ふと美咲さんと目が合った。

 ほんのり微笑んだ、ような気がする。

 俺のことがわかる?まさかね。

 もう10年くらい話してないはず。


 美咲さんは、国立大に行った才女として近所で有名だった。

 それに対して俺は、普通のモブで何の話題になることもなかった。


 美咲さんには小学のとき、集団登校とかラジオ体操とかでお世話になった。

 小学校の縦割り学級でも同じ班になって、優しくしてくれた。

 スラッと背の高い美人のお姉さんで、好きだった。俺の初恋だ。


 でも4つ違いだから、美咲さんが小学校を卒業した後は同じ学校になることはなく、話すこともなかった。

 それでも近所だから姿を見ることはあったし、浮いた噂は聞いたこともなかったので、初恋を諦めることができずにこの歳になってしまった。



 放課後廊下を歩いていると、美咲さんに会った。


「平間くんこんにちは」


「佐藤先生、俺のことわかるんですか」


「はい。元々、平間くんの代だなとは思っていて、授業の名簿見たら同じ名前あったから。そんな沢山いる名前ではないので本人だろうと思ってました」


「覚えててくれて嬉しいです」


「私も、知り合いがいて心強いです。お世話になった矢島先生いなくなってたし」


「あー。今年、異動になったんです」


「はい。去年、実習をお願いしにきたときはいたから」


「何か、聞きたいときは声掛けてください」


「ありがとう。頼りにします」


教室に戻った俺は顔がニヤけてたらしく、「何かあった?」と聞かれてしまった。



 週明けの放課後、学習室から外を眺めていると、美咲さんが歩いていた。

 勉強道具をそのままに、ダッシュで昇降口に行くと靴を履き替え、美咲さんを追いかけた。


「佐藤先生」


 SUVっぽい軽に荷物を置いたところの美咲さんに、静かに声を掛けた。


「あら、平間くん。どうしましたか」


 柔らかく微笑んで訊いてきた。


「先生。連絡先交換してください」


「…平間くん、今帰るところですか?」


「はい」


 本当は違うけど、話しを合わせる。

 美咲さんは半歩近付いて声をひそめた。


「私の家、わかります?」


「はい」


 小声で答える。


「普段着に着替えてうちに来てくれるかな。40分後で大丈夫?」


「はい」


 家まで自転車で15分だから余裕だ。


「じゃあ、さり気なく学校出てね。うちは、普通にピンポン押してくれればいいから」


「はい」


 一歩下がって声を上げた。


「先生、さよなら!」


「はい。さようなら。また明日よろしくね」


 普通に歩いて学習室に戻り、荷物をまとめて校舎を出た。

 自転車に乗って校門を出ると、気が急いていつもより急ぎ目に漕いだ。


「ただいま」


「お帰り。今日は早かったのね」


「うん。ちょっと百均行ってくる」


「そう」


 母親に適当に言って自分の部屋に入った。

 適当にデニムとTシャツを着て、時計を見る。

 10分くらい余裕がある。

 普段はしない腕時計をはめ、ハンカチも持った。あとはスマホと小銭入れ。


 今日は帰って手を洗ってなかった。

 せっけんで手を洗って水を飲んでトイレ行くと、約束の時間の5分前だったので家を出た。

 歩いて2分で着くはず。

 ごちゃごちゃ悩む時間がない時間設定で助かった。


 記憶の中の美咲さんの家に来ると、さっき見た軽が停まってた。

 ほっとして呼び鈴を押す。


 ぴんぽーん


 がちゃ


 すぐに玄関が開いて、美咲さんが顔を出した。


「ありがとう。入ってください」


「おじゃまします」


 美咲さんは、マキシスカートに麻っぽいシャツを着ていた。

 ラフだけど隙がない感じ。

 すごくいい。


「私の部屋、ちらかってるけどごめんなさい。実習始まってから忙しくて」


「いえ。急に来てすみません」


「ううん。来てくれてありがとう」


 部屋は確かに資料が広がってたけど、それ以外は整ってた。

 女の人の部屋に入るのは初めてなのでどういうのが標準的なのかはわからないけど、可愛い系ではないことはわかった。

 ただ、あまりキョロキョロすると顰蹙だろうから、意識して抑えた。


「座布団どうぞ」


「ありがとうございます」


「実は、生徒と連絡先交換しちゃいけないことになってるから、学校では話せなかったんです」


「え。すみません…」


「ううん。私も、平間くんと直接やり取りできると助かるから、それで来てもらいました」


「あ。じゃあ」


「はい、まず電話番号」


「ありがとうございます。掛けてみますね」


「あ、来た。この番号で合ってる?」


「はい」


「えーっと、メッセンジャーはどうすればいいんだろう…」


「じゃあ、こっちから招待します」


「ありがとう。あ、来た。えっと…」


「ああ、大丈夫ですね」


 メッセで何となくやりとりを続ける。嬉しい。


「それで、連絡取ってること友達とかに内緒にしてください」


「はい。大丈夫です」


「もしばれたときは、実習前から元々連絡取り合ってたって口裏合わせてください」


「はい」


「でも本当に助かります。ありがとう」


「何か、困ってるんですか?」


「んー。授業の指導案ってのを作らないといけないんだけど、こっちの働きかけに対する、生徒の反応の予想ができなくて。それと、どんなクラスかってとこ」


「はー」


「まあ、どんなクラスかってのはクラス担任に聞けば済むことではあるんだけど…」


 その後、学校のことをいくつか話してから帰った。



 美咲さんが来てから、学校生活はあっという間に過ぎた。

 美咲さんは表情豊かというわけではなくて淡々としている。

 でも生徒の前では、頑張ってテンション上げて、先生らしくしている。

 美咲さんは、誰に対しても丁寧語で話す。

 でも俺には少し砕けた、ぶっきらぼう?な話し方してくれて嬉しい。

 学校以外では下の名前で呼び合うようになった。

 毎日美咲さんを見て幸せだ。

 しかし、家では悶々と考え込むことが増えた。



 2週間の実習期間はあっという間に残り少なくなった。

 あとは、指導案を完成させて研究授業して終わりだそうだ。

 今日は日曜日で、美咲さんの家に来て指導案の最後の手伝いをしている。


「柊くんありがとう。これで明日提出できるよ」


「実習、あっという間でしたけど、美咲さんやつれちゃいましたね…」


「うん。授業の準備終わらなくて睡眠時間削ってたからね」


 寝不足で少しやせてクマを作った美咲さんは、陰のある美人になっていた。

 学校では、コンシーラーで隠してるらしい。

 買い物に行く余裕もないからポチったって言っていた。


「週末を2回挟む日程で助かったよ」


「教育実習って大変なんですね…」


「うん。でも中学の免許取る人は、もう1週間長いからね…」


 確かに、他の実習の先生は3週間って言ってた。


「美咲さんともう1週間いたかったですけど、そんなやつれちゃうようじゃ無理言えませんね」


「うん。本当に助かったよ。ありがとう」


「どういたしまして」


「お礼に、何かして欲しいことある?」


「!?」


 ある。確かにあるけど…


「できるかどうかはともかく、何でも言うだけ言ってみて?」


「えっと、じゃあ…」


「うん」


「実習期間終わったら、俺の、童貞もらってください」


「…え。それなんてえろしょう…いえ。本気、なのね」


「はい」


「彼女とかいないの?」


「いない歴=年齢です。この先も予定ないです」


 美咲さんは天井を見上げて考え込んでいる。

 ほっそりした首筋が色っぽい。


「…わかった。柊くんのお願いを叶えたら、私も1つお願い事するので、考えてね」


「はい!ありがとうございます」


「今度の日曜日、何か予定入ってる?」


「いえ。何もないです」


「じゃあ、午前中にお出掛けしましょう。詳しくはまた後で」


「はい。よろしくお願いします」



 美咲さんの実習期間はもうすぐ終わる。


 俺は、クラスのみんなから100円ずつ集めて花束を用意した。

 担任に相談したら、全員出せって圧がかからない形ならいいよ、ってことだったので、募金箱を作って勝手に入れて貰う形にした。

 開けてみたら、クラスの人数分よりも多かった。

 500円玉は担任が入れたらしい。


 帰りに家の近所の花屋に飛び込んで花束を作ってもらった。

 思ってたよりもかなり立派な花束になったが、運ぶ方法を考えてなかったので途方にくれた。

 何も思い付かなかったので、片手で抱えて自転車に乗り、今のうちに学校に運んでおくことにした。


 薄暗い中片手運転で、こっそり学校に着いた。

 職員室に行くと担任がいたので預かってもらった。

 担任は、花束を抱えた俺を見て大ウケし、プロポーズか?と言った。

 何でだ。



 翌日、実習最終日の帰りのSHR、美咲さんは隣のクラスで最後の挨拶をしていた。

 美咲さんはうちのクラスは物理の授業を担当しただけで、クラス担当じゃないから挨拶の機会も花束を渡す機会もないのだ。

 俺は机の上に花束を置いて、隣のクラスの気配を探っていた。

 周りは、思い思いに雑談している。

 担任は何も言わない。


 隣のクラスで拍手が起こった。


「今だ。行け!」


 まさかの担任が号令を掛けた。


「はい!行くぞ!」


 俺は花束を掴んで小走りに駆け出した。

 クラスメイトがあとに続く。


 コンコンコン ガラッ


 一応ノックして扉を開く。


「失礼します! 佐藤先生、ありがとうございました!」

「「ありがとうございました!!」」


 クラスメイトも、前後の入口から乱入した。

 美咲さんは目を見開いて固まっていた。

 そして、目を潤ませると深々と頭を下げ、静止して言った。


「ありがとう、ございました」


 頭を上げた美咲さんは抱えていた花束を教卓に置いて、俺の前に立った。

 俺は、無言で花束を差し出した。

 美咲さんも無言で受け取った。

 そしてお互いに見つめ合ったあと、同時にお辞儀した。


 エ、オモッテタントチガウ、と誰かが呟いた。



 日曜日の朝、歩いて美咲さんの家に行って車に乗った。

 一緒にいるのを見られないように、と後部座席だ。

 線路沿いではなく、うちの学校に通っている生徒はいなそうな通学に不便な方向に車を走らせる。


 1時間くらい走って、ホテルに着いた。

 正直、今どの辺にいるのかわからない。


 部屋に入って荷物を置いた。

 美咲さんは、お風呂場に行って戻ってきた。


「柊くん、先にお風呂行っててくれる? 私、髪が濡れないようにタオル巻いてから行くから」


「はい」



 風呂を出て体を拭くと、一糸纏わぬ美咲さんと向かい合った。

 本当に綺麗。

 胸は小振りだけど、そんなの問題じゃない。

 あんなの飾りです!えろい人にはそれがわからんのですよ。

 …違う。

 大きさの違いが、戦力の決定的な差ではないことを…

 …違う。


 …緊張した俺は、死亡フラグを立てまくることしかできなかった。



 そして、縦深陣地に引き込まれた俺は、暴発して秒で散った。

 最奥に到達した瞬間だった。



 ああ。終わってしまった。

 美咲さんも気持ちよくしてあげたかったのに。

 何で気合い入れて堪えてなかったんだ。


「そんな泣きそうな顔しなくて大丈夫だよ」


 俺は何も言えなかった。


「体起こしてくれる?」


 美咲さんは俺の両脇に手を添えて、身を起こすのを手伝ってくれた。


 つながって密着したまま、お互いに向かい合って胡座をかくような形になった。


 美咲さんは俺の両脇に手を添えたまま静かに訊いた。


「どうして私にお願いしたの?」


「小学校のときから、ずっと好きだったんです。10年間、ずっと好きでした」


「でもそれなら、付き合ってください、とかじゃないの?」


「俺じゃ釣り合わないから」


「小学のときから、美咲さんは素敵なお姉さんで、好きでした。でも俺は、いつまで経っても子どものままで」


「先生としての美咲さんを見て思ったんです。ああ、本当に、素敵な大人の女の人で、社会人なんだな。そして、大人な社会人の人と結婚しちゃうんだなって」


「だから、10年越しの初恋はこれで終わりにしようってようやく思えたんです」


「…」


「…」


「…わかった。じゃあ、私のお願い言うね」


「はい」


「私を、柊くんの、彼女にしてください」


「…え。えぇっ!? い、いいの?」


「私のお願い、聞き入れてもらえますか?」


「はい。ありがとうございます」


「ふふ。こちらこそ、ありがとうございます。…あ。でもごめん。条件が、2つあるの」


「はい」


「1つは、柊くんが高校を卒業するまで会わないってこと。生徒に手を出したってバレたら教員になれなくなっちゃうから」


「はい。大丈夫です」


「もう1つは、対等な恋人としてこの続きをして欲しいんだけど、私も初めてだから、優しくしてください」


「え?」


 俺は慌てて覗き込んだ。

 でも密着してて見えない。


「実は痛くて動けない」


「ご、ごめんなさい!」


「ううん。謝らなくて大丈夫。このまま、胸いじってくれる? 嫌なときと痛いときはちゃんと言うから、柊くんがしたいようにしていいよ」



 俺は、二戦目に臨んだ。

 段々動きを速めていく。

 結構しんどい。

 でも美咲さんの嬌声を励みに、もっと、もっと、と頑張った。

 美咲さんが声をあげてくれるのが嬉しい。


 そして…

 また解き放ってしまった。

 すごく気持ちよかった。

 でもそうじゃないんだ。


 俺は、肘をついて体重が掛かり過ぎないようにしながら、美咲さんに覆い被さった。


 荒く息をする俺に、美咲さんはきゅっと抱き着きながら言った。


「ありがとう」


「今も、気遣ってくれてるでしょう? とても、幸せです」


「はじめてが柊くんで本当に良かった」


「私は、3月まで待てるよ。柊くんはどうですか?」


「俺も大丈夫です。もうゴールにたどり着いたし、スマホで会えるから」


「私の都合で触れ合えないのは申し訳ないけど、末永くよろしくお願いします」


「はい。ずっと一緒に、よろしくお願いします」


「さて。お風呂入ろっか。今度は柊くんに洗ってもらおうかな」


「もちろんです。任せてください」


「しつこくいたずらしちゃだめだよ」


「はい」


 こうして俺は、望外な幸せな日々を手に入れた。

 10年を思えば、大抵のことは短いスパンだ。

 そう考えれば大抵のことは頑張れそうに思える。

 とにかく、一緒に幸せになろうと決意した。


美咲視点の後日談

「卒業式のあと。白緑の二尺袖と海松色の袴で。」

があります。

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