第三話
日常二
今日も家に帰る。
ここなら誰にも邪魔されず、あの人と二人きりで話が出来る。
「ただいま、今日も来たんだね」
「ん、おかえり」
彼女は不思議な人だった。
人らしいことを何も知らず、笑うことも悲しむことも哀れむこともしなかった。
ただそれはもう四年も前のことだ。
今ではもう以前とは比べ物にならないほど美しい笑顔を見せてくれる、僕の想い人だ。
そう、想い人だ。
薄々気づいていた。
彼女は普通の人間では無いのではないか。
ばれていないと思っているのだろうが、毎日のように会っていれば流石に分かる。
四年の間、容姿が全くといっていいほど変わっていない。
それだけでは決定的な証拠とは言いきれないのだろうが、僕の中ではそれだけで充分過ぎるほど決定的な証拠になってしまった。
でも……それでもこうやって二人で過ごす時間があるだけで幸せだった。
僕の、生きる意味だったのだ。
僕は高校を出てすぐ働いた。
僕をいじめていた彼らは大学に行ったらしい。
人数なんて覚えてないが、あの感じだと数人はまだ一緒にいるだろう。
ただもう関係の無いことだ。
僕は彼女と一緒に、少しだけ不思議な彼女と一緒に
幸せな人生を送るんだ。
ただそれだけの小さな夢を胸に抱えて今日も仕事から帰る。
また家に帰れば彼女に会える。
七時から十一時までの間だけ家に来てくれる、この四年でたくさんの感情を知った彼女が待っててくれている。
なのに、どうして僕はそれだけが叶わないのだろうか。
「久しぶりだなぁ」
目の前に現れたのは、高校の時僕をいじめていたあのグループの中の三人
いかにも大学の不良といった出で立ちで僕の前に立ち塞がった。
「お前、女いるんだってな。前みたいにさぁちょーっとだけ貸してくれよ
宿題やってもらったりさぁ、靴とか鞄とか金もかしてくれてただろ?
あの時みたいにさぁ、貸してくれよぉ
あの“白髪の女”をさぁ」
……
ばれていた。
何故
どこで
いいや、もはやそんなことはどうでもよかった。
守らなければ。
僕の頭の中にはそれ以外何も無かった。
ここ数年の日課になっている彼との会話。
彼が仕事から帰ってくる少し前に彼の家におりて待つ。
その間はこれまでの彼とのやり取りや、彼から学んだ色々を思い出し浸っている。
天界では味わえるはずがなかったこの感情という不思議な感覚。
これは彼から貰った宝物で、彼の前に居る時だけは酷く邪魔な物。
彼を見ていると何故か胸が苦しくなる。
これが一体何なのかはまだ分からない、彼はまだ教えてくれない。
聞けばわかるのかもしれないが、何故かそうしたくないと思えてしまうのだ。
天界には天使と悪魔がいる。
人間界に直接干渉していいのは悪魔だけ。
そう決まっていた。
だが天使であること、或いはその者の人生に直接的な影響を与えなければ特に問題は無いらしい。
その証拠に私は彼に触れたこともあれば、毎日のように会って話をしている。
おそらく、その者の人生に変化をもたらす程の直接的な干渉でなければなんともないのだろう。
そんなことを考えながら部屋で待っていたが、いつまで経っても彼は帰ってこない。
不安で仕方がなかった。
しばらく待ってもやはり帰っては来ない。
仕方無く直接探しに行くことにした。
が、思いの外すぐに見つかった。
私はこれに見覚えがあった。
罰だ。
不自然なほど突然な再開に、都合の良すぎる理由とその仕打ち。
目の前で血を流し倒れ込む彼を見て私は
ただ泣いて罰が終わるのを待つことしか出来なかった。
罰が終わった。
彼は意識がなかった。
そっと家に連れ帰り彼の布団に寝かせた。
どうやら死んではいないらしい。
ただ、嫌な予感がしていた。
この幸せな日常が終わる
そんな予感が。