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白の皇帝・黒の皇帝 ~side白の皇帝 世界創世期編~ 小さき竜の豆まき

挿絵(By みてみん)


「うふふ! おには~ちょと! ふふは~うち!」


 ――ぱら、ぱら、ぱら。


「うふふ! おには~ちょと! ふふは~うち!」


 ――ぱら、ぱら、ぱら。


 眼下にあるのは雲。

 見上げれば一面の蒼穹。

 それよりほかは何も見当たらない。

 よくよく目を凝らすと雲の下、それこそ遥か眼下に広大な海洋や小さな島、あるいは小さな大陸が見えるがいまはそれに興味は浮かばない。

 何事も楽しいのは、すぐ目の前にあるのだから――。

 その天空に位置する浮遊大陸のひとつから、元気で明るい幼い子どもの声が聞こえる。


「おには~ちょと! ふふは~うち!」


 子どもは元気よく声を上げているが、まだ年ごろ特有の舌足らず。

 本来どおりの言葉のようには聞こえないが、懸命に何かをやっているようすは楽しげな声だけでうかがえるし、そしてそのしぐさはとても愛らしいので、周囲の大人たちは顔を綻ばせながら幼い子どものやりたいようにさせている。


「おには~ちょと! ふふは~うち!」


 ――ぱら、ぱら、ぱら。



□ □



 ――世界は最初、一匹の竜の咆哮からはじまった。


 まばたいては創世、終焉をくり返していた竜は最後にもがき苦しむような声を咆哮してようやくひとつの世界を創世し、自らを世界の《()》、最初の種族である竜族の《祖》として君臨した。

 だが、自身が持つ自然エネルギーがあまりにも強大すぎて、《空》、《水》、《風》、《火》、《地》の自然元素を司る竜に「(りゅう)五神(ごしん)」としての絶対的な権力を与え、それぞれが司る自然より誕生する部族の長であることを与えた。


 ――現在、世界は創世期。


 世界最初の竜族であり、「竜の五神」を筆頭にそられは成されている。

 竜族には「竜化」と「人化」の二形があり、その本性は「自然」そのもの。

《空》、《水》、《風》、《火》、《地》それぞれの部族の族長である「竜の五神」たちだけが完全な人化を遂げていて、何もかもが彼ら一強。

 部族には族長である「竜の五神」を守護する半人半竜の雄がいて、その存在は竜騎士や竜騎兵と呼ばれている。

 一方で、その「竜の五神」だけを世話する存在として雌がおり、形容は雄とは異なり「人化」を遂げて、女官とひと括りに呼ばれている。

 世界はまだ彼ら以外の種属は存在せず、竜族もまた彼ら以外には存在していない。

 そんな竜族の外見的特徴は大いに簡単で、ひとつは人の耳よりもやや大きめで先端が尖っていること。もうひとつが見た目こそヒトのようではあるが、背丈は大きく、雄は二〇〇センチを平均とし、雌も一八五センチをそうとしている。

 性別に雄雌と区別はあるものの、本性が「自然」のため、自身が属する「自然」からすでに成人――この場合、成竜とでもいうのだろうか――の形容で自然と誕生するので、子どもの姿は存在しない。


 ――だが……。



□ □



「うふふ! おには~ちょと! ふふは~うち!」


 ――ぱら、ぱら、ぱら。


 その幼い子どもの明るく楽しげな声は、天空に位置する浮遊大陸のひとつにある天空宮からひびいていた。

 天空宮は「竜の五神」のひとりである天空神――《(ふう)(じん)の居宮で、彼を族長とする《(かぜ)(ぞく)たちの住処でもあった。

 幼い子どもの姿は、人の感覚でいえばまだ二歳かそこら。

 竜族には存在しないはずの幼子はすでに「人化」をしている。

 身体の大きさもそれに準じているので、上背のある雄雌たちに囲まれてしまえば、幼竜はほんとうに小さく、それだけであまりにも可愛らしい。

 容姿も大変活発的に愛らしく、金色の大きな瞳に、黒色のくせっ毛の前髪は短いが、首筋にかけて伸びる髪の長さはまばら。

 はっきりと見える耳は竜族特有の形状をしていて、その幼い子ども――幼竜がいずれかの部族に属する竜族であることがうかがえる。

 幼い身体でもしっかりと上質に仕立てられた長衣と外套を着て、とことこと歩かず、ふわふわと浮きながら、


「えい、えい!」


 と言って、作ってもらった枡形の木の箱を手に、もう片方の手で「節分」用に用意してもらった豆を掴み、幼竜は楽しそうに笑いながら、竜族は《風》族の雄たち……そうとわかる鎧のようなものを身につけている半人半竜の竜騎士や竜騎兵に向けてその豆を投げていく。

 彼らは幼竜とは異なり、身体の形状こそ半人としてヒトに準じているが、容姿や皮膚は爬虫類に近く、ヘビやワニ、トカゲなどを即座に連想させる半竜で逞しい足さばきをいまはおどけるのを演じるようにして自らの足で逃げ回っている。

 なかには勇猛そうな尾を持つ者もいるので、その尾まで痛々しさを演じるように振ってみせるものだから、これはなかなかにおもしろい。


「えい、えい!」


 ――ぱら、ぱら、ぱら。


 豆は小さいが、それを掴む幼竜の手もまだまだ幼く小さいのでひと掴みでたくさん手のひらに収めることができないので、


「えい、えい!」


 と、とにかく数を熟して投げて、その豆を当てられながら逃げ惑う彼らを追いかけようと、あちらこちらへと浮遊している。


「おには~ちょと! ふふは~うち!」


 この言葉にどんな意味があるのか、幼竜にはいまひとつ理解できないが、


「わぁ! 族長代理心得、痛いよぉ!」

「悪い鬼は逃げますよぉ!」


 などと言って、竜騎士や竜騎兵たちが投げられた豆に痛がって逃げるものだから、幼竜はおかしくてたまらない。


「うふふ! にげてもだめなのよ! わるいおには、俺がやっちゅけゆんだから!」


 こちらも負けずに言って、木の桝に入った豆を小さな手で掴み、痛い、痛いと言って逃げ惑う竜騎士や竜騎兵たちにめがけて投げつけ、それらの遊びを楽しんでいた。

 その周囲では、いずれも長い髪を頭部でまとめ上げた髪形をし、肩を剥き出しにした踝までの白地の長衣を纏う雌――女官たちが微笑ましい表情を向けながら見やり、幼竜が投げて落ちる豆を悟られず風で集め、たおやかな手のひらに乗せていく。

 それをまた悟られずに幼竜が持つ桝に豆を戻すので、投げる豆の数は無尽蔵。

 幼竜は飽きるまで遊ぶことができる。

 幼竜はきゃらきゃらと笑いながら、


「よち! わるいおにはぜんぶ、俺がたいじちたのよ!」

「うわぁああ、やられた~」

「参りました、降参です」


 などと言って、豆を投げられて退治されたような体勢で倒れていく竜騎士や竜騎兵たちを見やって、ふん! と鼻を鳴らして勝ち誇る。


「まぁ、族長代理心得。素晴らしかったですわ」

「見事にございます。これで……厄、というものはすべて祓えましたわ」

「風族のゆるぎない安寧は、族長代理心得のおかげでございます」

「うふふ、みんなのことは俺がまもったのよ。俺、かっこよかった?」

「ええ。大変かっこよくございましたわ」

「うふふ、俺も《風》神なのよ!」


 そんな幼竜の勇姿を、女官たちがつぎからつぎへと讃えてくる。


 ――厄、も、祓い、も。


 じつのところ女官たちもよくわからない事柄だったが、竜族が「竜の五神」であり、彼女たち《風》族の族長である《風》神がもっとも愛でている白き少年が教えてくれた遊びなのだから、きっと何か大切な意味があり、成せばいいことがあるのだろうと、そうと思われる。

 たとえそれが何なのか理解できずとも、いま彼女たち女官や竜騎士や竜騎兵たちとって重要なのは、我らが族長である《風》神の「幻影」であるこの幼竜がこの遊びに大変満足すること。

 いま、この幼竜が見せている笑顔が何よりも大切なのだ。


 ――この幼竜の本性は、「幻影」


 彼ら《風》族の族長である《風》神の幼竜時代の姿をしていると、すでに成竜となった《風》神本人が言うのだから、それに何の疑いもないし、並んでいるとたしかに面影というよりはそっくりなところがなお微笑ましい。

 ただ――。

 現在の《風》神は少々眼光の鋭い青年の姿をしているが、その金色の眼は右の片方だけ。左側はずいぶんと昔に失ってしまったようで、それを人前には晒さぬよう黒の長布を洒落っ気のある目隠しとして使用している。

 ようやくのことで豆まきを終えた幼竜の大きくきらきらとした瞳には、そのような災厄の跡はなく、両目とも健在だが、「竜の五神」ともあろう者がいつ、どのようにしてその身に酷い怪我を負って片眼を失ったのか。

 すでに片眼を失ったころから《風》族は徐々に誕生をはじめたので、その経緯を知る者はいない。それを側仕えの女官や竜騎士や竜騎兵の立場で疑問に浮かべるのは非礼なのだと、誰もが重々わきまえている。

 彼らは頭を振って、ふたたび幼竜を存分に褒めそやす。

 その幼竜には名前があって、《風》神は、


 ――小さき竜。


 と呼び、幼竜は自分の本体である《風》神のことを、


 ――大きな竜。


 と呼んでいる。

 互いに互いの身体の大きさでそう呼んでいるらしいのだが、幼竜の名前である「小さき竜」は、《風》神が幼竜の時代にさる尊き御方から特別な呼び名として賜ったと、そう聞いたことがあるので、彼ら女官や竜騎士や竜騎兵は族長が幼竜に対して呼ぶ名を口にすることを憚り、


 ――族長代理心得。


 と、《風》族族長である《風》神と対等な立場、と意味合いを込めてそう呼んでいる。

 最初のころこそ、


「うふふ、ふちぎなおなまえで俺をよぶのね」


 と、くすぐったげに笑ってきたが、その幼く笑うようすさえ《風》族にとっては愛しくてならない。

 幼竜――小さき竜は「幻影」ではあるが、触れれば柔らかい温もりがあるので、実体そのものと言っても過言ではないのだ。

 一度、女官たちの膝の上に座って乾いた喉を潤したあと、小さき竜はふたたびその場に倒れたままの竜騎士や竜騎兵のもとまで飛び、小首をかしげてみせる。


「ねぇ、おに、ってなぁに? そんなわるいことをして、めッ、ておこられゆの?」


 鬼、というのが何なのかはわからない。

 豆を投げられて怒られるのだから、よほどの悪いことをしたのだろうというのはわかるけど……。


「さぁ――。そうでございますねぇ……」


「節分」の鬼役として豆を投げつけられて、退治された証としてその場に倒れていた竜騎士や竜騎兵たちもむくりと上体を起こし、「はて?」と考えこむ。

 幼い族長代理心得に対してその疑問には答えてやりたいが、「節分」を正確に知る者は、この世界創世期の竜族には存在しないのだ。

 彼らも顔を見合わせ、腕を組んでしまう。

 思えば――。

 これらの遊びを教えてくれたのは、竜族が築いた世界創世期よりも遥か後世の時代――「久遠の明日」から突如としてこちらに迷い込んだ、ハイエルフ族の少年・白の皇帝なのだ。

 ハイエルフ族は自然元素の存在そのものである竜族の末裔とも言われる存在で、彼らもまた「自然」から自然と生まれる存在。

 ただし、自然そのものの力は強くはないので、最初は光の珠として生まれ、そして人化するという妖精の一種だと少年が説明してくれたことがある。

 見た目は竜族と差異はない……と言いたいが、ハイエルフ族の少年は彼らからすればうんと小柄で、耳は長くて鋭い。

 そして肌が何よりも特徴的に白く美しくて、容姿も際立て美しい。

 白の皇帝はそのハイエルフ族の長であり、世界最高峰の存在だと言われている。

 だが、ある日。

 幼いころから聞かされてきた竜族が「竜の五神」の話に心酔して、彼らの時代にはすでに絶えてしまった存在を探し出そうと冒険をはじめたのはいいが、どういうわけか竜族の世界創世期まで迷い込んでしまい、「竜の五神」に保護されて、寵愛を受けながら現在を過ごしている。


 ――ええ……とね、悪いことをする鬼を懲らしめて、魔を払う……だったかなぁ?


「俺もね、詳しくは知らないけれど。ようは遊びを含んだおまじないのようなものなの」

「おまちない?」

「うん、おまじない。鬼は外、福は内、って言いながら、お豆を投げるんだ」

「おには……ちょと?」


 白の皇帝に珍しい遊びを教えてもらったとき、小さき竜は全部が全部想像もできなくて、ひたすら「はて?」と首をかしげながら、教えてもらったとおりのおまじないを口にして、遊びを学んだが、


「でもね、お豆はほんとうに投げてぶつけるわけだから、顔には向けちゃいけないんだ。あとは……うん、やっぱり悪い人でも鬼が痛がったら投げることはやめてあげてね」

「ちょうなの?」

「そうなの。痛いことをするのも、されるのも、それはいけないことなんだ。だからおまじないや儀式は、滅多には行われないんだ」

「ふぅん」


 やや撥ね癖のある美しく長い水色の髪。

 おなじ色の大きな瞳。

 ほっそりとした肢体に、ヒトの感覚でいえばまだ十三歳ほどの白き少年――白の皇帝がそう言うので小さき竜もきちんとうなずいたが、じつのところ白の皇帝も後世に「神話の時代を生きる種族」と呼ばれるほど太古に生きる一族なので、自分よりもさらに後世の時代で行われる風物行事には詳しくないのだ。

 けれども、まだ特定の文化を持たない竜族にとって、あるていど文化を持つハイエルフ族の白の皇帝の話は何もかもが珍しく、そして楽しい。


「おにはね、こわいかおをちているのよ? ちろのこうていがゆってたんだから」


 幼く、舌足らずな言葉。

 愛らしい声で愛らしく話をする小さき竜は、ふわふわと《風》族の雄たちの顔の高さまで浮きながら、じっと彼らの顔を見やる。


「こわいかおって、なぁに?」

「うう……む。我らが族長は陽気で華やか、大らかすぎて怒った顔を見せたことはないですからねぇ」

「でもね、おまめをなげるのは、こわいかおのおにじゃないとだめなのよ?」


 そう言ってみせると、雄のひとりがすこしだけ複雑な笑みを浮かべて、


「族長代理心得、我々の顔は怖いでしょうか?」


 問うてくる面々は、いずれも半人半竜。

 ヒトの感覚でいえばいかにも獰猛な爬虫類の顔を持つ者ばかりなので、もしかせずとも実際の「鬼」よりははるかに険しく恐ろしい存在なのかもしれない。

 だがそれは、竜族以外の部族がそうと見ればそうと感じるだけで、おなじ竜族――ましてや同胞である《風》族の民をどうしてそのように思えるだろうか。

 小さき竜は、くちゅくちゅ、と笑う。


「みんなはね、こわくないのよ。ちょってもかっこよくて、ちょってもやさちいのよ。俺、ちってるんだから!」

「これは、これは。もったいないお言葉」

「もっちゃいない?」

「ええ、とても嬉しいお言葉です」


 そうやって褒めてもらえるのは嬉しい。

 こちらとしては「節分」の豆まきに必要な「鬼」の役がよくわからず、頼んでみたものの、彼らも詳細がわからないにもかかわらず快諾してくれて、鬼役を演じ、豆を投げてぶつけても怒らず、小さき竜が望むような「痛がって投げる」を徹して演じてくれたので、小さき竜は彼らを労うように頭を撫でながら、


「俺ね、じょうずにおまめをなげられた? ほんちょうにいたくなかった?」

「もちろんでございますよ」

「はじめて豆を投げたのに、あんなにも上手にできるとは、さすがは我らが族長代理心得」

「ほんちょう?」

「ええ、ご立派なお姿でございました」


 最初こそ、白の皇帝の言いつけを守り、優しく豆を投げていたつもりではいたが、次第に遊びに夢中になってしまい、たくさん力強く投げてしまったような気もする。

 もし――。

 誰かがほんとうに痛がっていて、でも泣きたいのを我慢しながら小さき竜の遊びに付き合っていたのだとしたらどうしよう。

 そう思って小さき竜は不安になって、急に泣き出したい気分にもなってしまったが、竜族の雄たちは……《風》族の雄たちは強い。

 雄たち竜騎士や竜騎兵たちはいつだって自身の部族の族長を護るだけの存在なので、小さき竜のような幼竜に小さな豆を投げられたていどでは当たったうちにも入らない。


「我々に悪しき存在を戒めるために豆を投げてくださったことで、この《風》族に安寧がもたらされるのであれば、いつだってこの身を差し出します」

「何より、尊き御身であらせられる族長代理心得とこうして遊ぶことができたのは、この上ない光栄なこと」

「ほんちょう?」

「ええ。ですから、また我らを使ってお遊びくださいませ」

「我々も、じつをいうとああやって遊ぶのが大好きなんです」

「ちょうなの?」

「ええ、さようでございます」


 誰もが口々にそう言って、恭しく膝をついて頭を下げてくる。

 大人が……成竜も遊ぶのが大好きだと言うと、何だか不思議な気分になってしまうが、そうやって誰も彼もが小さき竜と遊んでくれるので、小さき竜も嬉しくてたまらない。


 ――ちょう……。


 そう。

 そもそも自分は、小さき竜は――この年ごろだった《風》神は不遇のときを長く過ごし、寂しい思いをしながら泣いて過ごしていた。

 その反動で、自身に風を用いて「幻影」を創ることができると知った《風》神は当時、楽しく遊ぶこともできず寂しい思いをしていたあのころの自分を楽しませようとして小さき竜を創り、誕生させてくれたのだ。

 だから、小さき竜が何よりも笑い、何よりも楽しみ、何よりも遊びに暮れるのが《風》神の願いであって、《風》族の喜びとなっている。

 そう。

 あまりにも遥かな昔、小さき竜は楽しく遊びたかった。

 楽しいことをして、笑いたくて仕方がなかった。

 それができなかった悲しい記憶はまだ、「幻影」となった身でも心の奥底にある。でもいまは、何もかもが全部楽しい記憶に塗り替えられるような日々ばかりで、嬉しくて、温かくて、幸せでならない。

 小さき竜は、くちゅくちゅ、とくすぐったげに笑い、膝をついている雄のひとりにぎゅっと抱きつく。


「俺もね、みんなとあちょぶのがだいちゅきなのよ!」


 だから……。

 だからまた、いっぱい遊んでね。


「――ねぇ! こんどはなにをちてあちょぼうか!」



□ □



「うふふ! おには~ちょと! ふふは~うち!」


 ――ぱら、ぱら、ぱら。


「うふふ! おには~ちょと! ふふは~うち!」


 ――ぱら、ぱら、ぱら。


 眼下にあるのは雲。

 見上げれば一面の蒼穹。

 それよりほかは何も見当たらない。

 よくよく目を凝らすと雲の下、それこそ遥か眼下に広大な海洋や小さな島、あるいは小さな大陸が見えるがいまはそれに興味は浮かばない。

 何事も楽しいのは、すぐ目の前にあるのだから――。

 その天空に位置する浮遊大陸のひとつから、元気で明るい幼い子どもの声が聞こえる。


「おには~ちょと! ふふは~うち!」


 子どもは元気よく声を上げているが、まだ年ごろ特有の舌足らず。

 本来どおりの言葉のようには聞こえないが、懸命に何かをやっているようすは楽しげな声だけでうかがえるし、そしてそのしぐさはとても愛らしいので、周囲の大人たちは顔を綻ばせながら幼い子どものやりたいようにさせている。


「おには~ちょと! ふふは~うち!」


 ――ぱら、ぱら、ぱら……。

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