第四話 「生きるためには知らなくてはならない」
「いっただきまーす!」
平井さんが大きな声で挨拶をして、山盛りの唐揚げに手をつけた。
私も、いただきますと挨拶をして、箸を手に取った。
「じゃあ、改めて自己紹介といきましょうかぁ!」
缶ビールを飲みながら、平井さんは自己紹介を始めた。
「俺は平井乱歩だっ!三十九歳、独身。
掃除やリフォーム、洗濯、金銭管理、セキュリティは俺に任せてくれや!
そして、この家の父親担当」
「父親担当って何ですか?」
「言葉の通りだ。
家の住民の尻に敷かれてる、雑用兼責任者」
なぜか情景が頭に浮かんでしまった。
現代社会の父親と同じか。
「じゃあ、次。紫明ちゃん、いってみよー!」
「……わかりました」
紫明さんが仕方なく応じた。
「清水紫明、『影鬼』だ。歳は二十六。
この家では料理を主に任せれている。
乱歩さんが言うには、この家の母親担当らしい」
「母親担当ですか」
言われてみれば、そんな気がする。
紫明さんはしっかりしてて、叱り慣れてそうだ。
「私はこれくらいでいいでしょう。
次は碧葉の番だ」
私は碧葉ちゃんの方を見た。
碧葉ちゃんはテーブルの上に突っ伏して爆睡している。
「碧葉、自己紹介を」
紫明さんが少し厳しい声で注意する。
けれども、碧葉ちゃんは「ここは我に任せて……ムニャ」と寝言を言ってる。
おそらく、彼女は夢で仲間とと共に戦ってるのだ。
そして、今から現実で孤独で戦うことになる。
「碧葉!起きなさい!
食事中に寝るなんて、失礼でしょうが!」
予想通り、紫明さんが碧葉ちゃんの耳元で怒鳴った。
碧葉ちゃんはビクッと反応して、飛び起きた。
「ありゃれ?私、寝てた……?
もうすぐで、ドンカツするところだったのに……」
「ドンカツでもトンカツでもないっ!
私の唐揚げを喰わずに寝るなぁ!」
「いやぁああ!マミーがガチギレしとる!」
碧葉ちゃんが助けを求めるような目で私を見たけど、無視しました。
擁護してあげたいけど、紫明さんが正しい。
紫明さんは碧葉ちゃんと乱歩さんに愛の拳骨をお見舞いした。
二人ともしょんぼりした顔をしている。
完全に乱歩さんは、とばっちりな気がする……。
「蒼葉、鏡花に自己紹介して」
「……はい……、マミー……」
碧葉ちゃんは涙を目に浮かべながら、唐揚げを食べ始めた。
「私は樋笠碧葉。十六歳。
好きなのは、ゲーム、アニメ、漫画、ラノベ、睡眠、ジャンクフード、自分の部屋。
嫌いなのは、勉強、運動、家事、働くこと、外出、説教、娯楽が何もない場所、全てのきのこ、全ての豆、全てのほうれん草!
家では自宅警備員で、娘担当でふや」
「……十六歳でニートなんだ……」
「ははーん、姉者よ。
私をそこらへんのニートと一緒にしてはならない……。
私はニートから進化してニーチェになったのだよ!」
「典型的なダメニートだ……」
ここまで度を超えてヤバいニートは初めて見た。
それでいて、十六歳というまだ成長の余地を残してるのが、更にヤバい!
残るは私。
私はしっかりと唐揚げを噛んで、飲み込んだ。
「私は環鏡花って言います。二十歳です。
好きな事は、読書と音楽や映画鑑賞、カフェラテを飲むことです。
嫌いな事は……特にないです」
「なぬっ!どうやら、鏡ちゃんもとい、ねぇねんとは趣味が合いそうだ!
是非、今夜お菓子&オタクパーティと洒落込まないかい?」
「あはは……私でよければ」
碧葉ちゃんが目を輝かせた。
碧葉ちゃんには申し訳ないけど、私はそんなにオタク趣味に詳しくない。
ラノベやアニメも何も知らないんだよ。
でも、誘わられたのに断るのもなぁ。
「お、その秘密の女子会に俺も入れてくれ」
「パピーは駄目。
今日勝手に聖域に侵入したから」
「そんなぁ〜。俺も結構詳しいのに」
乱歩さんが速いスピードで唐揚げを口に放り込んでいく。
まるで、洗濯物を取り込む主婦のよう。
「で、鏡花ちゃんは何か聞きたいことある?」
「聞きたいことですか……?」
聞きたいことは山ほどあるはずなのに、中々言語化できない。
「なんでもいいぞ〜。
俺の3サイズでも構わないぜ?」
「ははは……。それは1ミリも興味ないので」
適当に愛想笑いをする。
少し考えた末、聞きたいことが上手くまとまった。
「一応訊ねますが、乱歩さんたちは『影鬼』ですよね?」
万が一ってこともある。
「もちろん。俺たちは正真正銘の『影鬼』だ」
「そうですよね……」
今のは明らかに愚問だ。
私は少し恥ずかしくなった。
「あの……私、いまいち『影鬼』や防影部?のことが分からないんですが……。
そもそも、『影鬼』って人間と何が違うんですか?」
「うんうん、いい質問だ」
乱歩さんは頷くとビールをぐびっと飲んだ。
「最も大きな違いは、『影鬼』は影がないことだ。
俺たち自身が影だから、なくて当然っちゃ当然なんだけど。
他には、人間と違って高い身体能力を持っていたり、傷や失った体の部位が再生したりする」
あとは……と言って、乱歩さんは私に人差し指を向けてきた。
すると、人差し指の先端から何か速いものが発射されて、それは私の顔の横を通過していった。
あまりの出来事に、私は動きが固まってしまった。
今の、何?
「今のは“襲血”と言って、『影鬼』の体内にのみある血液。
自由自在に体外へ出すことができて、まーこれを武器にして戦う。
俺たちの血液と人間の血液は全然違うってわけだ」
乱歩さんは手のひらを見せると、“襲血”を出して綺麗な星を描いた。
「『影鬼』によって“襲血”の性質が違うから、気をつけろよ。
中には毒を持っていたり、帯電してる奴もいる」
「分かりました」
乱歩さんが“襲血”を元に戻した。
「さて、違うとこばっか言ったけど、同じこともある。
例えば、こうして普通の食事を摂ることもできれば、睡眠や排泄だってする。
言葉を使って話もするし、歳をとって、老衰でちゃんと死ぬ。
むしろ、大体は人間と同じなんだぜ」
ビールも美味いしな!と美味しそうにゴクゴク飲んだ。
その様子は人間と変わらないように見えた。
「他に聞きたい事はあるか?」
「『影鬼』は人間の影から生まれて、その人間を殺して成り替わるって聞きました。
その……みなさんもそうなんですか?」
これは答えにくい質問かもしれない。
私がされたら、事実だとしても嫌な気分になる。
それなのに、乱歩さんは普通に答えてくれた。
「ここにいる俺たちの人間は全員死んでる。
……話してもいい?」
乱歩さんが紫明さんと碧葉ちゃんに確認をとった。
「私は構いません」
「碧葉もいいよー!
というか、飯の邪魔をしないでやぁさ」
二人が快く返事をしたのを聞いて、乱歩さんが言った。
「碧葉ちゃんの場合は、十歳だった頃に家族が心中した。
だから、成り替わることができず、彷徨っていたところをなんとか助けた」
私は唐揚げを美味しそうに食べてる碧葉ちゃんを見た。
幸せそうに口満タンに頬張っている。
「紫明ちゃんの場合は六歳のとき、本人を殺した。
成り替われなかったのは、人間の紫明ちゃんが親に捨てられたからだ。
いや、成り替わる必要がなかったの方が近いか」
「成り替わるも何も、気づいたら一人でしたから。
自分のことを知るのにだいぶ時間がかかりました」
紫明さんは落ち着いた様子でコーヒーを飲んでいる。
「そして、俺の場合は本人が自殺した」
「自殺ですか?」
「そうだ。
当時中学三年生で、受験に落ちたことが原因で学校の屋上から。
俺も同様に成り替われなかった」
つまり、三人とも成り替わらなかった。
衆知に本人が死んだとわかってるから。生きてるわけがないから。
それで成り替わったら、自分が『影鬼』だとバレてしまう。
「だから、こうしてお互い身寄りのない者同士生活してる。
人間と極力関わらないように生きている」
「……すみません。
嫌なことを思い出させてしまって」
重く暗い話になるのは分かっていたはずだ。
でも、全く覚悟が足りてなかった。
「そんなに気にしなくていい。
もう風化しかけてる出来事だから」
「……はい」
黙るしかなかった。
経験のないものが、どうこう言っても仕方がないから。
私は次の質問で最後にすることにした。
「最後に……私は“私”を殺してしまったんですが、この時に何か吸い込んだような感覚がしたんですが、これって何ですか?」
直後に猛烈な吐き気を催したあの感覚。
得体のしれない気持ち悪さがある。
「それは多分、捕食による殺害方法だ。
乗っ取るやり方は二種類あって、殺して死体をどこかに遺棄するか殺して死体を吸収するかの二択がある。
鏡花ちゃんはたまたま、後者の方法になっただけだろう。
捕食は無意識にやってしまうことが多いから」
「捕食って口でやりますよね?
私は手でしたと思うんですけど……」
「捕食は口ではなく、自身の“襲血”に人間の自分が触れた瞬間に行われる。
鏡花ちゃん、自分の手のひらを見てみて」
言われた通り、自分の手のひらを見る。
今朝と変わらず、深紅の血がベッタリと付着している。
「お前が殺した」
『私』の声が聞こえてきそうで、すぐに視線を逸らした。
深く重いトラウマになってる。
「鏡花ちゃんの手についてる血は、“襲血”。
感じたことのない恐怖が“襲血”を出して、それに人間の鏡花ちゃんが触れてしまったことで、捕食してしまったんだと思う」
やはり、私が殺したんだ。
箸を持つ手を見るたびに、血が視界に入ってしまう。
それを見るたびに、私は罪の重さに押しつぶされそうになる。
「……この血ってどうやったら消えますか?」
「“襲血”をコントロールできるようになれば、体内に引っ込めることができる。
逆に言えば、それしか方法はないよ」
時間が経てば経つほど、自分が化け物だということを自覚する。
人間じゃなく『影鬼』だということ。
「“襲血”のコントロールについては紫明ちゃんに任せてあるから、安心してくれ。
疲れたから、そろそろ質問コーナー終了しても、いいかな?」
ベロを出して平井さんが可愛こぶってくる。
聞きたいことは、特にもうないかな。
「答えてくださってありがとうございました」
「おーけーおーけー、世の中助け合い。
また、いつでもおーけーだからな」
少し気持ちが楽になった気がして、私は慣れない風に笑った。
「暮らしていけそうか?」
乱歩さんが用意してくれた部屋で休んでいると、紫明さんが入ってきた。
手には自身のマグカップを持っている。
「正直、元のアパートに戻ろうかと思ったんですけど、危険ですし」
それに……。
「居心地が良かったんです。
誰かとご飯を食べながら話せて」
「なら良かった。
安心してくれなんて言ったけど、まだ少し不安だと思う。
困ったことがあったら、遠慮せずに言ってほしい」
「ありがとうございます」
紫明さんはコーヒーを飲むと、部屋から出ていった。
「生きるためには知らなくちゃ駄目だ……」
今、生きたいのか死にたいのか私にはわからない。
わからないのなら、とりあえず生きてみよう。
そう思ったのなら、『影鬼』の世界について知るべきだ。
私の新たな人生が始まった。




